電磁力で浮上し走行する最高時速約500km/hの中央リニア新幹線。約10年後の2027年に先行開業を目指す品川―名古屋間の所要時間は40分となり、東海道新幹線「のぞみ」の1時間40分から約1時間短縮される見込みです。
神奈川、山梨、長野、愛知などを抜ける東京―名古屋間の286kmのうち約86%はトンネルか地下を走るということです。このため、総工費約9兆円に達する大工事になると見込まれており、4年前の2014年に着工された工事は(入札に際してのゼネコンによる談合疑惑などはあったものの)各地でそれぞれ進められている模様です。
また、東京-名古屋間開通以降も、最速で2037年には新大阪への延伸が予定されていて、既に品川や名古屋といったリニア新駅の予定地周辺では、駅前再開発や観光PR、企業誘致など開業を見越した動きも盛んとなってきています。
もっとも、(費用ばかりでなく)南アルプスを貫くトンネンル工事などリニア新幹線は技術的にも初めてのことが多く、開業に向けた進捗を心配する向きもあるようです。
今年2月6日の東洋経済オンライン(「リニア新幹線「2027年開業」が難しすぎる理由」)によれば、工事契約上の工期が最も長い区間は南アルプストンネル(静岡工区および長野工区)で2026年11月の竣工予定。これは開業予定のわずか1年前であり、この2つの工区以外にもいまだ受注契約に至っていない工事が数多いとされています。
トンネル工事に10年もの期間がかかるのは、南アルプスの掘削が前人未踏難工事だから。土被り(地表からトンネルまでの距離)が最大で1400mという前例のない環境で、土中に何が眠っているかも「掘ってみなければ分からない」のだということです。
さらに、(前述の)南アルプストンネルは、全長約25kmのうち中間部分の8.9kmが静岡市内にあり、大井川上流部の真下を通ることとなっています。
JR東海では、掘削の影響で川の流量が最大毎秒2t減ると予測しており、対策としてトンネル内に湧き出る水をポンプと導水路を使って実際の減量分だけ川に戻す計画を立てています。
しかし、この報告を受けた静岡県の川勝平太知事は、トンネル内に湧き出る水の全量を川に戻すようJR東海に求めており、対応しない限り着工を認めないとの姿勢を崩していません。
リニア中央新幹線の駅が設置されるのは、静岡を除く、東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知の6都県。「県内を通らなくてもリニアは通せる」と強気の姿勢を示す川勝知事は、「(リニア建設は)県にまったくメリットがない」とJR批判を繰り返しており、工事への協力と引き換えに何らかの地元貢献を求める姿勢です。
一方、JR側としては、このまま未着工が続けば品川-名古屋間の2027年開業予定に影響が出かねないと判断し、(最終的に知事の理解を得られなくても)着工を急ぐ考えだとされています。
さて、こうして、着工後も紆余曲折の局面を迎える中央リニア新幹線ですが、整備の決定にあたっては「人口減少が見込まれる中交通需要も減って赤字になるのではないか」とか、「国の財政が大変な時に9兆円も鉄道に使ってどうするのか」とかいった批判もあったようです。
少なくとも、東海道新幹線に代わる(さらに速い)高速鉄道を通すというだけなら、そこまで大金をつぎ込んだり、リニアという新技術にこだわったりする必要はないのではないかと考える人も多いことでしょう。
9月21日にBS11で放送された情報番組「寺島実郎の未来先見塾」では、そこまでして取り組む世紀の大工事の意味やリニア運行によりもたらされるインパクトについて、多摩大学学長で評論家の寺島実郎氏が興味深い指摘を行っていました。
リニア中央新幹線が開通することで、日本の基幹的な交通網である東海道新幹線のバックアップ機能が確保されることはもとより、東京-名古屋間の移動にかかる所要時間が大幅に短縮されれば東海道の物流は画期的に変化すると氏はまず指摘しています。
災害が相次ぐ昨今の日本列島においては、インフラの機能不全リスクを回避するためのインフラの強靭化対策はますます重要となっている。また、移動にかかる所要時間が1時間を切るようになれば、7000万人の人口を抱える首都圏、中部圏、関西圏の三大都市圏間にそれだけ日常的な交流が生まれ、その連携を再構成させるだけの大きなインパクトを持つということです。
また氏は、リニアの通り道となる神奈川県(相模原)、山梨県(甲府)、長野県(飯田)、岐阜県(中津川)にも、それぞれ一か所ずつ中間駅が誕生することにも注目しています。
例えば、現在1時間かかる相模原-品川間は10数分、5時間かかる名古屋-甲府間は30分で結ばれる。東京や名古屋、関西に直接つながることになる各地域の経済には、これまでにない刺激となるだろうということです。
さらに、生活環境や生活のコストなどが大きく異なる地域が1時間以内で繋がれば、(日本人の間に)このギャップを活かした新しいライフスタイルが生まれる可能性もある。リニアの開通が先端産業(企業)の大都市離れを促したり、そこで働く人々の働き方に変化をもたらしたりするかもしれないと氏は言います。
これまでにない高速の移動が、大都市圏の雇用や利便性の恩恵に浴する一方で、自然の豊かな地方での生活を享受する日常を高いレベルで可能にさせるということです。
「移動」と「交流」は、社会や経済の活力を維持するうえで極めて重要な要素だと寺島氏は番組の中で話しています。
中央リニア新幹線の開通は日本の総合的な魅力アップにつながり、インバウンドへの効果も期待できる。また、革新的な技術を社会実装することで、社会の中に(これまでになかった)新しい価値が生まれる可能性が高いということです。
また、(川勝知事はリニアの開業は静岡県に何のメリットもないと言っていますが)少し落ち着いて考えれば、リニアが東京-名古屋間の移動を引き受けてくれれば在来新幹線は「こだま」を大幅に増発できるようになり、静岡県内から東京や名古屋への移動も現在とは比べ物にならないくらい便利なものになることでしょう。
いずれにしても、これから先、人口減少に直面する日本がアジアダイナミズムを迎え撃つに当たっては、(人やモノに交流をもたらす)リニアや高速道路網などによる重層的な総合交通体系の大胆な再構築の成否がカギを握ることになるかもしれないというのが、(日本の未来に対する)寺島氏の認識です。
そういう意味で言えば、リニアは少しばかり早くなった東海道新幹線(といった存在)ではない。時速500kmというスピードでの大量輸送は人々の生活や社会の在り方をも変える力を秘めているかもしれないと考える氏の指摘を、私も大変興味深く聞いたところです。
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