It's just me,myself and I

横浜育ち、米在住23年の女性のくだらない日記の中に、日米のギャップ、バークレーでの生き方、パイロットの毎日が見られる。

晴れててよかった

2014-12-30 | パイロットの日記
はい、こんにちは。

特に報告はなし。

エアアジアの事故は残念だ。 アジア系航空会社の事故が多いのが気になる。 いつも言うが、こういう事故の後に見るCNNの番組は見づらい。 ニュースキャスター達が航空関係の詳しい話をすると、間違った言葉の使い方、理解の仕方、間違った物事の強調などが目立つから。 もちろん、パイロット仲間の中では、原因、意見について話す。


12・27から三日間の仕事に出た。 久しぶりにサンフランシスコ周辺に帰ってきているニノ君は、訪問したいお友達や家族もいるだろうから丁度いい。 ほら、車も二人で一台シェアしているから、一人で自由に行けるでしょ。

一緒に飛んだのはTJ機長。 整備士の免許あり。 破産したイースタン航空のパイロットの経験あり。 他の大手で、不景気による一時解雇あり。 次で働き始めた会社が、15年以上前にうちの会社に買収されたそうで。 だから、いろーんな会社でパイロットとして働いてきた人。

と話を聞いていたら、このキャリアの途中で中国で外国人契約パイロットとしても2年間働いていた事もあるそうで。 Wow. アメリカ人の普通のおじちゃんパイロットが中国に行ってパイロットとして働くのは大変な事だし、ガッツがいる。 文化の違い。 言葉の違い。 食の違い。 今の私が中国に行って飛ぶより大変な適応だと思う。 私の場合、既に日本からアメリカへの移動を経験している事。少なくとも中国人と似た顔をして、旅行などからアジアの文化をなーんとなく見てきている事。 言葉は分からないけど、漢字が少しは読めること。。。。中華料理好きだし。 お箸で食べる事は普通だし。 まぁ、よく分からないけど想像してみると、きっと白人の人が中国に行くほうがよっぽど大変だと思うってこと。

あ、そうそう、この人は空軍でもKC135という大きい飛行機を飛んでいた人。

リラックスして、私を信頼して、よく笑う楽しい人だったよ。

んで、この人とメキシコのカボに飛んだ。 彼はイースタン航空でメキシコ、中米、南米と全て行っている。 25年以上前だけどね。 これは私のメキシコへの初めてのフライト。 まぁ似たようなフライトとしては、エルサルバドルとプエルトリコに飛んだ事がある。 これを読んでいるパイロットの人達は、世界のいろーんな国に飛んでいたりするわけだけど、うちの会社は今まで国内線しか飛んでいなかった会社なので、私はやっとこういうフライトを経験できるようになったのだ。 もちろん、飛ぶ機種がボーイング737だけ、国内線だけ。。。。ということを分かっていて、この会社が自分の第一希望だったわけだけど。 今年から、カリビアンやメキシコ、来年はコスタリカやベリースにも行くことになる。

カボは。。。。まぁカリフォルニアの延長のようなフライトだった。 メキシコシティーとかだと、本当にメキシコって感じなんだけど、カボはアメリカ人の観光客がたくさんいる所なので、機内も飛行ルートもそれほど外国っぽくない。 用意してあったスペイン語のコックピットからのスピーチも読まなかった。はははは。 だって、メキシコ人はほとんどいない様子だったんだもん。 管制官はプエルトリコ行きを乗務した時よりも、もっとスペイン語なまりで、何回か聞きなおさなければいけなかった。 でも、アメリカン航空とかアラスカ航空のパイロットたちも聞きなおしていたけれど。 外国の空域でアメリカ人パイロットの声を無線で聞くと、ちょっと仲間が近くにいるような気になって心強い。 パイロットとしての常識も同じだし。 ANAの人達も、JALのパイロットの声を外国で聞くと、同じような気持ちになるのかしら? 

管制はちょっといい加減と言うか、アメリカでは聞かない指示が何回か出た。

”前の飛行機とのスペースが必要ですから、左030にターンして、2分経ったら右にターンして、ファイナルコースに進入してください。”

2分経ったら。。。。アメリカの管制だったら、2分後に指示を出してくる。 (自分で時計を見て、2分計らなくていい。)

右にターンして。。。。これも、ちゃんと詳しい方向を与えられるのが普通。 この場合だったら、ファイナルが160だから、200にターンしてください。。。とか。

まぁ、日中だし、視界もよかったから山も自分の目でしっかり見えたし、 737NGだからコンピューターのスクリーンもあるハイテックな機種だったからいいけど。。。。。これが夜で雲の中の飛行だったら。。。。このメキシカンの管制はストレスになったと思う。 

平凡な

2014-12-27 | Weblog
ただの日記。

はい、こんにちは。 ニノ君は冬休みに入った。 毎日勉強のプレッシャーに追われていた彼にとっては素晴らしい機会。 なんとこのホリデーシーズンにスタンバイ(空席待ち)でサンアントニオからオークランドへ帰った私たち。 普通、ホリデー中にスタンバイはしないのが常識。 飛行機が混んでいるから一日中乗れないで空港で待ちぼうけだったりするから。 何週間も前から空席状態を調べて、まだ30席とか売っていたから大丈夫だと思ったら、前日になったら1席あるかないかの状態になっていた。 数ヶ月前に買えば往復550ドルくらいかな。 もう遅いけど。

というわけで前日に訓練を終わらせてからサンアントニオに運転して一泊した。 翌朝空港には午前6時に到着。 ニノ君の訓練仲間がたくさん空港にいた。 笑 うちの航空会社のチケットを買っていただいたようで、ありがたやー、ありがたやー。私たちはスタンバイだからドキドキした。 このフライトのパイロット達はそれほどフレンドリーではなかったけど、私は絶対コックピットに座ることになるんだろうと覚悟を決めていたら。。。。ニノ君と一緒に客室に座れた!! ぉおおーーー!!結果的に1席空いているか、空いてないかの、ほぼ満席で出発。

オークランドに到着したのは正午前だったので、少し昼寝してから中国風、足裏マッサージに行ってきた。 あー、気持ちいい。 毎週行くはずのマッサージが、テキサスにいる時間が多すぎて、あまり行けていない。 でも、私よりもニノ君がマッサージやってもらえたのが嬉しい。

クリスマスのお昼はサンフランシスコに電車で行ってチャイナタウンを歩いた。 冬のサンフランシスコは寒い!デルリオにはこういう歩ける場所がないから楽しい! アメリカのクリスマスの日は、閉店のビジネスが多いけど、チャイナタウンは九割開いていて、人混みもすごかった!! 飲茶や菓子パンを買う長い列に並んだ。 口コミの多い有名店。 中国人のおばちゃん達もたくさん並んでいたのだけど、横入りしたり、ぴったりとくっつかれたり、押されたりで、カルチャーの違いを感じた!!

夜はニノ君の実家でディナー。 お母さんがたくさん美味しいご飯を作ってくれた。お母さんはタイ人だから、いっぱいタイ料理を作ってくれるかというと。。。。お母さんの作るタイ料理は食べたことがない! アメリカンなクリスマスディナーだった。 ニノ君の19歳になる妹さんのネイルをやって、テレビを見ながらニノ君とウトウト。

こーんな感じの平和な、他人が読んでもおもしろくもないだろう素敵なクリスマスだった。 バークレーでのステイは、12・24から1・3まで。 ニノ君の訓練は1・5再開。 私は普段からリラックスする時間や余裕があるけど、彼は毎日24時間では足りないほどのペースなので、思い切りリラックスして、食べたい物を食べてエンジョイしてほしい。




今週のウサギ

2014-12-20 | Weblog

水曜日。デルリオに丸々二日間いただけだけど、ダラスからの仕事をピックアップする。スケジュール的には美味しい仕事で初日はダラスからタンパまで乗客として乗ればいいだけ。乗務をするわけではないので、会社の許可さえあれば、サンアントニオからタンパへの直行便に乗ってよし。出てるのは水曜日から金曜日。 金曜日は暗い中での運転となるのでちょっと心配。 鹿が出るから。

これくらいが丁度いい。月曜、火曜の私にいて欲しかっただろう日はいたし~。 初フライトの写真撮って、豆作って~。 水木金と仕事をする。うん、これくらいがいい。

水曜日はサンアントニオからタンパに出勤して、お友達のTちゃん(空の警察官だった人)と夕飯デート。 ハッピーアワーの寿司が安くて美味しい。木曜日は自分にとって初のプエルトリコ行きのフライトを乗務。この日のためにジェットブルー航空で機長をしているお友達E君にスペイン語のスピーチも用意してもらった。 ドキドキしたっ。まあ外国人のスペイン語ではあるけど、往復ともスペイン語を話すFAがいなかったので、喜んでもらえたらいいなあと。うちの会社は他にもメキシコへの運航を始めたので、そっちも早く飛びたいわ。

この夜は、またもやタンパでの滞在。大手OOO航空でパイロットをしているM姉さんとご飯を食べた。とてもカジュアルで優しくていい方だ。空港の近くの韓国料理に行った。滞在先でお友達に会えると、仕事という気がしないし、あのデルリオからの運転もそれほど気にならない。

金曜日はダラスで終了。 ここで大好きなAちゃんの家に行くこともできたんだけど、娘さんが少し風邪っぴきぽいので中止。 二ノッチが風邪をひくと大変なので、なるべく自分も気をつけるようにしてる。 日本では知り合いもいっぱいインフルエンザっぽいのにかかってるけど、みんなは大丈夫かな。 満員電車で出勤している人はどんなに気を付けていてもリスクが高いよね。 自身の免疫力を高めるのが一番と思うので、みんなも頑張ってね。 というわけでサンアントニオ空港から、ルール違反で暗闇の中3時間運転して帰ってきた。 鹿は見なかったよ。

忙しくしているし、お友達にも会ってるので、今週のウサギは好調。

豆は好物じゃない

2014-12-19 | Weblog

昨日のフライトの後はジムでお友達Lと運動。

火曜日

二ノッチのクラスがタコス(蛸酢じゃないよ)を作って売る日なので、豆を作って欲しいと頼まれる。 メキシカンレストランで食べる豆。 えー、そんなの作ったことないのに!! しかも私に任せっきりじゃん、君!! 前の晩に大きい缶の豆を二つ買う。「これだけあれば十分。」と話す二ノッチだったけど、翌朝彼の出勤後に缶を開けてみたら缶の中身は水ばかり。 ザルに上げて水を取り除いて洗ったら6人分くらいしかなーい! 20人分くらいって言われてるのにー!! 一人っきりでパニーーック!! しかも基地のスーパーは豆を提出する45分前まで開かない!! きゃーーーー。 町のスーパーは開いてるけど車で15分かかるので、基地のスーパーが開くのを待つ。しかも二ノッチは仕事場で携帯を使用してはいけないルールなので連絡が取れない。

。。。。まあなんとかなった。 もともと缶の豆は塩っぽいので味付け具合をそれほど心配しないでいいのと、いざとなったらのスパイシーソーセージを入れちゃったから、それも良かった。 玉ねぎとニンニクも最初に炒めた。ほとんど売り切れて鍋は帰ってきた。

この日は午後1時にまたもや二ノッチの同級生の妻Lちゃんとジムへ行って、5時にも一人でヨガに行った。 二ノッチは午後7時半に帰宅して、夕飯を食べてウトウトしてる。もう疲労が半端ではないのが分かる。 ちょっと気の毒。私の時間を5時間くらい分けてあげたい。ちょっと休憩~と言って、夜9時半から夜11時まで昼寝(昼じゃないけど)して、その後少し勉強をするニノ君。なんじゃそりゃ。もう体力的にも精神的にも余裕がない感じ。 お疲れ!!

大切な日

2014-12-19 | Weblog


こまり、

そうですね。 私が暇なのは決して彼のせいではないから、自分もこの時間を上手に使う努力しようと思う。ちゃんと話した。 でも最初は向こうも優しくなるだけの頃の余裕がない! そのうち和解した。解決策があるわけではないけど。そうなのよ、日本に帰るタイミングよね。 カッパも近い将来帰ってるし!!

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今週のウサギ

仕事から帰ってきたのが日曜日。 実はニノ君の金曜日の初フライトがキャンセルになったので、月曜日の初フライトの応援に行ける事になった。 この日はニノ君にとって本当に大切な日だ。 ニノ君には緊張しすぎても上手くいかないから、リラックスをしろと言う反面、見ている自分が緊張している。


初めてのフライトを彼と一緒に飛ぶのは女性教官のLさん。 実は出発前に西海岸で、空軍についてのアドバイスをくれている空軍パイロットA君というニノ君のお友達の親しい人。友達の友達って事。 A君とLさんは去年くらいに飛行訓練を終了したのだ。

私はフライトの30分前にフライトラインに現れた。軍人以外の人はほとんどいなくて、雰囲気は硬いというか四角いというか。ニノ君は酸素マスクのチェックをして、フロントでチェックインをして、教官と飛行機へ向かう。その後ろ姿を見ながら、きっと脚が震えるくらい緊張しているんだろうなあと、こっちがドキドキ。 点検を終えて飛行機の前の席に乗り込むニノ君。ここで暗記したFlow順番でスイッチのチェックをしている。 一緒に勉強したから、私も少しチェックリストを分かっている。 私は10メートルくらい離れたところで私をエスコートしているパイロット(ニノ君のクラスメート)のT君と写真を撮りながらその様子を見守っている。ニノ君の凛々しい姿を見ながら感動して泣きそうになった。 このフライトが彼の空軍パイロットとしてのキャリアのスタート地点になるのだ。 彼の出発を見守ってフライトラインを去った。


T6という単発機はタービンエンジンのプロペラ機で馬力がある。 初回のフライトは教官が操縦桿を握る時間が多いそうで、エアショーで見るようなG(重力)を感じるループなどの動きをたくさんしたらしい。 ここで生徒が酔うか酔わないかを見ているらしい。 ここで嘔吐する人も多い。

二ノッチは。。。。。我慢していたそうだ。 笑。最後の方は言葉を発するのも気を付けないと吐きそうだったって。ははは。 でも教官の前で吐きたくなかったらしい。 意地というかプライドというか。私だったら最後の方で吐きそうか、吐いていたと思う。ほら、船で酔ってたじゃん、覚えてる? ものすごい波だったけどね。 酔わない人は全然酔わないんだよね、どんなに揺れても。私はそういう人じゃないよね。

んでね、二ノッチは地上についてからトイレに行って思い切り吐いたとさ!

フライトの感想を聞きたかったけど、話を聞けたのは出勤から12時間後の夜7時半だった。















先週のウサギ

2014-12-17 | Weblog
AとSと飛んだ仕事の後は三日間の自宅待機の仕事。 1日目はラッキーな事に電話が来なかった。二日目と三日目は仕事が入る。 T機長。 ちょっと格好良くて、じっと見られると緊張する。 落ち着いた感じのイケメン。

この仕事は簡単に見えて、 実は大変で、フライト一本目は整備の問題で1時間半の遅れが出た。 二本目は重量の問題。 ダラス空港に到着した頃には、私達が乗務するはずのフライトは他のクルーに任せられて、私達は3時間後の飛行機で滞在先のAmarilloというテキサスの街まで乗客として乗ることに。 3時間も空港で過ごすのは疲れる!!

乗客として搭乗した頃にはクッタクタ。 窓際席で爆睡。 もちろんいつも通り口は大開きだったと思う。 Amarilloに到着した頃、隣のカップルが言った。

あなた、大変な出来事を見逃したわよ。


??????


実はダラスのゲートを出て滑走路まで辿り着いた所で、60代くらいの男性がどうしても倒した席を元に戻さなかったらしい。 FAは珍しく優しい対応をしていたらしいが、あまりにも大声で何回も暴言を吐くものだから、やむを得ずゲートに戻ったらしい。そこで警察官が数人と機長が私の近くに座っていた、暴言おじさんを降ろしに来たそうで。 あー、そうですか。 何にも覚えてないから。 私、寝てました。


こんな感じでホテルに着いたときは、疲れがどっと出た。

ところで私がオークランドで朝5時15分に出勤した頃に、ニノ君もテキサスで出勤した。 いろんな遅れやら何やらで12時間後ホテルに到着した頃、ニノ君は帰宅した。これからはフライト訓練が始まるのでニノ君は12時間出ることになるのだ。 フライト自体は1時間半もないのに、お昼に帰宅してはいけなくて、12時間後まで顔を見られない。今日の私は一日中仕事をしていたからいいけど、私がデルリオにいるとしたら、12時間特にやることもなく彼を待っていることになるのだ。 しょうがないと言えばそれまで。 誰のせいでもない。このスケジュールは前から分かっていたというのも事実。2-3日くらい、掃除、料理、運動などをして過ごすのはいいが、こういうテンポで週5日間はきつい。 子供がいるわけでもない。 サンフランシスコだともっとやる事はたくさんあるんだけど。。。私はウサギと一緒で、寂しいと死んじゃう。(って酒井法子が言ってなかった? 20 years ago?)

このカリフォルニアでの仕事に出る前、週5日間ずっとデルリオで専業主婦をした頃には心が溺れそうだった。 つーかー、14日間とか仕事に行かなかったからね。 自分を囲む空気が暗い。 この週は暗い空気を明るくする努力に疲れた。 暗い中で笑顔をキープするのも疲れた。んでやっと金曜の夜が来た。 ニノ君との時間を過ごせる。 すると、クラスメートの独身寮でパーティーがあるから行こうと言うニノ君。 独身寮のパーティー。。。。授業と飛行機の話でいっぱい。この先生はどうだ、あの先生はどうだ。 んーーーーーっと私が渋っていると、

「OOが行きたくないなら、僕だけ行っていい?」

もうすでに折れかけていた心が折れた。 何箇所も折れた。 とっくに溺れた。 いつも優しいニノ君だけど、少し心の距離を感じた瞬間だった。 あのセリフを発したのは重罪ではないと分かっている。受け止める側に心の余裕がなかっただけ。


ニノ君は、出来ることなら私に仕事に出ないで家にいて欲しいみたい。 私の仕事の話が出るたびに、ノーと言われなくてもバイブが賛成ではない。たとえ一日中顔を見れなくても、帰宅した時に私が彼を待っていて、一緒に夕飯を食べられるのが嬉しいんだと思う。 その気持ちは理解できる。 でも精神的に苦しんでるウサギとしては、自分勝手にも見える。私の気持ちはどうなのさ? Do you see me drowning over here?

そういえば、誰かがこの訓練は色々な面でキツくて、長年成功しているカップルも壊れることがあるって言ってたなぁ。 え、まだデルリオの生活1ヶ月半しか経過してない? あと1年ちょっと? ながっ!!


SとA

2014-12-14 | パイロットの日記
今週一緒に飛んだS機長と、私のお友達でありFAでもあるAちゃんの話。

S機長と初めて一緒に飛んだのは6年ほど前。 彼は私より10歳上なので、「10年間結婚しているのってどんな感じ?」という話をしていた。 私としては、今結婚したら10年後はこんな感じかなというのを知りたかった。S機長には小さい息子が二人。

「そうだなあ、僕の仲間で10年前後結婚している奴らに比べると僕はラッキーだなあ。 妻という人間が好きと思える。」 他にも、奥さんは運動をいっぱいする人、とか色々な話をしてくれた。10年経っても素直に相方の事を好きと言えるっていいなあと思った。

しかーし当時一緒に仕事をした時は、機長はクルーとの夕食には参加せず、そこの都市での知り合いとご飯を食べに行っていた。 二日目も他の知り合いと食べに行って、その後映画に行ったそうで。 女友達と滞在先で出かける事について奥さんはどういう理解があるのかなと思って、「奥さんは、Sさんがお友達と映画に行った事は知ってるの?」と聞くと、黙って首を振る機長。 その後の会話で思った。


あー、 この人もしかしたら奥さんは好きだけど愛人もいるって事。。。??


まあ私も気づくのが遅いというか。 最初の会話では結婚生活に満足しているようだったが、 まあ初対面の副操縦士に浮気の話なんか出来ないよね。 で、後々知り合いに聞いたら、実はS機長の愛人は、私がオークランドのホテルのクラッシュパッドに滞在していた時のお友達のAちゃんだと教えてくれた。ぇえええ? まじー? Aちゃんは既婚で子供なし。住まいはワシントン州のどっかで、S機長はそこから飛行機で1時間半のポートランド。でも彼らはオークランドに仕事に来ると一緒のホテルに泊まったり、一緒の仕事を飛んだりしていたようだ。


この後もAちゃんとメールしてたり、空港で顔を合わせたりしたが、AちゃんからS機長の話はなく、私も聞けず、友情に一線が引かれている気がした。

この数年後。Aちゃんに偶然会った時、「私、引っ越したの。 ポートランドに。」と話してくれた。 S機長の話は抜きで。ぉおーーーー。 そこまでするか!! 仕事も一緒にしているのに、プライベートも一緒になりたいのか。ちょっと怖いぞ!


んで、1年前のある日、滞在先のホテルでAちゃんを見かけた時、私は話を持ち出した。

「 A、聞きたいことがあるんだけど。 でも答えなくてもいいよ。」

するとAは何を聞かれるのか分かっていたらしく、全部話し始めてくれた。 最初は友達だった関係が、気持ちがピッタリ合う、結婚するはずだった二人のように感じ始めたらしい。S機長の家族はこの話を知らないらしいが、S機長に浮気疑惑が出た事もあったらしく、奥さんは薄々気づいてるかもしれないそうだ。そしてAちゃんの家族の中では公認されている。 仕事場の人達も黙認しているそうで。。。。

浮気や不倫は間違っていると思う。 何が悪いって、夫婦のもう片方の人がその事実を知らないで結婚生活を良くしようと努力しているのはバカバカしい。 結婚生活を継続したくないのなら話し合って別れたほうがフェアーだ。 自分にも友達にも「知らない側、騙され側」を経験して欲しくない。

でも私は神でも裁判所のジャッジでもないので、それに付いて説教をしたり、罰を与えるわけでもない。ただ普通に友達としているだけ。


今週はその2人と三日間仕事をしたのだった。他の50-60年代のFA二人は知っていたのかなあ? 結構たくさん二人の時間を過ごしてたからなあ。 乗客を乗せないまま霧が消えるのを待っていた時も客室後部で、二人で座って楽しそうにオレンジジュースを飲んでいた。Aちゃんが時折、自分の夫や、夫の連れ後の話をみんなの前でしていた時は、不思議な感じだったなあ。 機長と副操縦士の部屋は隣同士ということが多いので、Aちゃんと私は部屋の交換をした。だって知り合いの夜の音なんか聞きたくないじゃん。



というわけで、エアラインではよくある危ない話、おーわーり。










キラキラのまま終われない

2014-12-11 | パイロットの日記
はい、こんにちは。 読み直してない。 理解できるといいけど。。。


アップはいっぱいしているけど、書くことはもっとある。 追いついてない。

そして書きたかった話をメモっていないと忘れる。

外は大雨。 今日は電話待ちの仕事だったのだけど、出勤しないでよかった。 ゆっくり休めたし、買い物にも行けたからよかった。 しかも昨夜はこの10年の中で一番くらいに荒れると言われていた天候で、今日も強風注意報が出ていたから飛びたくなかった。

こういう日のフライトはいいことない!! 遅れが出る。 乗客がストレスを溜めて性格が悪くなる。 気流が悪い。 誰かが立ってトイレに行くとケガになる。 何人もが恐怖心いっぱいになっている。 自分も気流の悪いフライトを何時間もしたくない。 いちいち高度を変えたり仕事が増える。 他でフライトがキャンセルになったりして、こっちまでトバッチリがくる。 

そう、こういう日は家でのんびりしているのが一番。

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今週一緒に飛んだS機長とFAのAちゃんの話をしたい。 ずっと前から書きたかった。 でも時間がない。 今度。

このクルーはみんな仲良しで家族みたいだった。 仕事が本当に楽しく感じられた3日間だった。 最後フライトはサンディエゴからオークランドだった。 気流は悪くなり始めたところ。 FAからフライト中に連絡があった。

”40代の女性がパニックアタックを起こしている可能性があります。”

パニくっている臆病な人。。。。と思うかもしれないが、パニックアタックは気流が悪いこと、閉所恐怖症、ときには何の理由もなく始まることもある。 そして呼吸困難になったりするので、甘く見てはいけない。 

”でも、大丈夫そうなので、報告まで。 念のためドクターを探しています。”

という話。

”状況が悪化しているように見えます。 STAT MDと連絡を取ってください。”

STAT MDというのは無線で取るドクターとのコミュニケーションで、このドクターの許可や判断で到着地以外の空港に着陸したりする。 あと、患者の症状を聞きながら、ドクターが薬の必要性を判断するのだ。

無線のチャンネルを合わせてドクターとのコミュニケーションをとり始めようとした時。。。。既にそのチャンネルで会話が行われていた。 それはドクターとうちの会社の他のフライトとの間のコミュニケーション。 このフライトは私達よりももっと深刻な状況らしく、乗客の呼吸が止まっているらしい。 この乗客が彼らの機内で生死を行ったり来たりしている様子だった。 自分の身内の話のように心を打たれた。 老人かな。。。若い人かな。。。家族は同伴しているのかな。。。到着地に自分の家がある人かな。 小さい子供がいるのかな。。。。

そのフライトは目的地とは違う空港に緊急着陸をする様子だった。 結果的にうちのパニックアタックの件はFAが、ドクターとの無線連絡は不必要になった、という連絡をして来たのでキャンセルになった。 うちの機内にはドクターと看護師がいて、乗客の面倒を見てくれた。 いつもいるんだよね、不思議だ。 

呼吸していない乗客の結果は知らない。 気になるけど、知らない。




3日間の仕事が終わり、朝も早かったのですごく疲れているんだけど、空港付近のカフェへ直行。 もちろん制服の上にちょっとしたセーターを着ただけ。 着替える時間なんてない。 この間ターキーを作ってくれたZちゃんの旦那のD君をヘルプするため。 D君は計器飛行の勉強をしていて、少し分からない所があると言っていたので、ヘルプしますと申し出たのだ。 私は計器飛行をたくさん教えたので、それを上手く説明できる自信があるし、お友達には上手く飛べるパイロットになってほしい。 2時間くらいお手伝いした。 近くのテーブルで奥さんのZちゃんは勉強していたんだけど、たまたまZちゃんの横に座っていた知らない男性が、”僕も実はパイロットになりたいと思っていて。。。。。”と話したらしく、その彼とパイロットという職に付いて会話もした。



疲れたけど、イキイキした一日だった。 笑顔でいっぱい。 ヒューヒュー。 自分がキラキラしているのが分かった。 




ー久しぶりに飛んだのに、不思議なくらい上手く飛べたこと。 まあ機長がリラックスしているせいもあっただろう。

ーD君が、”すごい悩んでいたことが信じられないくらいに、はっきり理解する事ができた。 早くシミュレーターに入って、Mから学んだことを実践してみたい。”と言ってくれたこと。 自分のスキルを使って、お友達をヘルプできたことが嬉しい。

ーパイロットになりたいと話してきた26歳の男性に、”あなたなら出来る。 頑張れ、絶対出来るから。”と心を込めて、先輩として話す事ができて、彼が嬉しそうに去っていったこと。 自分も幸せな気分になった。



こんな感じで超いい気分で達成感に酔いながらバークレーのアパートに着いてから、パンツのチャックが全開だったことに気付いた。 はずかすぃー! 

ベビーシート

2014-12-10 | パイロットの日記
仕事二日目は到着地のダラスが朝から霧で、私たちの出発地点からの離陸が遅れる。 私はユニクロのロングダウンを着て客室で昼寝。 90人の乗客はゲートで待つ。久しぶりにしっかり働いているので疲れがたまっている。 靴を脱いで制服のレザージャケット(革ジャンは死語かなと。。。)を枕に寝た。結局一時間半から二時間くらい寝れた。少し楽になったかな。 瞼は重くなくなった。 起き上がる。 靴が片方見つからない。 みんな知らんぷり。 これは機長だろう。 頭上の荷物置きで、靴を発見。 離陸予定時刻から三時間経っても霧はなくならなかった。 というわけでスケジュール変更。 キャンセルは乗客の人達が気の毒だけど、天候だからしょうがない。

LAX(ロスアンゼルス)に到着した時、あるフライトの話が話題になっていた。 サンフランシスコからフィーニックスへ行くフライトが途中のLAXに緊急着陸したらしい。

フライトには妊娠七ヶ月くらいになる女性がいたそうで。 フライトは半分空席。 女性は(周りには)なんの前触れもなく、急に立ち上がってパンツを脱いで、その場で出産したそうだ!
ぉおおーーーー!!! 母は強し。でも赤ちゃんは普通っぽい大きさだったらしいので、もしかしたら臨月だったかもしれない。

いつも驚くのは、病人が出た時には客室アナウンスでお医者さんを探すのだが、半分以上のケースでお医者さんが乗っている。 このフライトにもドクターと看護師が一人ずつお手伝いをしてくれたそうだ。 ありがたい話だ。 赤ちゃんの名前はスカイかしら。というわけでロスアンゼルスに緊急着陸したそうだ。

母子とも元気だそうでハッピーエンディングなのだが、飛行機は清掃のため、数日間飛べなくなるそうで。 出産時の出血やらプラセンタやらは病気の感染源となる可能性もあるからだ。 飛行機一機が三日間飛べないと、エアラインへの金銭面での影響は予想以上に大きい! というわけで、皆さん、機内で産気づいた時は、クルーへご連絡お願いします。 きっとビニール袋をたくさん床に重ねて、ドクターを呼んで出産準備をする事かと思います。よろしく~。

数日後にはこの出来事を何も知らないお客様が、その「ベビーシート」に座って、コカコーラを飲みながらノートパソコンで仕事のメールを書いてたりするんだなあと思うと、微笑ましい。 ははは。

回復苦労開始

2014-12-10 | Weblog


はい、こんにちは。 三日間の遠征の二日目。 デルリオでニノ君の顔を毎日見られるのは嬉しいけど、一人で過ごす時間が多いのと、1日の達成感が低いのとで、デルリオから外に出るのはリフレッシュになるというのが正直な話。

デルリオにいる時は、相方、主婦、クックというお面を着けていて、周りはみんな軍人で若くて、まだいつでも何でも話せる友人は少なく、街へ出るとメキシコ系の人達がいっぱい。

仕事に出ると、プロのパイロットのお面を着けて、心を許せる友人と夕飯デートも出来て、行きつけの場所でマッサージしてもらって、美味しいアジア食をめいいっぱい食べて、湾沿いを走ったり散歩して。。。。。。うん、息抜きになる!
バークレーのアパートは引き払って、仕事でオークランドに来るときはホテルでいいかなと思ってた所だけど、その案は保留にしたい。


この二ヶ月の間出費が多すぎ。。。。いつの間にかクレジットカードは高額になっていて、銀行の残高は低い。 クレジットカードの残高は月の終わりに全て銀行から支払う仕組みになっている。 それによって銀行の残高がゼロに近付く心配などした事がなかったが、今は危なくなってきた。 まあまあ入っている貯金の口座からは引くこともなく、入れることもない。お給料は別の口座に入金されて、そこから小切手を書いたりクレジットカードの支払いをする。心配が不必要な額が入っているから、ガツガツ働かないで、70%くらいでいっか~なんてこの6ヶ月リラックスしていたのと、テキサスで2台目の車が必要なためサンアントニオで車を買ったこと、家具を揃えたこと、いろいろ重なってヤバイ! もちろんニノ君も出してくれているけど、比べものにならない。貯金からも少し借りるハメに。。。。(でもニノ君は年下なだけで、将来有望だから、私がおばあちゃんになったら金銭面でお願いします。)


こりゃ仕事しなきゃダメだ。ということで、もう少し働こうかと思っているこの頃。 がんばろ。