secret boots

ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

レポゼッション・メン

2010-07-22 22:56:22 | 映画(ら)
評価点:77点/2010年/アメリカ・カナダ

監督:ミゲル・サポチニク

アメリカの現状を鋭く描く近未来SF。

戦争上がりの幼なじみ、レミー(ジュード・ロウ)とジェイク(フォレスト・ウィティカー)は臓器回収業者を生業としていた。
人工臓器を自由に売買できるようになった時代で、ユニオン社は患者に多額のローンを組ませ、破綻したところを問答無用で回収するという悪徳商法を行っていた。
ユニオン社で働くレミーだったが、妻の意志から販売員になろうと考える。
今回が最後の仕事にしようと考えていると、電気ショックが誤作動を起こし、気絶してしまう。
気づくと心臓にチューブが刺さり、人工心臓へと繋がっていた。
無理矢理ローンを組まされることになったレミーは、臓器回収を再開するが、仕事が手につかない。

ジュード・ロウ主演の近未来アクション。
AI」でみせたジゴロロボットくらいしか僕は彼の作品を思い出せないが、久々の鑑賞だ。
設定を聞くだけで、この映画がいかに現実を意識したものであるかは察することができる。
SFはどうしても世界観を描き出すことがネックになるが、この映画はひと味違う。

ストーリーのおもしろさも見所の一つだが、是非このリアルな近未来のアメリカを体感して欲しい。
十分おもしろい作品だ。

▼以下はネタバレあり▼

世界は分けてもわからない」という新書に書いてあった言葉を思い出す。
鼻という器官を外科的に取り除こうとすると、どこまでが鼻と呼べる器官なのか、特定しがたい。
その想像は、どこまでも鼻であり、やがて循環するその生命体全体へと還元しうる。
だが、僕たちはどこまでも身体的な臓器は、部分で成り立っているような幻想を抱いている。
その臓器が自由にやりとりすることができるようになったら?
その発想はそれほど非現実的な印象を受けないだろう。
この映画はその仮定を徹底的にリアリズムの観点で具現化した物語だ。

人の身体はますます混迷を極めている。
自分の体を意識する機会は少なくなってきている。
その一方で人間の臓器は個々に死ぬという奇妙な事態になってきている。
臓器移植にしても、人間の臓器はパーツとなり、全体性を失いつつある。
人間の臓器が商品となり、売買されるようになってすでに久しい。
鷲田清一のような身体論者が有名になっていることも、それを端的に示しているだろう。

現代の人体は、パーツで組み上がっているプラモデルと変わらないのだ。

だからこそ、この映画の設定は、僕たち一般人にも違和感を抱かないだろう。
実際には人体以外の物質を人体に埋め込むことは、拒否反応などの様々な弊害がある。
よって実現可能かどうかは依然として道のりは険しそうだ。
だが、人工臓器を売買するという設定じたいが、現代を象徴するかのような設定だ。
人体の機能を買うことが出来る。
それは美容整形よりも、さらに自分への変身願望や理想の自分の実現などを可能にする。
お金さえあれば自分自身を理想に近づけることが出来る。
それは究極の自己実現であり、人間の欲望の最先端にある。

だが、この映画の肝は、その財産である自分自身や人工臓器を売りつけるだけでなく、担保とすることで、高額の返済を迫るという点だ。
サブプライム問題前にこの映画が企画されたからこそ、このタイミングで公開にこぎつけたのだろう。
そうでなければリアルすぎる。
住宅以上に自分の生命に直結する臓器を、高額で貸し付けて、高利貸しのような商法を繰り返す。
臓器を製造するだけでなく、臓器を回収するところに、このユニオン社の利益の源泉がある。
殆ど詐欺にさえ思えるこの商法は、少し前ならあり得ない話に聞こえたかも知れないが、あの不況を経験したアメリカにとっては、耳が痛いどころか痛烈すぎる。
容赦なく奪われる臓器は、まるで殺人そのものだが、それはれっきとした正当な業務だ。
その隠喩が、住宅を容赦なく奪う金融業者そのものだ。

その設定だけでこの映画は成功していると言っても過言ではない。
だが、2人のレポメンの設定もまた巧みだった。

主人公のレミーは妻から汚い仕事をしないように要求される。
妻の人物造形がやや甘いのでドライで冷淡すぎる印象を受けてしまうが、それもそのはずだ。
彼の仕事は殆ど犯罪者に近いことをしている。
彼は戦争上がりで、戦争の快楽をそのまま持ち越して生きている。
そのため自分の仕事に対してダーティな印象は持っていない。
だが、彼自身が債務者になったとたん、取り立てる相手が「生身の人間」になってしまう。
だから取り立てできなくなる。
それは成長と捉えることもできるだろう。
自分の臓器を取り立てることが出来ないため彼ははじめて窮地に陥ってしまうのだ。
その当たりの描写が丁寧なために、すんなり感情移入することが出来る。

彼の軍人あがりという設定もアメリカ的で、自分の身に降りかかるまで気づかない脳天気振りもまたアメリカ的だ。

彼の相棒であるジェイクも、また非常にアメリカ的だ。
彼は相棒が仕事を辞めたがっているということを知った途端、相棒をはめることを思いつく。
彼の純真さは、まさにアメリカのビジネスパートナーとしての対応そのものだ。
もちろん、ジェイクは相棒のレミーを殺したいとか、陥れたいとか全く思っていない。
だが、自分の思い通りにならないのならそれでも構わないという極端な独占欲を持っている。
だから相棒が辞めてしまうことが我慢できない。
ラストでM5の導入を決めるのも、彼への歪んだ愛情と責任感からに他ならない。
ジェイクの歪み具合も、まさにアメリカを象徴している。

さんざん挿入されるM5の使い方も良かった。
字幕でも執拗に示されるので、もはや夢オチは明らかだ。
だが、それが嫌みでないところがこの映画のおもしろさだ。
それを支えているのは、科学者が毒ガス入りの箱に猫を閉じ込めるというレミーの話すエピソードだ。
これがそのままテーマとなっている。
彼は結局彼自身を箱に入れることで「幸せ」を手に入れる。
四度の気絶を経験し、五度目は自分自身が箱に入るというオチだ。
途中すこし野暮ったいように感じる語りもきれいに収まっているわけだ。

自分の子どもが母親に電撃を浴びせるあたりから、かなりきわどくなってくる。
だからその前のM5の描写もあって、オチは容易に読める。
しかし、この映画はオチに観客の期待を一心に集めさせるような構成にはなっていない。
ちょっとしたスパイス、ちょっとした演出程度に受け取れる。
自分が目覚めるか目覚めないか、という二択の中に幸せを見いだした彼は幸せで悲しい夢を見続けることになる。
自分を陥れた相棒の給料に支えられて。
まるっきり人生を隠喩しているような映画だ。

ブラックでユーモアたっぷりのどこまでも薄暗い映画だが、そこかしこに見える人間味によって、映画としてそれほど絶望感ある雰囲気はない。
この映画のみどころはそういったところにある。
そして、なんと言っても最大の見せ場は、夢の中にある。
何故か幹部クラスのユニオン社の社員がナイフを次々と出して襲ってくるスローモーションは、見る者を虜にする。
多少動きが素人くさいが、それでも十分おもしろい。

そしてそれに続く人工臓器のスキャンのシークエンスは、本当にうまい。
真っ白な倉庫で、痛々しくも体に手を突っ込んでスキャンしていく姿は、独特のエロスを感じさせる。
セックスシーンよりもセクシャルなエロスと、タナトスとの融合は、十分にお金を払わせるだけの価値がある。

意外な名作が生まれる土壌のハリウッドは、やはりうらやましいなあ、と思ってしまう。

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2 コメント

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Unknown (ヒカル)
2010-08-03 06:20:27
インセプション観ないんですか?
前作のダークナイトを絶賛していたので、真っ先に鑑賞するかと思ってました。
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書き込みありがとうございます。 (menfith)
2010-08-03 20:52:23
管理人のmenfithです。
今年の夏はけっこう時間がありそうなので、おもしろくなさそうな映画まで見られたらと思っています。
とりあえず「ソルト」アップしました。

>ヒカルさん
おっしゃるとおりです。
見にいきたいのはやまやまなのですが、映画をこよなく愛する会「M4」会という会合がありまして、そこで鑑賞することになっています。
それがメンバーの都合によって14日になっているので、そこまでお預けになっています。

たぶん二度は見るつもりなので、批評の方は少し先になるかと思います。
周りにネタバレされないように必死です。
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