MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2500 哀愁の京浜急行

2023年11月23日 | うんちく・小ネタ

 地域を走る鉄道の風景は、その存在が日常的であるがゆえにその地域のイメージと結びつけられることが多いようです。そういう意味で言えば、東京の品川区から大田区にかけての下町の夕暮れ時、沿道を急ぎ足で家路につく人たちを追い抜いていく京急電車などはまさに絵になる光景と言えるでしょう。

 さらには、蒲田を越えたあたりの多摩川の河川敷に沈む夕日や、川崎から横浜の海岸地域にそびえる京浜工業地帯の夜景など、京急には様々に移りゆく東京湾岸地域の景色がよく似合います。沿線の家屋の軒下ギリギリを結構なスピードで駆け抜ける赤い京浜急行。そう、京急と言えばやはり「赤い電車」のイメージが強いのが特徴です。

 赤と白を基調とした塗装は1953年に初登場し、長らく京急の伝統として受け継がれてきたものとのこと。私が子供の頃などは「サハ280系」と呼ばれるおもちゃのような床が木でできた可愛らしい車両も(大師線を中心に)まだ時折走っていて、「戦後」と呼ばれる時代の郷愁を醸し出していました。

 改めて記せば、京浜急行電鉄(略して「京急」)は東京都港区の泉岳寺駅から京急川崎駅、横浜駅を経て神奈川県横須賀市の浦賀駅を結ぶ56.7kmの鉄道です。1899年に旧東海道川崎宿に近い川崎駅(後の六郷橋駅)から川崎大師近くの大師駅(現在の川崎大師駅)間を「大師電気鉄道」として開業し、2018年には創立120周年を迎えた国内でもかなり由緒のある鉄道路線といえるでしょう。

 現在、始発駅となる都営浅草線泉岳寺駅周辺は、隣接する山手線高輪ゲートウェイ駅周辺に行われている再開発事業の真っただ中。札ノ辻交差点に近い1街区から品川駅に繋がる4街区にかけ、泉岳寺駅、高輪ゲートウェイ駅を核に4棟の高層ビルを中心とした近未来的な交流空間が生まれる予定です。

 その泉岳寺駅を出発し横浜・三浦半島方面に向かう快特列車は、500mほどで地上に上がり都心のターミナル駅である品川駅に向かいます。2022年に開業150年を迎えた品川駅。京急電車はここで西に向かう大勢の客を乗せると、羽田空港方面への空港線を分ける京急蒲田駅を経て六郷川橋梁を渡り神奈川県に入っていきます。

 この間の乗り鉄たちのお楽しみは、何と言っても先頭車両。品川駅から八ッ山橋の鉄道橋を大きく車輪をきしませながら曲がっていくダイナミックな車両の動きは他の鉄道では体験できないもの。そして新馬場の駅を過ぎた辺りから続く直線区間に入ると、家並みをくぐる狭い空間を、京浜急行は(その名のとおり)急激に加速していきます。

 さらに線路は高架に上り、赤い電車は京急蒲田駅まで(「これでもか」と言う感じで)ぶっ飛ばします。運転代のスピードメーターは見る見る上がり、時速120kmに届こうというところ。実際、京急電車の子のスピードは首都圏の私鉄の中でも一・二を競う速さだということです。

 京急蒲田駅までジェットコースター並みのスリルを堪能したところで、多摩川を渡ってすぐの場所に位置しているのが京急川崎駅。ここでは大師線が北に分かれ、赤い電車は京急鶴見駅や幕末の「生麦事件」で知られる生麦駅などを経て海岸沿いをさらに西に進みます。

 川崎駅から先、景色は打って変わって親しみやすい古くからの住宅街。たくさんの踏切や小さな駅をやりすごし、間もなく電車は横浜駅に到着します。ここで多くの乗客を降ろした電車は、東京湾沿いに三浦半島の東縁をなぞるように南下。マンションなどの開発が続く上大岡駅や逗子・葉山線に分岐する金沢八景駅、米軍基地のある横須賀中央駅などを経て、線路は終点三崎口駅に向かって伸びています。

 京急蒲田駅の高架化を経て、近年では最高時速120kmの快特が走り「とにかく速い」というイメージが先行する京浜急行。しかし、気分を変えて品川駅で各駅停車に乗り換えると、また違った景色が浮かんでくるから不思議です。

 実はこの京浜急行、優等列車と普通列車の差が首都圏近郊各線で最も大きいことで知られています。確かに京急では、快特と各駅停車は車両の雰囲気からしてかなり違う印象。古い車両が多く編成も短い「普通」(←各駅停車)は塗装もいい感じにくすんでいて、ある意味ほのぼのとした雰囲気を醸し出しています。特に3年ほど前まで走っていた800型などは、がたつくモーター音だけでもそれとわかるのんびりしたものでした。

 その「普通」列車に乗ると、品川から9駅目の梅屋敷(7.2km)まで23〜25分。表定速度(停車時間などを含む地点間の速さ)は実に20kmを下回る17.2kmで、首都圏の通勤電車でも断トツの遅さとされています。一方、「特急」はスイスイと24駅目の横浜(22.2km)まで22分で走り、表定速度は60.5km。同じ時間で行ける距離は3.08倍もの差があるとされています。

 さて、こうして新しさと古さが入り混じった京浜急行は、より庶民的な香りの高い京成線や少しお高く留まった東急の各線、埼玉の田舎っぽさを引きずる西武鉄道や東武鉄道などとはまた違った、独特の味わいを醸し出しているといえるでしょう。

 特に、JRなどで用いられている軌間1.067mの狭軌に対し40cm近くも広い広軌(軌間1435cm)を採用している京急の安定感は抜群で、すれ違うごとに様々な型式の電車がみられることもあって乗り鉄の間では高い評価を受けているということです。

 そう言えば私の周囲でも、そのスピードと運転技術の確かさ、さらには地域密着型の親しみやすさなどから、「首都圏で最も好きな路線は?」と聞かれて胸を張って「京急」と答えるマニアが多い気がします。

 同じ東京23区でも、北部や東部に暮らす人には(羽田空港に行く時くらいしか)あまり乗る機会のない京浜急行は、暑い夏が似合う電車。折からの温暖化で、来年の夏もきっとまた暑い日が続くでしょう。そんな時は是非、冷房のギンギンに効いたかわいい赤い電車の先頭車両に陣取って、三浦半島の海に海水浴にでも出かけてみてはいかがかとお勧めするところです。

 



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