東京シティ・フィルが来る9月1日に開催する第363回定期演奏会の冒頭に、去る8月15日に逝去された当団桂冠名誉指揮者飯守泰次郎さんを偲んでワーグナー作曲楽劇「ローエングリーン」第1幕への前奏曲を追悼演奏することが発表された。私は定期会員なので襟を正して聞かせていただく。きっと様々な想い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、涙なしには聞けないことになるだろう。1997年11月に東京に待望のオペラハウスが落成し、その柿落としの演目の一つに選ばれたのはこの楽劇「ローエングリーン」だった。その時の指揮は、後にこの劇場のオペラ芸術監督になる先輩格の若杉弘さんだった。もちろん私も客席の一人だったわけだが、終演後興奮さめやらず人の波に任せて初台の駅に向かっていると、第一幕への前奏曲を口ずさむ歌声が後ろから聞こえてくるではないか。振り返るとそこには上機嫌で駅に向かう飯守さんの姿があった。やっぱりワーグナーがお好きなんだなと心から思った。それを遡る25年前、そもそも飯守さんとの出会いもワーグナーだった。1972年11月、東京ニ期会によるワーグナーの楽劇「ワルキューレ」の邦人舞台初演の指揮は、そのころ新鋭の飯守さんだった。きっとバイロイト音楽祭での経験と手腕をかわれての登用だったのだろうが、鈴木敬介(演出)と飯田善国(美術)による、当時のバイロイト流の抽象舞台を重厚ながら明快な音楽で立派に支え、それは真に「本格的」と感じさせる立派なピットであった。それ以来どれだけ飯守さんを聴いてきただろうか。ワーグナーは勿論のこと、ブルックナー、シューマン、そして意外なことにチャイコフスキーも得意とした。しかし決して忘れてはならないのはベートーヴェンだろう。重心が低く、しかし決して重すぎず明快さを失わない。学研的な姿勢も決して忘れず、東京シティフィルとは2000年から翌年にかけて、古楽奏法を視野に入れベーレンライター新版(1997-2000)を用いたチクルスを完遂した。しかしその10年後には、それまでの伝統的なベートーヴェン演奏を総決算して客観的に検証し編纂されたペータース出版のマルケヴィッチ版(1982)を採用した全曲チクルスを敢行する。私はその実演には接することはなかったのだが、最近この時のライブ音源によるCD全集を購入し聴くに及んで、その自然で過不足のない実に立派な響の中に、まさに理想のベートーヴェンを見つけて「これだ!」と膝を叩いた。そんな思いの矢先の逝去は誠に残念である。最後は今年4月7日に開催された東京シティ・フィルの特別公演だった。曲目はブルックナーの交響曲第8番ハ短調。その音楽に一切の作為は感じられず、実に若々しく、逞しい推進力を湛えた品格の漂う立派な演奏だった。そこに聞こえるのは唯ブルックナーだけ。それは再現芸術家の行きつく先はこれだなと感じさせるような純粋な音楽だった。そんな「飯守」をもう聞けないとは誠に寂しく口惜しいことだ。実は10月4日にはマエストロが桂冠名誉指揮者だった東京シティ・フィルとのシューベルトの二つのシンフォニーの演奏会が予定されていたのだが、それは幻となってしまった。その演奏会の指揮は常任指揮者の高関健が代演し、曲目はワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」序曲、楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、そしてブルックナーの交響曲第9番ニ短調の三曲に変更されたと言う。誠に飯守さんの追悼に相応しい曲ではないか。マエストロを偲び心して聴くことにしよう。合掌。
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