It's just me,myself and I

横浜育ち、米在住23年の女性のくだらない日記の中に、日米のギャップ、バークレーでの生き方、パイロットの毎日が見られる。

責任を痛感

2006-08-29 | Weblog
コムエアーの事故の原因が議論されるなか、乗客の名前や個人のお話が明かされる。 1組のカップルは結婚をしたばかりの2人で、ハネムーンへ行く途中だった事。 1人の男性はボランティア団体に所属をしていて、ニューオリンズの人たちのために働く予定だったこと。 1組のカップルは日本人で、アメリカに住んでいた事。レキシントンには日本人が沢山住んでいるので、2人しかいなかった事の方が不思議だ。 CRJは50人しか席がないという小型旅客機でありながら、悲しみがいっぱいだ。 

普段私は飛んでいるときに、乗客それぞれの家族の事や、50人運ぶ事の重大さを意識して飛ばない。 安全に、注意をして飛んでいれば50人の命の安全というものは守られるのだ。 でもこの事故の後は、人の命を預かるという責任を痛感した。

悲しい事故

2006-08-28 | Weblog
今日から、ミネアポリスに送られて2本ハイスピード(ハイスピードの説明は3月16日を見て)を飛ぶ。 デトロイトから飛ぶハイスピードも嫌いなのに、ミネアポリスに行って飛ぶハイスピードなんて最悪。 朝8時にデトロイトから乗客としてミネアポリスへ行く。 それからホテルへ直行して夜9時の出発に備える。 ってか、ホテルで暇すぎ。 

コムエアーの飛行機は間違った滑走路から離陸しようとしたという説がニュースに出ている。 んんん。 これはつらいなぁ。 悲しいなぁ。 唯一の生存者は副操縦士なそうで。 んんん。 とにかく悲しい。 
言葉には表すことの出来ない悲しさ。


シアトル最終日

2006-08-27 | Weblog
朝起きると、コムエアーの飛行機事故のニュースがテレビでやっていた。 とても、とても悲しい話だ。 
同じパイロットとして、同じ機種を飛ぶ人間として、同じ空港を行き来する者として心が痛む。 何が起きたの? どうして? パイロットは誰? コムエアーで飛んでいる友達に急いで電話して、彼ではなかった事を確かめる。 気持ちが落ち着かない。

楽しい旅も終わりで、朝7時にはUちゃんの家を出てレンタカーで空港へ向かう。 バスで行けば1時間、車で行けば20分。 車って便利だなぁ。 無事にレンタカーを返して、ただ乗りも成功。 こういう風に簡単に物事が進むとただ乗りも苦ではない。 それにしても、楽しい旅だった。 

シアトル3日目

2006-08-26 | Weblog
楽しみにしていたラフティングの日。 ホテルを10時半に出発して朝ごはんを食べる。 それから滝のある所に寄って写真を撮る。 ワシントン州やオレゴン州は自然がいっぱいなので、時間があったら寄りたい所が沢山ある。 どこも、とってもきれい。  遅れないようにと急いでラフティングの場所へ行く。 ポートランドからは1時間15分ほど東に行った所。 今回のナビゲーターはI。 昨日は温泉に行くのに、Iのナビゲーションで運転してたら迷ったりしたけど、今日は年下君、絶好調。  

ラフトには私達4人と、1組のカップル、ガイドはGという女の子。 最初の半分は私とIが一番前に座った。 私にとってラフティングはこれで5回目。 Kちゃん、Uちゃん、Iにとっては初めて。 途中で10分くらいの短いハイキングをして、崖の上から水にジャンプ してラフトに戻る。 崖はこの前のラフティングでジャンプした所よりは高い感じで少し怖かったのが正直。 しかも思い切って跳ばないと、岸の近くの水の中の岩に当たって危ないというリスク付きだった。 でも私達4人みんなジャンプした。 わーーー。  

ここホワイトサーモンという川はこの前行ったウェストバージニアの川よりも勢いがある感じだったけど、雪解け水なので、とても冷たかった。 水の勢いが激しいところは大抵通る前に分かってるので踏ん張ったりしてラフトから落ちないように注意する。 でも何でもなさそうな所は油断したりして、ある地点ではKちゃんが落っこった。  まぁ、なんとかなるかなと思いきや、流れが早めでラフトから離れていくKちゃん。 そして、ガイドのGがロープを投げるが届かず。 みんなが、”Grab the rope!”(ロープをつかんで!) と叫んでる中、氷水の中をKちゃんが流れていく。 幸い、その辺りは早めだが滑らかな流れ。 周囲にいた他のボートからロープが出てKちゃんはレスキューされた。 という事で、私達のラフトはしばらく1人メンバーが欠けた。 

Kちゃんなしでしばらく流れてると、また油断しているところでラフトが流れの激しいところで揺れる。 あまり踏ん張る準備が出来てない。 目の前でIが頑張ってラフトにつかまっているのが見え、ガイドのGが落ちそうになってバランスを取り戻していて。。。。。そして私がほとんど落ちそうになる。 全てがスローモーションで見えた。 ”あ、落ちる”と思って、Gの太ももに手を伸ばしながら、ラフトから落ちる自分がいて、その私に横目で気付いたIが腕を伸ばす。 ”あ、気付いてくれた。。。。でも遅い。”と思いながらそのまま落ちていく私。  オールが手から離れる。 ”あ、オール離しちゃいけないのに。。。” 右からはGが腕を伸ばす。。。 私は既にラフトの外。 そして、私のライフベストをつかむ手が。 しかしその辺りは水の勢いが激しかったので、ものすごい勢いで水が顔に当たる。 その準備も出来てないので、いっぱい水を飲む。 そして、引き上げられる。 はーーーーー。  助かった。 IとGに助けられた。 

その内、Kちゃんも私達のラフトに戻ってきて継続。 最後は滝のような所を落ち通って終了。 写真は私達が滝を通る様子。 みんなしっかりつかまってるでしょ。 スリルがあった。 おもしろかった。 

ラフティングが終わってからは、急いでIをポートランド空港に連れて行って 、私達はチャイナタウンへご飯を食べに行く。 おなかがいっぱいになった所で、シアトルまで2時間半ほど運転して戻った。 はー。 疲れたけど、とっても楽しい1日だった。 

シアトル2日目

2006-08-25 | Weblog

今日は早朝家を出て、みんなでバスで空港へ向かう。 ここからレンタカーをして、1泊2日の旅をするのだ。 レンタカーはインターネットで安いのをずっと前に探して2日間(48時間)で53ドル。 それは安い。 Saturn(サターン)という車。 そこから最初はMt.Rainierへ向かう。 ちょっとしたハイキングをしたいのだ。 行き方などはインターネットで調べてある。 私はなんとなく標識を見ながら行くのは嫌いで、しっかり調べて地図などを見ながら行くのが好きだ。 今回はKちゃんが助手席からナビゲーターになってくれた。 ありがとう。 Uちゃんは後ろで 。 ほとんど迷わず到着した。 公園到着前は、どうしてもハイキングの途中で美しい景色を見ながらサンドイッチを食べたいということで、レストランでターキーサンドイッチを買ってから行く。 ハイキングコースはいっぱいあるのだがPinnacle Peak Trail というのをする事に決めてあった。 景色はすっごいきれい。  きれいすぎ。  マイナスイオンがいっぱい。 ヨセミテはすっごいよかったけど、こっちもいいなぁ。 結構上りが多くて、息切れがしたりして。 でもマラソンをよくしているKちゃんはトコトコ、余裕だった。  今日はもう3時間離れたポートランドの近くで温泉にも行きたいので、短めのハイキングに。 ”じゃ、ここで片道は終わりにしよう。 サンドイッチを食べよっか。”と言うと。。。。。リュックを持っていたUちゃんが、”えっ? サンドイッチ持って来てないよ。” と。。。。。  冗談でしょ、と思いきやUちゃんは、”えっ、だってハイキングが終わってから車で食べると思ってたよ。”だって。 大ボケ。  苦笑。 もう、Uちゃんは。 別にすごいお腹がすいていたわけではなかったのでいいけど、このあとはこの件でUちゃんをからかいまくり。

Mt.Rainierを後にして、レンタカーで今度はポートランド空港へ。 そこで年下君のIと合流してポートランドから東に1時間のカーソンという所の温泉に向かう。 Iは休暇を使って1泊2日というハードスケジュールで来てくれた。 うれしいわ。  UちゃんとKちゃんは年下君に会えるのが楽しみだったので後ろでニヤニヤしてた。 この温泉はお化け屋敷のような古い建物にあって、ホラー映画に出てくる様な暗い雰囲気だった。 Iは男側、私達は女側に。 入ると、1人用のカーテン付きの浴槽がいっぱい並んでいた。 3人並んで入る。 お湯は熱いので水を混ぜたりして20分くらい入る。 Uちゃんは”あつーーーい。”と言って早めに出る。 Kちゃんと私は頑張って20分入る。 というのもこの後はラップといって、シーツやら毛布やらで包んでくれて汗を出すというのが待っているのだ。 ちゃんと体を温めたほうが汗がいっぱい出るだろう。 ラップは25分ほどで汗がガンガン出た。 肌には良さそうだ。 でもなんか暑くて頭がボーッとしてしまった。  そしたら20分位したところでリラックスしすぎて音付きでオナラをしてしまって、1人でシーツに包まり(くるまり)ながらニヤニヤ してたんだけど、両隣にいた2人は笑わなかったので、2人もボーッとしてたみたい。 温泉とラップで15ドル。 悪くない。 気持ち良かった。 
それからディナーを食べてポートランド近郊のホテルへ。 ホテルはこれもまたインターネットで探しまくりで1部屋、税込みで47ドルくらい(1人23ドルくらい)。 Ramada Inn。 それにしても今日は運転した。 全部で7時間くらい。 はー。 おつかれ。  明日は待ちに待ったラフティングだ。 

シアトル1日目

2006-08-24 | Weblog
シアトルで高校のお友達と待ち合わせをするのに、デトロイトからジャンプシート。(ただ乗り。) 乗れるかな? ゲートエイジェントのオバハン達は二コッともしなくて愛想が悪い。  ”あ、ネイルしたばかりですか? キレイですねぇ。” とか、”マクドナルドに行って来ますが、何か買ってきましょうか?” などと言ってみるが、とにかくブスッとしてる。 パイロットのおじさん達もあまりフレンドリーではない感じ。 でもそんな事を気にしていると胃に穴が開くので、1人でニコニコして待つ。  このフライトの副操縦士の奥さんも、空席待ちで座っていた。 副操縦士は60歳になるので引退する。 あと2本で彼のキャリアが終わりなので奥さんは一緒に乗れたら、と思って待っているのだ。 98%くらい乗れない雰囲気が漂っていたが、奥さんは乗れて、私も一番最後に残った席に乗れた。 はー、よかった。  これでUちゃんとKちゃんに会えるぞ。 機内ではご無沙汰のブログがはかどる。

シアトル到着。  バスに乗って、2人とダウンタウンで待ち合わせ。 やっぱり都会はバスとか電車とかあっていいなあ。 いやぁそれにしても早く2人に会いたいわ。 シアトル到着した時はすぐにUちゃんに電話したよ。   ”着いたよ。 バスに乗るね。 あっ、Kちゃんおにぎり買ってきてくれた?” 
Kちゃんには空港でおにぎりを2個買ってきてとしつこく頼んだのだ。 なんかコンビ二とかで売ってるおにぎりっておいしいんだよね。 Kちゃんはしっかり買ってきてくれました。 うれしーーーー。 しかも1つは頼んでいた明太子。 Kちゃんいつもありがとう。 私は食べ物に執着心があるので、それだけでご機嫌。  

夜はベトナムらーめんを食べてから、バスでマリナーズ対ヤンキースのゲームへ。 ゆうちゃんはバスのルートなどをよく理解してる感じで頼りになる。  松井はまだケガで欠場。 残念だぁ。 でもイチローと城島は出ていたので、とてもうれしかった。 しかもイチローは2安打と好プレーで盛り上がった。 日本人の選手の好プレーでスタジアム中が盛り上がるというのがいい気分だ。 KちゃんとUちゃんにアメリカで会えてすっごいうれしいな。

8月の楽しみ

2006-08-23 | Weblog
8月の楽しみはシアトル旅行。  高校時代のお友達のUちゃんが1年の予定で留学に来ている。 これは社会人になってからの留学で、この決意をしたUちゃんはすごいと思う。 頑張ってます、彼女。 その彼女を訪ねにKちゃんは横浜から、私はデトロイトから会いに行くのだ。 24日はイチローを見にマリナーズのゲームに行く。 25日はレンタカーでMt.Rainierという所でハイキングをしてポートランドのホテルへ滞在。 そこで年下君Iと合流。 26日には温泉に行ってから待ちに待ったラフティングだ。 楽しみ楽しみ。 お友達に会えるのが一番うれしいかな。 私はアメリカの大学に行ったので、日本のお友達といえば、ほとんどが高校のお友達だ。 何でも話せる仲良しが10人くらいいるのかな。 
明日はシアトルへただ乗り。。。うまく行くといいなぁ。

買うか買わないか2

2006-08-21 | Weblog
私が住みたいコミュニティーで、”ハイランド”というモデルが完成したというので、それを見に行った。
前に他のコミュニティーで”ハイランド”を見たときは、実は形がここのフロアープランとは少し違ったのだ。 まだモデルの家具などは入っていないが、セールスのジェニファーと一緒に中に入る。 うわぁー。  クローゼットなどがとても大きくて、前にみた”ハイランド”のデザインとは何倍もましだ。 そんなに大きいところではないが、なかなかいい場所にあるし新築だ。 月払いが少し高めなのだが、素敵なところだ。 家具が入ったらまた見に行こう。 家具が入るとまたそれが素敵に見えるのよねぇ。  この種はあと2軒しか残っていない。

客が怒る

2006-08-20 | Weblog

私はリザーブ(電話待ち)のスケジュールなので、日程は何度も変わることがある。 今回は3日間の遠征かと思いきや、2日間で終わり。 じゃぁ、このままデトロイトにフライトをして終わりなのねと思って少しうれしかった。  コンドミニアムの事や、いろいろ考え事もあるし、家でゆっくりできる。 しかし、デトロイトに戻ると、今度はピッツバーグへ行ってくれとの事で、フライトは既に1時間遅れで満席。 はー。 そして、クルーの名前や社員番号を見ると副操縦士もFA(スチュワーデス、日本ではCA(Cabin attendant)という。 ) も新入社員だ。  こういう時は、いつもよりも自分がしっかりしていないとダメなので気が引き締まる。 聞いてみると、副操縦士Sは訓練を終えてから一番最初のフライトらしい。 まぁ、大丈夫でしょ、故障とかなければ。  乗客がほとんど乗ってきた時に、コクピットには故障のメッセージが。  はー。 整備士を呼ぶ。。。。あまり時間がかからないといいなぁ。 今日はそんなに暑くなかったんだけど、さすが満席のキャビンは補助装置(APU)のエアコンをつけていても暑い。  すでに遅れていて、キャビンが暑くて、 もっと遅れているので乗客のイライラは募る(つのる)ばかり。 まぁ、しょうがないね。 私に出来る事といえば、隠さずに頻繁に状況報告をする事。  すると、FAが”乗客の女性でものすごい勢いで怒っている人がいて、OO時のフライトに変えて欲しいから、降ろせ! ドアを開けろって言う人がいるんですけど。”と困って言ってきた。 少しの故障があるからといって、そんな乗客を降ろしたりというのは手続きが大変だ。 お客さんがFAのいう事を聞き入れないという事で、じゃあその人と話しをしてくる、と私がキャビンへと足を運ぶ。 副操縦士は、”僕も行きましょうか?”と言ってきたが、そんな事1人で出来る事なので断る。

忙しいのにと少しイラついた顔をして通路を歩いていく。

”All right. Who's got a problem here?” (不満がある人は誰ですか。)と胸を張って聞くと、その女性は
”I do!” (私よ。)

と言って不満をすごい勢いで言って来た。 

このフライトは1時間も遅れているし、その上暑いし、もうこの飛行機には乗りたくない!降りる!” と私の話も聞かずに爆発してる。 もう聞いていたくないので、

”Listen to me. Stop. Listen. I have to tell you something.” (聞いてください。 私の話を聞いてください。)と少し強めの声で言うが、なかなか落ち着かない。 やっと、静かになったので、

“You are right. It's our fault and it IS hot back here. I am sorry. It's not YOUR fault. I will call the gate agent and see what we can do, OK? Just be patient for now please. ”
(そうですね。 遅れてますし、暑いですね。 私達のせいです。 すみません。 ゲートの係を呼びますから、今は我慢してくださいね。 )
と、謝る。 普通の機長だと、’ふざけんなぁ’という勢いで、言う事を聞かないと乗せないぞって大きい態度での対応なんだけど、私の姿勢としては、取りあえず優しくしてみる。 すると彼女は子供のように腕を組んでふくれた顔をして前を向いたが静かになった。 

機長である事がうれしい理由の一つは、自分がしたいように接客を出来る事。 アナウンスも冗談を交えてする。 自分が副操縦士だと、どういう機長と飛んでいるかという事をよく考えてから冗談をいれるか決めなければいけないのだ。 例えば、整備士が”30分程度で出発できるはずだ。”と言った時は、
Ladies and gentlemen, the mechanic has informed me that it should take no longer than 30 minutes..... do you believe that? (I could hear, “No!” and some laughing from the cabin.).... because I don't. Let's just say 45 minutes, so if it's done in 30 minutes, that would make me happy.” ( 皆様、整備士はあと30分以内で修理を完了する事が出来ると言っています。。。。。その言葉を信じられますか? (客室からは、笑い声と一緒に、”NO”の声が。。。)私は信じてません。 取りあえず45分かかると思っておきましょう。 30分で終わったら、それはそれで嬉しいですから。) などと。

結局修理は35分程度で完了、そのまま無事目的地に到着した。 はー疲れた。 それにしても、頻繁にアナウンスをして状況を報告するというのはとても大切な事で、降りていったお客さんや、ただ乗りの乗務員達はみんな”You do a great job.”と笑顔で言ってくれた。

どうして?

2006-08-18 | Weblog
 お友達を通じて操縦教官をしていた時代のお友達Sが亡くなったという連絡がきた。 えっ? 間違いじゃないの? 信じられん。 どうして? 彼は他の会社で私と同じ機種の機長をしていた。 仕事で、ある都市のホテルに滞在。 朝、空港へ行くシャトルの時間になっても来ないので、ホテルの部屋のドアを開けると、Sは冷たくなっていたらしい。 彼とはもうずっと話していない。 私とSは98年に教官の免許を取得した。 その時、私達2人が選ばれてウィスコンシン州にあるEAAという飛行機を愛する人たちの団体で、子供達が参加しているエアーアカデミーの教官を2ヶ月半ほどしに行ったのである。 その頃は毎日朝から晩までよく一緒に働いたものだ。 おもしろくて、優しくて、子供たちからも人気の彼だった。 死因などはまだ分からない。