MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1987 イマドキのマネジメント志向は、いわゆる「逆張り」

2021年10月08日 | 社会・経済


「管理職になりたくない」という若手や中堅社員が、ここ数年で急速に増えているという話があるようです。「働き方改革」が叫ばれる昨今ですが、責任ばかりを負わされるうえに理不尽に働かされ、さらに部下たちのマネジメントに苦労する先輩管理職や上司の姿を見て、「自分はああはなりたくない」と思うのでしょうか。

 少し古いデータで恐縮ですが、リクルートマネジメントソリューションズが3年おきに実施している「新人・若手の意識調査」によると、「管理職になりたい」「どちらかといえばなりたい」と回答した新入社員の割合は、2010年は55.8%だったのが、2016年の新人では31.9%まで減少しているということです 。

 一方、2016年の新人では、「管理職になりたくない」「どちらかといえばなりたくない」という否定派の割合が37.9%となり、管理職になりたい人たちを上回る結果となったとされています。

 また、2017年に三菱UFJリサーチ&コンサルティングが新入社員に実施したアンケート調査でも、「出世したい」「出世しなくても好きな仕事を楽しくしたい」の二者択一で、前者を選んだのは46.6%。これに対して後者は53.4%と、出世して苦労するくらいだったら「一生平社員でも…」というのは、若者の間ではもはや「常識」といえるのかもしれません。

 こうした状況を踏まえ8月6日のYahoo newsに、株式会社人材研究所代表取締役の曽和利光氏が、『「ぼくはマネジメントに興味がありません」と言う若い人たちへ〜したくなった時にはもう機会なし〜』と題する興味深い論考を寄せています。

 人事コンサルティングの仕事をしていて、最近よく出てくる組織課題は「マネジメント人材の不足」だと氏はこの論考に記しています。どこもかしこも「マネジメントができる人材が足りない」と嘆いている。昭和の世代が出世と言えば、組織の中で課長とか部長とかいった階段を上がっていくこととほぼイコールでしたが、今では組織をまとめるマネジメントの担い手すらなかなか見つからないのが実情のようです。

 個別に話を聞くと、マネジメントをやりたくないという人の多くは(いわゆる)スペシャリスト志向だと氏は説明しています。(一通り経験するようなゼネラリストよりも)何か一つの道を極めていくような成長を望んでおり、その道で一流となって(個人として)世に認められるのを理想としているということです。

 一見すると、今の若者には野心がなくなってしまったかのように捉えられがち。しかし実態は(出世したくないわけではなく)、スキルを磨きプロフェッショナルとして生きるというのが「イマドキ野心」ではないかというのが氏の見解です。

 確かに、世は「マネジャーよりプレイヤー」の時代だと氏は言います。考えてみれば、プロスポーツの世界ではマネジメントをする監督よりもプレイヤーであるスター選手の方が高給取り。映画監督と主演俳優でも後者の方が高給であることが多いと氏はしています。

 ビジネス界で言えば、さしずめトップクラスのエンジニアやクリエイター、金融ディーラーやコンサルタントなどのイメージでしょうか。そういう世界では、プレイヤーではなくマネジャーを目指す方がむしろ消極的と見られることさえあるということです。

 確かに、みんなで力を合わせて協調的に仕事をすることが事業の成果につながっていた製造業全盛の昔ならいざ知らず、現代日本においては、ITビジネスや金融、コンサルティング、その他クリエイティブな力を必要とする様々な仕事など、素晴らしい「個」がいるかどうかが事業の成否を分ける時代に突入して久しいと氏は指摘しています。

 であれば、多くの若者がプロスポーツ選手のごとく個人で価値を出そうとするプレイヤーの道に身を投じようとするのは、むしろ好ましい状況なのかもしれません。しかし、プレイヤーの世界は「裾野は広く、頂上は高い」という激しい競争社会であるのもまた事実。一人のスーパースターの影には、スターになれなかった凡庸なプレイヤーたちが累々と存在しているというのが氏の認識です。

 そういう世界に勇気を持って飛び込もうとしているのはなんとも頼もしいことではあるが、問題は、若い人たちがそこをちゃんとわかっているかどうか。マネジメントは面倒臭そうだから嫌」「プレイヤーのまま粛々淡々と日々を過ごしていきたい」という消極法の末の結論がプレイヤー志向であったとしたら、自覚なき「スターへの挑戦」は失敗に終わる可能性が高いというのが氏の懸念するところです。

 一方、今よりもさらに"Winner takes all"(勝者の総取り)の傾向が強くなると予測されるこれからの世の中で、マネジメントをいたずらに忌避しているだけでは、組織の中に身の置き場がなくなる可能性も視野に入れておくべきだと氏は指摘しています。個人のキャリアの戦略を考えた場合、(これだけ)ニーズがある一方で人気がない「マネジメン」トという仕事を、真剣に一つの選択肢として考えてみることには(それなりの)価値があるのではないかということです。

 マネジメントとは、要するに、他人に仕事をさせて、その結果も含めて、自分が責任を取って評価を受ける仕事のこと。仕事のしくみを考えて組み立て、部下を支えて結果を出す。確かに簡単なことではないけれど、どの会社だってこういう仕事をする人がいるからこそ、組織が円滑に回り、人材が育ち、より高い目標を達成することが可能になると氏はしています。

 特に、「俺は課長になりたい!」と明確な意思表示をする人は最近ではあまり見かけないこともあって、少なくともその姿が目立つことは間違いないし、組織にも目をかけられるだろうと氏はしています。成功するキャリアを歩むための王道のひとつに、「逆張り」というものがある。つまり、皆が行かないところを選ぶことで希少価値が生まれ、組織の中で(無理なく)確固たる位置を占めることもできるということです。

 (昭和の時代であればともかく)皆が皆スペシャリストを「カッコいい」と思うこうした状況の下では、まさにそれが(カッコ悪い)マネジメントという仕事に当たる。イマドキの組織では、確かにマネジメントの仕事は地味で面倒くさいけれど、人の嫌がる仕事を引き受けようという心意気が君の将来につながるかもしれないと考えるこの曽和氏の指摘を、私も(ある意味)興味深く読んだところです。



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