みなさんこんばんは 木の実ちゃんです。
ここで突然ですが NHK大河ドラマのお話。
今年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が終わり
2023年の「どうする家康」がもうすぐ始まりますね。
全く気が早い話なんですが 木の実ちゃん
再来年の大河ドラマ「光る君へ」の放送を 今から楽しみにしているんです。
↑HPからお借りしました
時代は平安時代。千年の時を超えるベストセラー「源氏物語」を書きあげた
紫式部と 彼女に強く影響を与えた時の権力者 藤原道長の生涯を描きます。
主演の紫式部は 吉高由里子(よしたかゆりこ)さん
藤原道長役は 柄本 佑(えもと たすく)さん
作者は大石 静(おおいし しずか)さん
NHK大河ドラマは戦国時代を描くことが多く
天下取りの壮大なドラマは それはそれで面白いんですが
斬り合いとか打ち首とかの場面があって 個人的に木の実ちゃん ちょっと引いてしまいます。
どちらかというと 幕末とか明治維新の近代のドラマが好きで
「西郷どん(せごどん)」とか「青天を衝け」はよく観ていました。
「光る君へ」は今までにない時代背景で 華やか開いた平安文化の真っただなかを切り取り
いまだ謎の多い紫式部の一生をどう描いていくのか すごく興味があります。
↑HPからお借りしました
54帖にもわたる長大で壮大な源氏物語を 女性が千年も前に
ひとりで書きあげたのは 驚きを通り越して 奇跡に近いですね。
また源氏物語は 後々の日本文化にも 多大な影響を与えています。
そんな偉業を成し遂げた式部は ただ聡明だけでなく 知性と想像力とあふれんばかりの情熱と
物語を書き続ける すごいエネルギーをもっていた女性だったんでしょう。
そんな式部の内面を 美しい吉高さんがどう表現するのか
また時の権力者に登りつめた道長を 柄本さんがどう演じるのか
今から(はるか一年後ですが)とっても楽しみです!!
雅やかな平安貴族といっても 宮廷の頂点に立つためには
すごい権力闘争があったみたいです。
道長にしても 名門藤原北家三男に生まれ 権力の中枢には遠い存在でしたが
兄たちの死去により 一躍時の人へ。
その後兄の息子たちとの すさまじい争いの果て 権力を一手に握ります。
その様子は 永井路子著『この世をば』に記されています。
↑ネットからお借りしました
新潮社文庫 永井路子著『この世をば』上 下
道長が 知らず知らずのうちに権力の中枢になり
心身ともに変っていくありさまが詳しく 記されています。
↑マイ蔵書です
『むかし あけぼの 小説枕草子』田辺聖子著 角川書店
清少納言が主役の本なのですが
この本にも 藤原家の権力闘争の詳しい様子が記されていて 面白いです。
そうそう 清少納言のキャストは誰なんでしょうね?
紫式部の永遠のライバル 清少納言。
式部は清少納言のこと 嫌ってたみたいですけど。
才能ある女子同士 難しいですね(笑)
ともあれ放送までは1年あるので
これらの本をもう一度読み直して 勉強していきたいと思います。
気の早い話ですみません。
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そうか、次々回の作品は「紫式部」の話ですか。(^.^) そういえば、以前「紫式部・千年の謎」というタイトルの映画を観たことがあります。確か、紫式部=中谷美紀、藤原道長=東山紀之、だったかな?
あと、「源氏物語」自体は読んだことないですが、「あさきゆめみし」という「大和和紀」の漫画作品を全巻、貸してくれた人がいて、それは読みました、(^-^) 私はそれで、「源氏物語」の内容を、だいたい把握できたように思えます。
女性が主役の「大河」は、特に意識して観てますが、その作品も楽しみですネ。^_−☆
姫様も「あさきゆめみし」読まれたんですね。木の実ちゃんも実は 全巻もってて愛読してます。原典は古文で難解なうえ長文のため 読解不能ですが この作品のおかげで親しみをもたれた方が多いのではないでしょうか。
私もこの作品で 源氏物語の素晴らしさが分かりました。またそのことについて 記事を書きたいと思っています。現代の私たちの心情に大いに通じるものがあって 共感するところも大いにあります。。
藤原道兼は弟や従者等に乱暴を働き、更には紫式部の母親を些細な事で殺害する粗暴狂癖の人物として描かれています。
しかし、『大鏡』をみると、それとは全く違う人物像が読み取れます。
以下、『大鏡』の当該部分を引用します。
「あはれなることは、おりおはしましける夜は藤壺の上の御局の小戸より出でさせ給ひけるに、有明の月のいみじく明かかりければ、「顕証にこそありけれ。いかがすべからむ。」と仰せられけるを、「さりとて、とまらせ給ふべきやう侍らず。神璽・宝剣わたり給ひぬるには。」と粟田殿の騒がし申し給ひけるは、まだ帝出でさせおはしまさざりける先に、手づからとりて、春宮の御方にわたし奉り給ひてければ、帰り入らせ給はむことはあるまじく思して、しか申させ給ひけるとぞ。さやけき影を、まばゆく思し召しつるほどに、月の顔にむら雲のかかりて、少し暗がりゆきければ、「わが出家は成就するなりけり。」と仰せられて、歩み出でさせ給ふほどに、弘徽殿の女御の御文の、日ごろ破り残して御身も放たず御覧じけるを思し召し出でて、「しばし。」とて、取りに入りおはしましけるほどぞかし、粟田殿の、「いかにかくは思し召しならせおはしましぬるぞ。ただ今過ぎば、おのづから障りも出でまうで来なむ。」と、そら泣きし給ひけるは。(中略)花山寺におはしましつきて、御髪下ろさせ給ひて後にぞ、粟田殿は、「まかり出でて、大臣にも、変はらぬ姿、いま一度見え、かくと案内申して、必ず参り侍らむ。」と申し給ひければ、「我をば謀るなりけり。」とてこそ泣かせ給ひけれ。あはれに悲しきことなりな。日ごろ、よく、「御弟子にて候はむ。」と契りて、すかし申し給ひけむがおそろしさよ。」
この「粟田殿」こそ藤原道兼です。
そして、この『大鏡』の記載からは花山天皇を出家させるために日頃から「御弟子にて候はむ。」(弟子としてお仕えします。)等と約束し、出家当日には噓泣きまでして目的を達成し、目的を達成したら日頃の約束など反故にするという、陰謀を確実に遂行する冷血漢という人物像が読み取れ、ドラマのような、何の目的もなく乱暴狼藉を働く人物とは程遠く、この点において大きな減点事由となります。
それ以外では紫式部が飼っていた鳥が紫式部あ籠を開けた途端逃げてしまうという、『源氏物語』で光源氏が若紫を垣間見た際の若紫の「雀の子こを犬君が逃がしつる、伏籠のうちに籠めたりつるものを。」という台詞を彷彿とさせる、視聴者をして、「これがかの源氏物語の有名な件の元になったのか。」と思わせる描写があり、その点は良かったです。
大河ドラマ「光る君へ」第1回視聴しました。
私も 藤原道兼の描き方には疑問を持ちました。
弟の道長を理由なくいじめたりして かなりエキセントリックな人物像で描かれていますね。脚本家の方の意図も入ってるのでしょうね。第1回目で思うことは 大河ドラマはテレビドラマであり NHKといえども視聴率を上げるために ドラマとしての面白さを意識せざるを得ない面があるのでしょうか。史実とテレビドラマの脚本の違いを 視聴者の一人としてこの1年間じっくりと見守っていきたいと思います。