三日月堀のぶろぐ

お城・歴史の記事がメインのぶろぐです〈(_ _)〉

東吾妻の城址

2018年11月25日 | 群馬 城址

先週、小頭@和平さまと群馬県東吾妻町の羽田城・岩下城・稲荷城へ行って来ました。

〇羽田城
長野氏一族の羽田(はんだ)氏が築いた。
本郭背後の堀切が見どころです。






〇岩下城
斎藤氏の居城。
ここも城を東西に分断する堀切が見どころです。
ここでカモシカと遭遇(◎_◎;)




〇稲荷城
大野新三郎の城と伝えられる。
本郭を巡る空堀と土塁がキレイに残っていました。
虎口の土塁裾には石積みが残っていました。








今回は岩櫃城周辺の城巡りでした。
ご案内頂いた和平さまには今回も色々とお世話になりましたm(_ _)m 
※管理人多忙(怠慢)の為、やっつけ仕事の記事になりましたm(_ _)m 


みなかみ町~高山村~渋川市を縦断

2017年11月28日 | 群馬 城址

先日、城跡ほっつき歩きの和平さまと群馬へ行って来ました~

〇名胡桃城 群馬県利根郡みなかみ町月夜野下津
沼田城を巡り、真田氏と北条氏が争った城です。
利根川西岸の段丘面、細長く伸びた尾根状の崖端を利用し、大きく四つの郭に分かれています。
また西側の谷地形を挟んだ対岸は般若郭と呼ばれています。
名胡桃城は5、6年前に一度訪れていて今回が2度目の訪城でした。
以前と比べると発掘調査に基いて土塁などの遺構などが復元整備されていました。
二の郭の外側(三の郭)には三日月掘がカラーベルトで再現されていました(^^*)

   

   


〇中山城 群馬県吾妻郡高山村中山
北条氏が真田氏の岩櫃城~沼田城のルートに楔を打ち込む為に築いた城です。
三国街道の中山宿の西方、舌状台地を利用して築かれました。
本郭を中心に北・西・南に空堀が巡り、東側は切岸状の崖になっています。
虎口は北と南に土塁の切れ目があり、そこから木橋がかかっていたようです。
本郭西側には中世にまで遡りそうな五輪塔が2基ひっそりと佇んでいました(-人-)

   

  


〇白井城 群馬県渋川市白井・吹矢
関東管領山内上杉氏の家宰だった白井長尾氏の城です。
吾妻川左岸、利根川との合流地点の崖上にあります。
このお城は近世まで利用されたおかげでしょうか、堀も深くてそれぞれの郭も広いです。
本郭の枡形虎口脇には三日月掘と呼ばれる弓状の堀がありました(^_^;)

   

   


〇仁居谷城 群馬県渋川市尖野
白井城の東南200メートルの所に仁居谷城があります。
日本城郭大系4茨城・栃木・群馬編では「白井常忠の館か。のちに白井城の出城となる」とあります。
遺構と思われる段差(堀・土塁?)が東西方向に確認出来ました。
これを発見出来たのは航空写真などにより場所を特定された和平さまの執念の賜物です(^.^)>

 

予定通りの訪城でしたが、心もとない道案内や行軍遅延など和平さまにはご迷惑おかけ致しました。
今回も御同行頂き、ありがとうございました┌(_ _)┐

〇参考資料
・関東の名城を歩く北関東編 吉川弘文館
・ぐんまの城三〇選 上毛新聞社
・日本城郭大系4茨城・栃木・群馬編 新人物往来社
・~「境目の城」の構造的特質~ 中世東国の領域と城館 吉川弘文館
・古城址ハイキング 新ハイキング社
・群馬の古城北毛編 あかぎ出版
・群馬県古城塁址の研究下巻  群馬県文化事業振興会

※地図は後日掲載致します。
※H29年11月29日 一部記事を追加、参考資料と地図を掲載しましたm(_ _)m