miss pandora

ONE KIND OF LOVE

愛にはいろいろ種類があるの
全部集めて地球になるの

マリアーヌちゃん

2006-03-05 08:24:15 | エッセイ

わたしは、人形がすきでした。ひとつかふたつのクリスマスにもらった
大きな人形と小さな人形を持っていました。大きな方は、マリーちゃん
といい母が人形キットを買って作ったもので60センチくらいあったと
思います。顔がビニールで信じられないような大きな目をしていてピン
クのネルのジャンプスーツに毛糸のぼっこ手袋をはめていました。マリ
ーちゃんの頭は、私より大きかったと思います。小さいほうは、後から
家にきたもので名前をマリアーヌちゃんといいます。金髪で指もちゃん
とあるりかちゃん風の人形でした。すてきなドレスも着ていて、おまけ
に寝かせると目をつぶるおりこうさんです。マリアーヌちゃんは、私の
自慢の人形でした。寝るときは、マリーちゃんといっしょでしたが、
世の中で一番美人の人形はマリアーヌちゃんだと決めていました。

そんなある日、夕御飯を食べ、父といっしょにお風呂に入るとき、突
然マリアーヌちゃんもお風呂に入れることを思いつきました。父も母も
お風呂は遊ぶところじゃないと反対しましたが、とうとう私は、マリア
ーヌちゃんを持ち込みました。お風呂はいつもの三倍楽しく子供のアト
ムのシャンプーで彼女の髪を洗ってあげました。そうしたら、石鹸の泡
がマリアーヌちゃんの目に入ってなんと目がでんぐりがえって、白目を
むいてしまったのです。父は、お風呂にいれたからだといいます。乾か
してもぜんぜんなおりません。髪の毛もぼさぼさになってしまいました。
まったく見る影がなくなってしまったのに不思議と私にとっては、自慢
の一番美人の人形でした。私がかわいがっているのが分かってか両親は、
マリアーヌちゃんを捨てなさいとは言いませんでした。
もちろん、お兄ちゃんは、気味悪がっていましたがじきに慣れてしまっ
たようです。

さて、雛祭りの季節が近づいて、幼稚園では立派な雛人形が飾られ、
お雛さまのおいわいをすることになりました。その日は、みんな自分の
人形やおもちゃをひとつだけ持ってきてもいいそうです。わたしは、何
を持っていくかわくわくしました。

お家では、新しいおとぎの国の本が届きました。お雛さまは、みんな寝
静まった夜になるとパーティをするそうで、お雛さまたちが楽しそうにし
ている様子を写真で紹介していました。白い甘酒を飲んだり、五人囃子に
鼓や太鼓をたたいてもらったり、三人官女が踊ったりとそれはそれはにぎ
やかで楽しそうでした。子供は、大抵ぬいぐるみが人形より好きだと思い
ますが、私はだんぜん人形派でした。しかもマンガチックなかわいいもの
よりちょっと不気味でもより人間に近いものが好きでした。そういう意味
で、お雛さまはあこがれでした。でもこっそり触ってみると雛人形は随分
硬いのでがっかりでした。

さて、いよいよ明日は雛祭りの日です。幼稚園から帰ってずらりとおも
ちゃをならべ、どれにしようか迷っていました。ぞう、きりん、しまうま、
らいおんなどのぬいぐるみとマリーちゃん、マリアーヌちゃん。どれにし
ようかな。自慢できるおもちゃはどれかな。私は、誰に相談することなく
悩んだ末にやっぱり一番きれいなマリアーヌちゃんにしました。もちろん
彼女はもう目がでんぐりかえっていたのにです。父は、ちょっとやめたほ
うがいいように言ったと思いますが、べつだん私の考えを変えるほどの説
得力はナカッタヨウデ明日の用意の中にすっかりマリアーヌちゃんは組み
込まれました。

当日、雛祭りの歌をすっかり覚えたわたしたち兄弟は歌を歌いながらい
つもなら行きたくない幼稚園へはりきって行ったのです。園へついて外套
をぬぎ、私はマリアーヌちゃんをだいてお友達の集まる運動場の雛壇のと
ころまでかけっこで行きました。「私のマリアーヌちゃん見て、見て、」
ご自慢の人形をそれぞれ持ったお友達は、わっと集まって来ました。
わたしは、もうすごく誇らしく、まさにじぶんのマリアーヌちゃんこそ一番
と人形を差し出しました。するとどうでしょう。みんな集まったときと同じ
速さで逃げていったのです。しかも、怖いだの、気持ち悪いだのおよそマリ
アーヌちゃんには失礼千万な言葉のおまけつきです。私は、すっかりいやに
なって、話のまだわかるだろう先生の来るのを待ちました。お友達も人形を
もっていましたがなんだか赤ちゃんみたいな人形が多いし、だいたい名前だ
って、まーちゃんとかさゆりちゃんとかそんなものです。心の中ではそんな
話の分からないお友達を不思議に思いました。

いよいよ先生がやって来ました。先生はおはようのあいさつをしながらみ
んなのおもちゃを見て回りました。私の番です。「ほら先生わたしの人形。
マリアーヌちゃんっていうの。きれいでしょう。」先生は、マリアーヌちゃ
んをみてぎょっとしていました。先生は正直に目がでんぐりかえって怖いと
か、髪がぼさぼさだとか言いました。そう言われるとそうかもしれない。
わたしの心は真っ暗です。すばらしい私の自慢でもあるマリアーヌちゃんが
どんどんしぼんでいきました。そういえば、家に来たばかりの頃の人形とは
ちょっと違うかもしれない。しかも私がお風呂に入れるまでとは、全然違う。
涙は出ませんでしたがぽっかり穴が空いたようでその日の楽しいはずのお祭
りはうわのそらでした。菱餅もひなあられもおだんご以外の和菓子が苦手な
私にとって、ちっともおいしくありませんでした。でも、両親が迎えに来る
ころには、マリアーヌちゃんにすっかり見切りをつけそれ以後の彼女の思い
出はありません。今になって考えると少し不人情な気がしますが、お部屋の
片付けを父といっしょにしたとき、いらないおもちゃ段ボール箱というのに
投げ入れました。この片付けはとても心に残っている事で、ひとつひとつの
おもちゃを吟味して三分の二くらいのものをいらないおもちゃ段ボールにい
れたと思います。本当のところ、いらないものはちょっぴりだったのに、父
のお姉さんらしいおもちゃを選びましょうという言葉にいいふりをしたのです。

後になって惜しくなったものもありましたが、マリアーヌちゃんのことでは
ありませんでした。



コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする