三日月堀のぶろぐ

お城・歴史の記事がメインのぶろぐです〈(_ _)〉

思川流域の城館巡り 小山市編 その6

2016年07月02日 | 栃木 城址

『思川流域の城館巡り』も今回で最後になります。

〇石塚館 栃木県小山市下石塚
等覚院(観音堂)の西、星宮神社の南にある。神社に沿って約125mの土塁と堀があったが、昭和38年の土地改良事業によって消失した。粟宮氏の一族、石塚氏の居館と考えられる 「栃木県の中世城館跡」
祇園城から西へ2キロメートルほど向かうと田園の中にぱつんと星宮神社が建っていました。鳥居の付近には堀跡にも見える窪地があり、石塚館の石碑が建っていました。

  


〇御城(小薬城) 栃木県小山市小薬
御城稲荷神社の境内となっている約60m四方の地に館跡があり、正面鳥居の前に東西に堀が残っている。またその西および東に、中城、西城それぞれの郭があったと伝えられている。小薬郷は鎌倉府の奉行衆梶原氏の所領であり(正木文書)、この居館は梶原氏のもので、東に菩提寺の称念寺があり、梶原氏関係文書を9点所蔵している(『栃木県史』資料編中世1)。「栃木県の中世城館跡」
石塚館から北へ直線距離で4.5キロメートル程の場所に御城稲荷神社があり、社殿脇に御城の石碑が建っていました。遺構は神社鳥居の東西に堀跡が残っていました~

 


〇神鳥谷曲輪跡 栃木県小山市神鳥谷
神鳥谷曲輪跡は、平成一九年一月から行われた発掘調査により、当地を治めていた小山氏が一三世紀後半から一四世紀の終わり頃まで使用した館跡(平時の住い)であることがわかりました。小山義政の乱の時に消失し、館としての機能を終えたと考えられます。「現地解説板より抜粋」
館跡はJR東北本線並びに東北新幹線により東西に分断されていて、線路東側に土塁と石碑、そして線路西側に解説板がありました。


訪れてからすでに一カ月以上経ちますが、今回ご一緒させて頂いた小頭@和平様には資料の準備・クルマの運転等々大変お世話になりました、改めて感謝申し上げます<(_ _)>
小山市内にはまた訪れたい場所がいくつかありますので、秋以降に訪れたいと思います~

おまけ
今回訪れた場所をグーグルマップに落としました~

 


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お疲れ様でした (小頭@和平)
2016-07-04 16:15:55
こんにちは。

小山市遠征の更新作業完了お疲れ様でございました。
たいへんご丁寧な記録整理をされているので、相当な労力を払われたことと拝察申し上げます。

自分の場合には、探訪先などにもよりますが一日当たり数か所程度が記憶の限界になりました。
最近は専ら備忘録代わりにブログ更新をしております ^^

未だ梅雨の最中ですが、早くも酷暑の季節になったようです。
くれぐれもご自愛くださいませ。
返信する
雨乞い (みかづきぼり)
2016-07-04 20:47:43
小頭@和平さま
こんばんは~
HPを持たず、ぶろぐのみで色々やろうとする事自体にムリがあると思われますが(管理人の怠慢だろーとの声も聞こえますが)なんとか小山遠征の更新終了しました(汗)
資料の中途半端な扱い方やぶろぐの構成等々不満もあるのですが、とりあえず続ける事が今の処の目標です。
その中で和平さまや他の皆さまの情報が良い刺激になっています。
今年は季節が一カ月ずれている感覚で、暑さがまだまだ続くと思うとグッタリですね。
和平さまもどうぞご自愛下さい。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。