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これから先の文章には
同性愛についての内容や
また、若干猥褻な表現が含まれています。
それらをご了承いただきお読みいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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「白い雪が降ってきた」
耕一は凍えるように冷たく磨かれた
ホテルの窓の前に立つと
そのガラス一枚だけ外にある冬の景色を眺めていた。
天井の照明はどれも落としてしまっていたので、
まだ完全に夜が明けていない部屋の中は暗く、
ベッドを覆ったシーツも
昨夜上着を掛けたままのソファーも
そのまま薄暗い空間の中へ沈み込んでいた。
窓辺に立っている耕一の姿は
くすんだ藍色にぼんやりと見えて、
胸の辺りが色付くほど上気していた耕一の身体が、
次第に冷えてきているのがわかった。
先ほどのふたりの体温が残ったベッドの中で
恋人の彼を腕に抱きながら
けだるい疲労感に眠りに落ちそうになるところで
耕一は窓の外に雪が降り始めているのに気付いた。
窓の方へ背を向けて横たわっている彼の耳元に
「雪が降ってきたぞ」と耕一は囁くと、
裸のままベッドを出て窓へと歩いた。
高層のホテルの大きな窓の外には
もう少しで夜が明けるという時刻の鈍い明るさの中、
低く重い灰色をした冬の雨雲がずっと続いていて
そこから小さく凍った雪の結晶が降り始めていた。
固く冷えきった空気の中を白い雪がゆっくりと落ちてゆき
やがて暗い街並みの中へと消えていった。
「積もりそう?」
ベッドの中の彼がそう訊くと、
「ああ、おそらくな。
雪の降っている空がすげえ低い」
耕一は窓の外を眺めたままで答えた。
彼はブランケットから上半身を出したままで
自分の体勢を窓の方へ向け直した。
窓の外の灰色に濁った空間に
小さな粉雪が無数に舞っているのを確認したあと、
その視線を裸で立っている耕一の後姿に移した。
身体全体を均等に鍛え上げた耕一の肉体は
どの部分もが太く肥大した筋肉で覆われていて、
耕一がその身体に力を込めると
とたんにそれらが大きく盛り上がって動き出した。
こうやって極端に肥大した男達の身体からは
荒々しく動物的な印象を持つ事が多いのだが、
耕一の場合にはその満遍なく綺麗に発達した筋肉のおかげで
美術のテキストに載っているような彫刻の像を思わせ、
それを見るものにある種の静かな迫力を感じさせた。
今はこうして静かに窓の外を眺めているだけなので
耕一の身体の表面には滑らかな隆起が見えているだけだったが、
両足で立ってるふくらはぎの部分だけが、
はっきりとその筋肉の形を示すように
強く緊張しているのがわかった。
いつの間に眠っていたのだろうと彼は思った。
昨夜は耕一の後姿を見ているうちに
そのまま眠り込んでしまったらしく、
目を覚ましてみると部屋の温度が下がっていて
ブランケットから出ている肩が少し冷えていた。
窓の外は夜が明けてすっかり明るくなっていたが、
そこには大量の雪が白い塊となって風に煽られ
音もなく窓ガラスに吹き付けているのが見えた。
静まった部屋の中に耕一の気配は無く
部屋を出たドアの向こうにあるバスルームから
時おりかすかに水を使う音がしていた。
彼がベッドサイドに置かれたデジタル表示の時計を見ると
もう15分ほどでちょうど正午になるというところだ。
昨夜遅くに都心にあるこのホテルのロビーで
耕一と彼はおよそ一ヶ月振りに待ち合わせをした。
メールや電話での会話ではいつでもすぐに
遠慮のないやりとりが出来ていたので
お互いが会う時間が取れない間でも
あまり寂しいと感じることはなかったが、
やはりこうやって実際にその相手を目の前にすると
自分の気持ちの中にやわらかく温かいものが
とろりと広がってゆくのを感じた。
ふたりでホテルのフロントへ行き
耕一が自分の名前を告げると
ホテルの従業員は
手元のキーボードを操作して予約の確認を行い
名前を記入するためのペンを耕一に差し出すと
ごく自然な笑顔で宿泊の礼を述べた。
チェックインを済ませたふたりは
そのまま別の従業員に案内されて
上階へ向かうエレベーターへ乗った。
「お客さまはお車でいらっしゃいますか」
そう案内の従業員が尋ねると、
耕一は「いや、違います」と言った。
「失礼いたしました。
明日の朝にかけて
ひどい雪になる予報が出ておりまして、
道路の凍結も心配されますので
今夜は皆様にお尋ねしております。」
従業員はふたりを交互に見ながらそう言った。
足音のしない長い廊下を歩いて
フロアの一番端にある部屋へ案内されたあと
部屋の説明をひと通り済ませた従業員は
丁寧にドアを閉めて戻って行った。
部屋のちょうど正面は
床のすぐ上からそのまま天井まで届くほどの
一面の大きな窓になっていて、
部屋の天井に灯るダウンライトに照らされて
ホテルの部屋の中に立つふたりの姿が
明るい飴色に染まって映り込んでいた。
「髪が伸びたね」
自分の荷物を床に置きながら彼は耕一に言った。
「おお、ここのところ忙しくてな。可笑しいか?」
耕一が少しだけ伸びすぎた自分の坊主頭を手で撫ぜながら訊いた。
「いや、これぐらいがちょうどいいかもな。
あまり短いとさ、耕一少し怖いからさ」
そう言って彼が笑いながら耕一の短い髪を掌で触って来た。
耕一はその彼の仕草に応えるように
自分の両手を彼の背中へまわすとその腕に力を込めた。
厚みのある相手の身体がその力に十分に反応して
彼も同じように耕一の腰に手をかけると
その腕に力を込め強く自分の方へ引き寄せた。
耕一は爆発しそうな自分の欲望を
ただ黙ってコントロールしているようだった。
彼の身体を両手に抱えたまま
できるだけゆっくりとベッドの上へ倒れ込んだあとも
時間をかけて着ている服を脱いでゆき、
相手の彼が何をしたがっているかを探った。
そしてしばらくすると、
大きなホテルのベッドが
ふたりの体重によって不規則に揺れ始めた。
つづく
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