夏の終わりに、コロナになった。
症状は、夏バテや熱中症のようなものだと思っていたら、そうではなかったようだ。
数日間の監禁生活を経て、無事回復したわけだが、それからどうも調子が悪い。
たまっていた仕事は誰かが処理してくれるはずもなく、山積みになって、私のせいで職場の周りの人まで次々に倒れていったという話も聞かされた。
(まったく罪悪感はありませんけどね。)
仕事をこなしてもこなしても、区切りが見えないという状況が続いていた。
そうこうしているうちに、子どもがアデノ・ウィルスに罹患して、ゼロ距離射程で唾液やら咳やらをかけられて、私は再び体調不良になった。
熱はない。
だから仕事を簡単に休むこともできない。
昨年もこの時期に体調を崩していたのだが、それは親知らずを抜いたという明確な理由があったので心配はしていなかった。
今回はどうもおかしい。
体調と心の調子、心調は連動するというのはよくある話だが、まさにそれのようだ。
何かを楽しむのも、何かを味わうのも、体力が要る。
体調が追い詰められると、生命維持モードになって仕事を前のめりでこなすこともできない。
結果追われることになり、心の余裕や時間の余裕を生み出すことができなくなる。
ミスも増える。
その処理に追われて、また就労時間が増える。
その分、家族にも負担をかけることになる。
その調子の最も端的なところは、私の場合、他人の言動が気になる、ということであるらしい。
他人の言動に怒りやいらだちを覚えるようになると、それは私のコップの水があふれているということであるらしい。
些細なことに腹を立てる必要はないのだが、気になってしまう。
とりあえず、今は目の前のことに集中して、生命維持モードを貫こうと思っている。
症状は、夏バテや熱中症のようなものだと思っていたら、そうではなかったようだ。
数日間の監禁生活を経て、無事回復したわけだが、それからどうも調子が悪い。
たまっていた仕事は誰かが処理してくれるはずもなく、山積みになって、私のせいで職場の周りの人まで次々に倒れていったという話も聞かされた。
(まったく罪悪感はありませんけどね。)
仕事をこなしてもこなしても、区切りが見えないという状況が続いていた。
そうこうしているうちに、子どもがアデノ・ウィルスに罹患して、ゼロ距離射程で唾液やら咳やらをかけられて、私は再び体調不良になった。
熱はない。
だから仕事を簡単に休むこともできない。
昨年もこの時期に体調を崩していたのだが、それは親知らずを抜いたという明確な理由があったので心配はしていなかった。
今回はどうもおかしい。
体調と心の調子、心調は連動するというのはよくある話だが、まさにそれのようだ。
何かを楽しむのも、何かを味わうのも、体力が要る。
体調が追い詰められると、生命維持モードになって仕事を前のめりでこなすこともできない。
結果追われることになり、心の余裕や時間の余裕を生み出すことができなくなる。
ミスも増える。
その処理に追われて、また就労時間が増える。
その分、家族にも負担をかけることになる。
その調子の最も端的なところは、私の場合、他人の言動が気になる、ということであるらしい。
他人の言動に怒りやいらだちを覚えるようになると、それは私のコップの水があふれているということであるらしい。
些細なことに腹を立てる必要はないのだが、気になってしまう。
とりあえず、今は目の前のことに集中して、生命維持モードを貫こうと思っている。