研究留学ブログ~ボストン~

留学までの準備段階、ボストン留学の記録など

今日が修羅場 (Oct. 31)

2006-11-01 10:27:39 | 研究留学
今日は前日から仕掛けたWesternの発色。前日に普通のプロトコールで試した抗体(期限切れ間近)でうまく行かなかったので、O/Nで1次抗体に晒して朝イチで染色。2次抗体も強めの希釈で、発色も強力な試薬で・・・orz・・・汚いメンブレンになりました。こういうときは"Why are you so messy !"とメンブレンに文句を言うみたいです(Mary談)。

さて何が修羅場かというと、明日がGrantの締め切り日。Dooは書いていないようでしたが、Henriの書いていたものをチェックしていました。時々データに関してDiscussionしたり、文章の校正などを2人でやってました。私は蚊帳の外でしたけど、Discussionを盗み聞き(?)したりしながらデスクで論文を読んでました。そういえば日本で研究費申請に関して「ポスドク同士」で議論していた記憶なんて全くないんですけど。知らないところでやってたんでしょうかねぇ。

最近はGrantの審査も厳しくなっているとのこと。通常3人のReviewerがついて、以前なら2人がGoサイン、1人が否定的な立場でも通ったそうですけど、最近は3人の評価が高く無いと難しいそうです。論理性も厳しく要求され、あくまでも「研究計画」のはずなんですけど「明日にでも論文投稿できます」という勢いの予備データ、考察が無いとダメだそうです。Grant申請ですからnegative dataも入れて良いはずなんですけど、それに関する釈明・考察も加わると膨大な量になるので、基本はpositive dataの集合、つまり論文(笑)。


日本の学振の審査過程がどうなってるか知りませんけど、やっぱり同様のことが要求されるのでしょうか。まぁ、海外学振に申請できる身分(学振経験無し)なんですけど、DC1もDC2も落ちたので縁が無いということで申請はしないと思います。最近の流行は博士2年の年度にDC2を申請することみたいですよ。卒業後すぐに就職先がみつからなくてもPDへの変更で1年は安泰ですから。いかんいかん、NIHのGrant申請にかこつけて学術振興会を批判してしまった。僻んでることがバレバレじゃないですか(笑)。

学振の調べによると「キャリアを重ねることで着実に、『常勤の研究職』に就いている。また、特別研究員終了後もポスドクフェローとして研究活動を継続している者が、研究実績を評価されるなどして、『常勤の研究職』となっていくことも推察される。このように、特別研究員制度は有効に機能しており、我が国の研究者の養成・確保に大きな役割を果たしている。」そうです。終了後0年(直後)、1年、4年、10年で調べたようですけど、10年経過した人が終了直後に今と同じ割合で常勤・PDF・その他に割り振られていたのかについては言及されていません。昨今の厳しい状況を考えると、今から10年後に果たして9割以上の人が「常勤の研究職」についているか疑問です。

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世界史必修漏れ問題

2006-11-01 09:27:34 | その他
学習指導要領で必修の世界史を、一部高校が「受験に不要」ということで履修していない問題が日本のホット・トピックのようですね。「偽装」という目で見ると、どこからか火の手が上がり芋づる式に発覚するのは「耐震偽装」と同じ構図でしょうか。

自分自身がどうだったかというと、確かに2年生で必修の世界史を履修した気がしますけど、あまりはっきり覚えていません。平成元年度告示学習指導要領から世界史が必修になったそうですので、今から18年前ですか、現在30代半ばぐらいの人からの導入になるのでしょうか。過去に遡って高校卒業資格の取り消しだとか、そういったナンセンスな議論も持ち上がっていますが、単位を「偽装認定」した高校が悪いのであって、生徒個人のせいではないと思います。仮に一生徒が「世界史を学びたい」と高校に訴えていても、教師が決める時間割に生徒の意見が反映されることなどなかったはずです。

損をしたのは未履修高校にいる今年の受験生でしょうか。いや、そもそもこれまでに受けるべき授業を受けていなかったのですから、単位認定のためにきちんと補修をするべきじゃないでしょうか。救済のために時間を減らしての補修でも認定するという議論もありますけど、今までまじめに世界史を履修していた高校の学生との不公平感が拭えません。

あと「世界史を知らない人間が社会に出ているのが問題だ」という論調もありますけど、これには真っ向から反対します。まず高校で習った知識だけで社会に通用するものではないということが一つ。それから「世界史を知る人間」を採用したいのであればそこに関門を設けるのが入社試験のはず。そのための就職活動で勉強しても遅くはないと思います。高校での知識なんてほとんど役に立たないんじゃないですか。それだったらまず「医学部受験者は生物必修」にするのが先なんじゃないですかねぇ。それとも国公私立問わず既にそうなっているのでしょうか?

高校での授業で印象に残っているのはカンボジア内戦(現代社会)、夏目漱石の「夢十夜」、安倍公房の「赤い繭」(共に現代国語)、漢文の史記とかも興味深かった記憶があります。とまぁ見事に現職とは全く関係の無い授業しか印象に残っていません。英語は河合塾のT先生にみっちり2年間、ストーカーのように付きまとったおかげですし、生物はどちらかというと独学の要素が大きいです。化学は1,2年の頃は全く面白くなかったですけど、3年の河合塾のO先生の授業が面白かったのと、改めて自分の高校の化学を振り返ると捨てたもんじゃないなと思って3年は真面目に授業を受けてました。なんて生意気な高校生だ(笑)。日本史は忘却の彼方ですけど、「日本史講義の実況中継」でマニアックな知識を入れていました。

高校でやったのはあくまでも「受験勉強」だったと思います。それでも大学に入ってから安倍公房の本を読んだり、史記をもとにした宮城谷昌光の本を読んだり、理系にも関わらず「日本の政治」という講義を取ったり、何らかの形で次へとつながっていきました。そう考えると「世界史」に触れないで大学に来てしまった人たちは不幸かもしれません。僕はあまり世界史に興味を持たなかったですけど、世界史が専門でない人でも趣味として世界史を知りくなったという人がいたかもしれません。そういう機会を奪ったのは罪なことなのかなぁと思います。

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