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花はなぷりんのささやき

わたしのかんさつ日記

宗教の布教の目的

2011-11-03 11:02:53 | 世界
なんか、話が遠回りになって来ましたね。いったい何が言いたいのだろう。書いてる本人も時々、わからなくなります。

それほど、宗教は手の込んだ巧妙なやり方で、侵入されて奪われていくのだと言うことです。

ザビエルもアルメイダも宣教師は皆、キリスト教の布教のためだけに来日したのではないと言うことです。

異国の物を手土産に商売人として世界に散らばり、原住民にキリスト教を布教して懐柔したのち、侵略の手引きをしに来たと言ってもおかしくないでしょう。
改宗者が十分揃ったところで軍隊を送り、信者が現地政権に反抗するように仕向けるというのが占領の手段でした。

1582年、日本に3年ほど滞在したイエズス会東インド巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、フィリッピン総督のフランシスコ・デ・サンデに下記のような手紙を出しています。

「私は閣下に対し、霊魂の改宗に関しては、日本布教は、神の教会の中で最も重要な事業のひとつである旨、断言することができます。なぜなら、国民は非常に高貴かつ有能にして、理性によく従うからです。もっとも、日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きでしょう。
なぜなら、日本は、私がこれまで見てきた中で、最も国土が不毛かつ貧しい故に、求めるべきものは何もなく、また国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服が可能な国土ではないからです。
しかしながら
支那において陛下が行いたいと思っていることのために、日本は時とともに、非常に益することになるでしょう。それゆえ日本の地を極めて重視する必要があります。」

ザビエルもまたポルトガル国王に、
「軍備においては日本はヨーロッパと同水準にあるため、軍隊をもって征服する望みは抱かぬほうがよろしい。それよりも心に訴えて納得させれば、この上なく忠実なキリスト教の下僕となるのだから、もっと智能の勝れたバテレンを派遣せられたい」

江戸時代初期に日本を訪れた、スペインのドン・ロドリゴとフランシスコ会の宣教師フライ・ルイス・ソテロらが、スペイン国王に送った手紙にも
「殿下を日本の君主とすることは望ましい。しかし、日本には住民が多く、城郭も堅固であるため、軍隊の力による侵入は無理であるから、福音を宣伝する方策をもって日本の国民が殿下に悦びいさんで臣事するように仕向けるほかなし」と、あります。


これを見ればわかるように、キリシタン・バテレンたちの正体は、諜報員であり、工作員であったと言えるでしょう。

日本をまずキリスト教化してしまえば、あとはたやすいことでした。

これは、キリスト教に限ったことではありません。

悩みや苦しみから、逃れようと魔の手がすぐそこあるかもしれません。

宗教に入ったからと言って、その苦しみから逃れるのは、おかしいですよね。また、ちょっと、入ってしまったばっかりに、考えや思いまでコントロールされかねないです。

私は、宗教に入る感じは、麻薬みたいなものだと思っています。

そこにさえ入り、信仰すれば、神様?が、救ってくださる、悩みが解決するとか・・・?見返りを期待して、入信したつもりが、いつしか、熱心な◯◯教の信者さんになり、◯◯教の為なら何でもするようになります。
一時の快楽を求めたら、あとは、教会の思うままな感じがします。
今の新しい宗教は、金額も少額で、会合も少なく、手軽な感じで始められるように言って来るのが、手段なようですが、巷で流行っている合成麻薬と変わらないでしょう。

宗教は、入信すれば、思考力・判断力は欠如し、選択が苦手になります。

何をするにも「教えに沿わない?」と考えたり、自信がなくなり、これさえあれば「安心」という妙な満足感が得られ、依存体質が形成されます。
この、キリスト教が入って来た時代は、医療も発達していなくて身分の差も有り、神様に奇蹟を期待してた部分もあったと思います。
しかし、キリスト教をつかって、一揆(人を傷つけること)を起こしてしまうのですから、教えに反しています。

手軽に国を、家を、人を侵略できる道具が宗教だと思います。それも、侵略された感覚が少ないのでロボットです。

神様を語って、ひどいですね。

今日もご訪問をありがとうございます。








鉄砲と十字架と奴隷2

2011-11-01 12:05:37 | 世界
天草四郎が最新鋭の鉄砲で武装や戦にかかる資金源は、キリシタンだったのでしょうね。
ムシロ旗に竹槍の武装ではなく、鎧を着て、銃で武装した組織的な軍団だったそうです。
とても、浪人と素人の一揆集団がすることとは思えません。

鉄砲と火薬の資金となったのが、奴隷としての人身売買で、その人身売買に加担していたのが、当地のキリシタン大名だったようです。
大村純忠は、キリスト教の宣教師から洗礼を受け、日本最初のキリシタン大名となり、領民に信仰を強制させたり寺社を破壊したりと過激な信仰を行い、大村領内では最盛期のキリスト信者数は6万人を越え、日本全国の信者の約半数が大村領内にいた時期もあったとされます。
また、大友宗麟は、特に熱心に宣教師を保護したと言われています。他に有馬晴信、近畿の高山右近、小西行長らが有名です。

人身売買の流れはよくわかりませんが、豪族→小名→キリシタン大名という感じになっていたようです。

徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。
『キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。ザビエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであった。 
キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団として、ローマ法王のもとにいったが、その報告書を見ると、キリシタン大名の悪行が世界に及んでいることが証明されよう。
『行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている』
参考サイト



でも、極論?を言えば、火薬はこの時、もう作れたので、本当は人と交換するまでもなかったらしいです。


無国籍集団の倭寇の頭、王直

2011-10-27 12:32:53 | 世界
日本へ葡萄牙(ポルトガル人)を案内した人物がいます。
日本の鉄砲伝来に深く関わっていいる中国人の王直(おうちょく)です。なぜか日本史の教科書には出て来ませんが、横着と間違えそうな名前です。

王直は、日本の五島列島(長崎県西部の列島)や平戸を拠点に貿易(密貿易)や海賊行為(後期倭寇)に携わっていた集団の頭です。

倭寇の「倭」は日本のことで、「寇する」は「侵入する」とあり、日本人の海賊という意味になります。

一般的には13世紀から16世紀にかけて、北九州・瀬戸内地方を基地にして朝鮮半島や中国大陸の沿岸部、及び東アジア諸地域において活動した海賊、私貿易、密貿易を行う貿易商人の事です。

しかし、寇の時代は、歴史的には、前期と後期に分けて区別されており、前期倭寇は日本人中心であったのに対して、後期倭寇は中国人中心と言われています。

ここで「倭寇」を語るときに注意して欲しいことは、その中に出てくる「日本人」「朝鮮人」「中国人」という言葉を現代の国家・民族の感覚ではなく「無国籍集団」と捉えるとわかりやすいようです。

この時代では国家や民族など、国家間の拘りが強くなくかなり曖昧なものだったはずで「倭寇」とは、日本人も朝鮮人も中国人も、果ては葡萄牙まで加わったゴチャゴチャな「無国籍集団」が出現したと言えます。

ここで想像ですが、もしかしたら文永の役などで拉致された日本人が倭寇に入っていたかもしれないですね。

だから、通訳もできた!?

上半身が人間、下半身が魚のお姫様のお話で「人魚姫」ってアンデルセン物語でありますが、その姿から普通の状態では陸で生活できず、助けた王子様に会いたいために、海の魔女の家を訪れて、声と引き換えに尻尾を人間の足に変える飲み薬をもらうんですよね。

上半身は人間だけど、足がないから陸では生活できない。連れて来られた土地では、外国人扱いで余りよくなかっただろうし(しばらくして仲間と逃げ出した)、といっても日本にも帰ることもできず助けの迎えも来ず、故郷から離れて親のいない者同士(盗みを?)協力して船で生きる、生まれ故郷は海って感じの宙ぶらりんな感じが人魚みたいです。

どこに行っても定まらない、大きな海に自由を求めて生きるアウトローな無国籍集団、倭寇は海乱鬼(かいらぎ)とも呼ばれました。



拉致

2011-10-27 00:50:45 | 世界
拉致とは、ある個人の自由を奪い、別の場所へ強制的に連れ去ることです。

日本で起こった拉致は、刀伊の入寇(といのにゅうこう)が最初だと思います。

刀伊は1019年3月賊船約50隻(約3000人)で対馬・壱岐(現在の長崎県)を来襲しました。
突然の襲撃に両島は大混乱に陥ります。
上陸した彼らは、上陸と同時に民家を襲い、牛馬を盗み、切り殺して食い、老人や子供たち、147人の兵を率いて賊徒の征伐に向かった、壱岐守の藤原理忠はじめ、多くの島民を殺し、女を犯し、さらに対馬の銀鉱にも火が放たれ、生き残った者たちを船に拉致したと言います。

壱岐・対馬を襲った海賊・刀伊は、配下の満洲を中心に分布した女真族でした。
当時の女真族の一部は高麗へ朝貢しており、鎮圧後、高麗政府は拉致された壱岐・対馬の島民1289名のうち、270名を保護し日本へ返還しています。


その次は1274年、モンゴル帝国(元)から2度にわたりされた日本侵攻、元寇(蒙古襲来)、文永の役に、子供男女200人が拉致され、高麗王忠烈王と妃のクビライ公主、クトゥルクケルミシュに献上したという記録が、高麗側に残っています。

歴史的には、戦争時において「人間」を戦利品と看做して略奪の一環として拉致が行われ、また、自勢力の経済・技術力の向上のため、あるいは逆に相手側に打撃を与えるために拉致が行われたりもしますが、先日の記事では、金銭などによって(記事中は火薬でした)売り払う人身売買となります。

その目的は、強制労働、性的搾取、臓器移植、薬物の生産や取引、養子などとありますが、ここでは女性の売買なので性的な労働と交換だったということです。
でも、火薬一樽で娘50人だから、計50万人とあるので近代的に勝っていた外国のぼろ儲けって感じじゃないのかなぁ。

何だか、生々しいですが・・・昔は身売りって言葉があるほどだから、親が娘を生活のために売っていたこともあったみたいですが外国に連れて行かれるのって、言葉もわからないし、何されるかわからないし、また、違うと思う。こわーい。
怖かっただろうなぁ。未知の恐怖。。。



ころんでブス

2011-10-25 04:33:30 | 世界
小学生のときに、伝記を好んで読んでいたことがありますが「コロンブス」は借りても読む気になれなかったのを覚えています。借りてきたら、兄が「これ読んだらなー、ころんでブスになるぞー笑」って、言ったから・・・
ナイチンゲールやキューリー夫人は、読んだのですけどね。

伝記には新、アメリカ大陸を発見し、偉業をなしとげた勇気や行動力を持つ人として書かれているようです。
でも、違うんですね。びっくりしました。

10月の第2月曜日は、イタリア人の探検家クリストファー・コロンブスが「新大陸」を発見したというので「コロンブスの日」とアメリカでは祝日と定められています。

1492年10月12日に水夫が陸地を発見し、コロンブスはその島に上陸し、ここを占領してサン・サルバドル島(「聖なる救世主」)と名づけました。

1534年に設立された、イエズス会はアジアで積極的に布教活動をおこなったことで有名ですが、それ以前にスペイン王室のイサベル女王は、「アジア諸国がキリスト教になれば、イスラム教諸国をはさみうちにできる」との思惑からキリスト教国の勢力を強めようと、『東方見聞録』にある絹、香辛料・黄金の国・ジパングに惹かれていたコロンブスの航海に援助しました。スペインは現在でも、国民の大多数がカトリックで、当時、イザベル女王は熱狂的なカトリック教徒でした。

最初にコロンブスが航海し、上陸した島で先住民のアラワク族は、船から上がったコロンブス達に水や食料を贈り、オウムや綿の玉、槍やその他見たことのないたくさんのものを持ってきて、コロンブス一行を歓待し、一行は、それをガラスのビーズや鷹の鈴と交換しました。
しかし、コロンブスはこの島で略奪を働き、侵入したスペイン人キリスト教徒は残虐きわまりない手口でひたすら人々を切り刻み、殺害し、苦しめ、拷問し、破壊へと追いやりました。
その結果、300万人のインディオが暮らしていたエスパニョーラ島(いまのハイチ、ドミニカ)にはたった200人になり、豊かですばらしかったキューバ島、プエルトリコ、バハマ諸島は人がいなくなり、荒廃し、見る影もなくなりました。

コロンブスと同行し、虐殺を目にしていたキリスト教宣教師のラス・カサスは、日記に
「キリスト教徒の暴虐的で極悪無惨な所業のために1200万人以上が殺害されたのはたしかである。いや1500万人以上が犠牲になったといっても間違いではない。キリスト教徒たちの目的はただただ黄金を手に入れるためであった。手っ取り早く財を築き、身分不相応な高い地位に就こうとしたのである。インディアは無抵抗で、それどころかキリスト教徒を天から来た人たちと考えていたが、キリスト教徒は彼らを広場に落ちている糞か、それ以下のものとしか考えていなかった。」と記しています。
コロンブスの軍勢は行き先々で、凶暴性を増し、窃盗、殺人、強姦、放火、拷問を駆使して、インディアンたちに黄金の在処を白状させようとしました。

ヨーロッパ人にとってコロンブスの「新大陸の発見」は新たな希望の幕開けですが、先住民にとっては植民地支配、先住民抑圧という暗黒の歴史の始まりでした。
平和が破られ、身の毛もよだつような虐殺、婦女暴行、侵略、奴隷貿易、文化破壊など、先住民が怒りをあらわにせざるを得ない悲劇が引き起こされたのです。

コロンブスの航海と悲劇が起こった背後には、中世ヨーロッパ・キリスト教世界に君臨するローマ教皇の存在があるようです。
教皇は先住民の奴隷化を認めたほか、アメリカ大陸発見により、ポルトガル、スペイン両国は早くも1494年トリデシリャス条約を締結して、ローマ教皇アレクサンデル6世の採決により、大西洋のヴェルデ諸島から約2500キロより西で発見した非キリスト教徒の土地はスペイン、東はポルトガルの領分と決め、他のヨーロッパ諸国が探検航海に乗り出していないので、勝手に世界を分割した?感じになってます。

コロンブスは1504年、最大の理解者であったイサベル女王が亡くなると、コロンブスに好意を示そうとするものがいなくなり、コロンブスの身分は「市民」でしかなく、コロンブスの存在は邪魔者となって、病気になり、失意と不遇のまま過ごしました。

新大陸の発見って、侵略・略奪・植民地化したことだったのね。

で、誰が得したのかなぁ?というか、ローマ教皇、何で出て来て色々決められるの?聖職者の権限?

ちょっと、頭がこーんらーんしています。

兄の冗談、意外と本当だったかも。子供の頃、読まなくてよかった。

ご訪問、ありがとうございます。