嬉々是好日 L`Atelier de Megummy since2000

行く先々でMIX犬疑惑を掛けられているビーグルならぬ、ぴーくる姉妹との徒然や、常が旅の途中な日々を綴っている備忘録

肋骨骨折

2008-07-11 | megummy's
いやはや(笑)

日曜日に、無茶なやんちゃなことをやらかして、肋骨を骨折しちゃいました(笑)
折れた瞬間は、イタタだったのが時間が経つごとに息を吸うのも苦しいに変わり…。もしや、骨折トカトカ???

と、やっぱり夜間外来に行ってみると、見事に骨折していたので。結構、驚きましたが、それよりももっと驚いたのが、「誰かをかばってるのはよくないよ」の一言で…。

「は…?」

と一瞬、意味不明だったのでけれども。

あ。DVの被害者だと思われたのか…。と苦笑!実は、その時、腕やら足に内出血も出来てて(笑)確かに、確かに、疑われるのも然りな状況だったので。

「いぁ、いぁ、私もよく解らないうちにぶつけてたんです」なんて言ってみたらば、顔をしかめた先生の表情に。もしや、解離性人格障害を疑われているかもなんて焦ってみたりで(笑)

で。もって、確かに、相手あっての怪我ではあるのだけれども、まぁ、自業自得という所も多分にあるって説明と、自分のお仕事はコレコレこぉ~いうことをしてるので、相手をかばうとかとかではなく、逆に相手は私が骨折したなんて思ってもないはずだと、そんな説明をしました。

説明している自分が「マッタクモッテお恥かしい話ですが」って醜態を曝す可笑しさっていうか面白さに、痛みよりも、医師は通報義務があるからなぁ~なんて、その対応に「なるほど」と。こぉ~してDVは通報されるんだと密室の中の見えない犯罪が暴かれていく様子をひとしきり想像しましたよ(笑)

まぁ、なんにせよ。痛いのは痛いのだけれども。今って、湿布とかじゃなく痛み止めのパッチを貼るのね。で、肋骨って折れても大したことないので、後は骨が再生するのを待つのみです。

随分、簡単に折れるんだなぁ~なんて思いつつ、多分、自分の肘がですね…。その瞬間に肋骨を直撃したのではないかと。状況は割愛で(笑)

そんなこんなな予想もしなかったアクシデントがありつつ、翌日は高速を飛ばし、今回の色々を確認する為というか、自分でも「もしや?」とか「多分?」とかって思っていた事柄を抱え、名古屋に泊りがけで遠出し。

戻って水曜日は、母校の臨床の先生のトコにお邪魔したりで。

なるほど、納得…!
な、自分の想像をはるかに超えた事の成行きに…。

「あなた、ホントに痛いのね」と自分の眼で観た傷み以上の傷みを感じたというか、もっと単純に楽に生きれば良いのにねぇ~…。と。そんな風に生きる事が出来ないから色々と色々を隠すのでしょうが、隠すからこそよく見えてしまう事柄に。

尚更、痛い人だなぁ~なんて。ある人を想いましたが。
まぁ、だからといって私がどうこう言う筋合いもないので、私は私で、私自身や私の生活を大切にしましょ!って思います♪



ちと。
今回は怪我の功名じゃぁないけれど、自分という未知の自分も知る事が出来た印象的な出来事だったので…。

人間って、ホント、未来の予測なんてつかない生き物だなぁ~なんて思いました。実は、今頃の時季。私は、トルコのカッパドキアに居たはずなのね(笑)

年明けに「今年は何が起きるんだろう?」なんて思ってみて。まぁ、何が起こったとしても、どうにかなるし、最悪、どうにか出来るし、どうにかするからナンでもこいっ!とか思いつつ、予想しなかったお仕事のお話に、しかも、一度はお断りしたお仕事を結局は受けた自分に。

綺麗に期間が満了したらば、少し長期でトルコに行こうって思ったのね(笑)4月の初めにチケットを購入し、3ヶ月の予定で。やっぱり、以前からお誘いのあったカッパドキアのお土産物屋を手伝いながら、観光に精を出すぞぉ~!!!なんてさぁ。

でも、これまた結局の所、次のお仕事の話があった時、一瞬どぉ~すっかなぁ~とは迷ったけれど、チケットの方をキャンセルしたのね(笑)

初夏のカッパドキアは魅力的だし、トルコ料理は美味しいし、トルコ人の適当さ加減やら人懐っこさみたいのも好きだし、イスタンブールも思う存分に歩いて回るぞって想像すると、惜しいっちゃ惜しいけれど。

それ以上に、今、確かに手ごたえを感じる事柄を手放しちゃいかんよ、自分!って第六感みたいなものが働いたって感じなのかな(笑)

「全ての事柄、万事に時は定まれり」ってヤツなんでしょぉ~ね。「破壊の時あれば、建設の時廻り。時に石を積み、時に石を投げ。悲嘆にくれ、また喜ぶ」って然りって思います!

私、絶対ってことは在り得ないって、はなから「絶対」は信じない人間なので、その時々、許せないってことも許せるに変わるんだろうし、基本的にその瞬間に喜怒哀楽を感じたらば、それで良いって単純に考えて生きてます。傍から観たら、なんて我儘で自分勝手な気分屋さんなんだと思う人も多いことは自覚しつつ…。

ただ、それは変化していく時の中での自分の変化だからね。それで良いの(笑)嘘をつくとか誤魔化して生きるよりかは、よっぽど良いと!

よく「命懸け」っていうけれど。命懸けなんて言わなくても。皆、気付いてないだけで命懸けて懸命に生きてるのよね。懸けるというよりも、与えられた天命を、まっとうするその時までさ、命を梳って生きるんだと思うのです。

だからこその、後悔はしません、私(笑)その時々を正直に生きているから、あぁすればよかった、こぉすればよかったはないの。2割の余力を残して8割は精一杯を出し切ってる感じ…。

2割は、ここぞって時のリカバリーで。

だたね、今回知った。知らなかった自分の自己覚知の部分がね…。
私って人間の持つパワーが強いからこそ、それを真に受け止められる人は少ないよ。ってコトで。逆を返せば、私の回りに居てて、ここぞという時、支えてくださってる皆様は、その力を受け止める力や強さを持っているからこそ、全部を受け止めてくれていることに初めて気付きました。

そして、今回、そんな方々の口から、そんなことを教えて頂き。1つ「なんでだろ?」って思ってたことがストンと落ちました(笑)

私、「なんで?」が異様に多い人間なんだそうです(笑)ただ単純に純粋な不思議だからこその、なんで?って思うのだけれども…。学部時代の恩師に、「相変わらず、君はなんで?が多い子だねぇ~」と苦笑され、やっぱりお世話になった臨床の恩師には。

興味や関心を持ったことに対する「なんで?」を知ろうとする時のパワーは、相手をする自分にとっては臨床的には面白いけれど、答えを用意出来ない人間は、その興味が向けられた時は困っちゃうし、逆に、それを聞く私という人間が理解出来ないだろうから。「向ける方向を考えなきゃいけないよ」「向ける思考の水路を創る時期なのかも知れないよ」なんて言われました。

私は勉強は好きじゃないんです(笑)なんでだろ?って思う疑問を解決できるから学問が好きなんだと今更ながらに自覚しました…。

で。私の興味ってやっぱり人の行動やら生活やらの「営みそのもの」なので、やっぱりやっぱり人に向かうのだと思います。ただ、今回知ったのは、感情や感覚と、自分の持つ力というのは別物で、その力の使い方や方向やら、そんなことを自覚して使うことが自分自身を守ることにも繋がるんだなぁ~って感じでしょうか。

漠然としてるけれど(笑)

そんな3日間の、「???」に確かな納得で、昨日、仕事帰りの寄り道で友人とひとしきり、そんな話をした時に。やっぱり友人に、同じようなことを言われ。

ここ暫らく、色んな方々とお話してみて、みんな言葉は違えども、同じことを言ってくれることに、「そっかぁ~」と明鏡止水の境地で、ザワザワしてた何かがピタっと静まった感じがします!

「思考の水路」ってキーワードが頭に残っていたので、今朝は朝から本を引っぱりだしては読みふけり。「世間学への招待」ってジャンルは社会学の本なのだけれどもね、その中に「水の力学」ってのがあって。日本人は水を重んじる」ってお話に、すごい納得!!!

清めるとか、穢れとかね、水に流すとか、水を差す、泥仕合、トカトカって日本人独特の感覚やら行動を水の力学として、そのベクトルが書かれているのね。すごく面白いの(笑)

あ。これだぁ~!っちゅぅ~か!
そうね、自分の水路を作ってみて、力の加減を良い加減に使おうって思いました。中々に肉体労働っぽさが自分好みなんだけれども、自分自身のことだからこそ。汗かいて精出したいと思います♪

って、この日記は。
日記っていうよりも、取りとめのない雑感だねぇ(笑)