道東の絶景ドライブに勧められたのが槍昔(やりむかし)
大きな地図には名前すら載っていない土地。
根室からR44を走り、湖南で右折。風連湖に向かって一路北へ。
R44から一歩入った途端、道路は自分だけのものに。
走ること30分、標識の先のT字路に着くと
そこに広がっていたのは、息をのむ途方もない大地の風景。
ガイドブックにも載ってない、自分だけの風景。
右に折れ、道なりに走る。いよいよ道は貸切状態に。
家も車も人もなく、あるのは草原と牛のみ。
建物の姿と海が見えてきたと思ったら、いきなり道は断絶。
人影はなく風連湖の静かな波とカモメの声が空に響く。
誰もいない原野をはるばる、根室市から40キロ。。
なぜこんなところに人里が?調べてみると以下の資料が判明。
「槍昔は戦後、樺太・千島列島からの20戸ほどの入植者が入り、生まれた町。
陸の孤島といわれ交通手段は風蓮湖上の漁船のみ。
昭和25・26年には槍昔小中学校が開校、
41年には中学、46年には小学校も廃校に。」
抜けるような青空にもかかわらず、寂寥感をぬぐえない・・
そんな道東の町、槍昔でした。
大きな地図には名前すら載っていない土地。
根室からR44を走り、湖南で右折。風連湖に向かって一路北へ。
R44から一歩入った途端、道路は自分だけのものに。
走ること30分、標識の先のT字路に着くと
そこに広がっていたのは、息をのむ途方もない大地の風景。
ガイドブックにも載ってない、自分だけの風景。
右に折れ、道なりに走る。いよいよ道は貸切状態に。
家も車も人もなく、あるのは草原と牛のみ。
建物の姿と海が見えてきたと思ったら、いきなり道は断絶。
人影はなく風連湖の静かな波とカモメの声が空に響く。
誰もいない原野をはるばる、根室市から40キロ。。
なぜこんなところに人里が?調べてみると以下の資料が判明。
「槍昔は戦後、樺太・千島列島からの20戸ほどの入植者が入り、生まれた町。
陸の孤島といわれ交通手段は風蓮湖上の漁船のみ。
昭和25・26年には槍昔小中学校が開校、
41年には中学、46年には小学校も廃校に。」
抜けるような青空にもかかわらず、寂寥感をぬぐえない・・
そんな道東の町、槍昔でした。