瀧澤美奈子の言の葉・パレット

政を為すに徳を以てす。たとえば北辰の其所に居りて、衆星の之に共(むか)うがごときなり。

南海トラフ地震の予測シミュレーションに向けた観測と研究の最前線。そしてそれをどう伝えるべきか

2017年03月17日 | 今日の出来事


 2017年3月16日、海洋研究開発機構(JAMSTEC)による公開シンポジウムが都内で開催され、パネリストとして出席しましたので感じたことをまとめておきたいと思います。
 このシンポジウムは、同機構の地震津波海域観測研究開発センターが一般向けに年に一度行っているものです。その年の最新研究の動向や今後の方向性を知ることができます。

 同センターでは現在、近い将来発生することが確実視されている東南海・南海地震の震源域に、DONET(ドゥーネットと発音)という海底地震観測網と、DONETに接続された海底下数百メートルに設置された2ヶ所の長期孔内計測システムで、震源域を常時監視しています。各観測点はケーブルでつながっており常に陸地に情報が送られているのです。
 さらに、今年度は海底広域研究船「かいめい」が新たに完成し、今後、海底下構造探査を行うことで、震源域のより精緻な描像をとらえようとしています。

 DONETの水圧計や地震計によって地震や津波のデータがリアルタイムで得られますので、いざ地震が発生した際に気象庁発表の緊急地震速報として活用されます。これは研究ではなく、すでに実用のために整備されています。
 
 同時に、DONETは野心的な研究目的を叶える道具のひとつでもあります。現在研究が始まったばかりですが、近い将来の地震予測(発生予測と発生後の東海・東南海の連動非連動などの予測)を行うという大目標を支えるシステムとしての役割です。

 地震予測の方法は以下のとおりです。
 同センター内の地震津波予測研究グループでは現在、地震モデルをもとにしたシミュレーション研究を行っています。コンピュータ内に3次元地殻情報をもとに擬似的に南海トラフを作り、地震を起こすのです。プレート境界型地震では、すべりにくい「固着域」が概念として考えられており、この固着域の歪みが蓄積されて、プレートの耐力の限界に達し一気にすべることでプレート間地震が発生するとされています。このシミュレーションをより現実のものにするために、DONETデータと長期孔内計測システムのリアルタイムデータで同化し、時事刻々の地震予測を高精度で行うというものです。
 ざっくりいえば大気シミュレーションに大気や海の観測データを同化して天気予報を行っている気象シミュレーションと同じ原理です。気象と違う点は、地震発生の原因となる海底下の地殻に関する情報を得ることが難しいこと、同海域ではとくに地震の発生頻度が少なく、答え合わせの機会が極端に少ないということです。

 しかし研究グループは、あと10年ぐらいのうちに、この構想が実を結ぶと自信を強めています。
 というのも、2016年4月1日に発生した三重県南東沖地震(M6.5)は、たまたま長期孔内計測の観測点のごく近くが震源でした。データを解析したところ、巨大地震とおなじプレート境界型地震であることがわかりましたが、その後の水圧計の時間変化が、シミュレーションで得られた複数のシナリオ(巨大地震に発展、中規模の地震、静穏化など)のうち静穏化を示すもの(つまり今の状況)と一致したということです。リアルタイムな水圧計データとシミュレーションの組み合わせで予測に成功した例ということです(これがどれくらいの”確からしさ”なのかは不明ですが)。観測データとシミュレーション技術、HPC(ハイパフォーマンスコンピュータ)を組み合わせた力技で、ここまでできるのかというのが率直な感想です。

 発表を行った地震津波予測研究グループリーダーの堀高峰さんは、リアルタイムで面的に高精度なモニタリングと詳細な海底・海底下3次元構造が得られさえすれば、大地震の原因になる状況を把握することができるといいます。「将来、いまの天気予報のように、固着情報を出せるようになりたい」と話しました。
 
 パネルディスカッションでは前半の発表を受けて、「最新の地震研究の成果をどう一般の皆さんに伝えるべきか」が、主要テーマのひとつとして議論されました。
 まず「地震研究に期待することは何か」という座長の問いかけでしたので、(私は日頃、地震が発生するとスマホで震源情報を調べ、震度や場所、メカニズム解を見てどんな地震だったのか想像しているものですから)、「固着情報が天気予報のように出る日常」というのは未来的で面白いと感じると申し上げました。一方で、高知市立一ツ橋小学校の川崎弘佳校長はまったく別の感想を持っていらっしゃることが議論を深めるきっかけになりました。
 高知市では南海地震の被害想定で「3メートル以上の津波と1週間にわたる1メートル強の浸水」が予測されており、高台に移転できるかどうかはその家の経済状況に左右され、人々の間に諦めの気持ちや悲観的なものも感じるということでした。「こんな場所に生まれてくるんではなかった」と子どもたちは思っているのではないか、と。小学校一年生の児童のなかには、リアルな津波の映像がトラウマになって避難訓練に欠席する子までいるそうです。

 これを受けて、東大地震研究所の堀宗朗教授は、リアルな地図データに基づいて建物1つ1つの揺れの程度までシミュレーションできる現在の技術レベルを紹介しました。事前に建物の耐震性や耐津波性を高めることや、避難手順や復興シナリオを実際に即した形で準備しておくことができると指摘しました。
 東北大学理学研究科の日野良太教授や海洋研究開発機構と香川大学を兼任する金田義行さんは、発達過程にある子どもたちにどういう情報を伝えるべきか年齢に応じた教材開発が必要であると同時に、地震や津波をやみくもに恐れさせるのではなく、中高生レベルにはより科学的な理解を促し、主体的に未来の明るいまちづくりを担える人材育成が重要だと指摘しました。

 研究が進むにつれて、「よりリアルな地震像が見える」時代にさしかかっています。
 「地震で一人の犠牲者も出さない日本」を目指して、今日も地震研究は進みます。しかし一方でまだ道半ばであることも確かです。その状況を理解し、正しく恐れ、防災と復興につなげられるようなリテラシーを広めていくことが改めて重要だと感じました。地震列島日本に生まれ、未来に命をつなぐ私たち。10年後、「固着情報を天気図と同じ程度に人々が理解している社会」が実現することを願ってやみません。
 
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