今回はおっさんの将棋との出会いについて触れてみたいと思う
将棋の駒の動かし方を覚えたのは 小学生の低学年の頃である
父親に教えてもらった記憶があります・・・
でもやり方を覚えたというだけで 将棋というもの相手がいないと成立しないゲームなので
そのままどんどん上達するわけでもなかった様です・・・
ちょうどその頃に 村田英雄さんの 王将 という曲が大ヒットして
ブームになったんですね
西城八十さん作詞 船村徹さん作曲の なんとも有名な曲で
300万枚以上のヒットをしたそうです
子供心に あの村田英雄さんの 胃に浸みるような唸り声が記憶に残っています
でも 坂田三吉という人のイメージが 良くも悪しくも 日本全国に知れ渡り
同時に将棋というものの印象が 頭脳ゲームという事よりも
勝負事 という一面を強調した感は否めません
でもそこが国民の親しめる一面であったのかもしれませんが・・・
なにはともあれ この曲が 将棋というものを国民に認知させる最大の出来事だったのでした
おっさんの記憶の中に もっと大きな出来事がありました
それは テレビドラマとの出会いであります
おそらく あまり知っている人はいないかもしれませんが
おっさんの記憶の中にはしっかりと残っています
そのドラマとは
坂田三吉役を 長門裕之さん
その女房の 小春役を 藤純子さんが やりました
王将物語 というドラマです
1965.1月~4月 までの 13回放送でした
主題曲を 石原裕次郎さんが歌っていた記憶があります
調べると 夫婦駒 という曲だそうです
裕次郎さんが歌うこの曲は 子供心に響いたものでした
そして 小春役の藤純子さんの綺麗なことこの上なし
子供のおっさんも すっかり夢中になったものです
ところが
それにくらべて 長門裕之さん演じる 坂田三吉の
将棋以外の 人間性の欠如に因する
人としての だらしなさ 礼儀の無さ 馬鹿さ加減 たるや
はらわたの煮えかえることこの上なし
毎回毎回 そんなアホに尽くす小春の健気さが 子供心を深く打ったものです・・・
それでも 花登筺のドラマ宜しく 少しずつ成長して行く坂田三吉にエールを贈ったものです
他の役者も良かったな・・・
時の 十三世名人の 関根金次郎に 今は亡き 丹波哲郎さん
この人が良かったな 濃くて・・・
三吉 『関根はん わいと勝負してくれはりまっか!』
関根 『よかろう わしは誰の挑戦でも受ける!』
三吉 『今度こそわいはあんたに勝つ わいは50手先を読むで 』
関根 『わしは 100手先を読む! いつでも来なさい 』 ・・・・・・?
三吉 『小春 わいはやるでぇ!』
小春 『あんた おきばりやす』
こんな感じで物語が進んでゆくのですが
途中で小春は死んでしまいます・・・・・・
でもね 今思うと 坂田三吉って 人間がなってないんだよね
将棋の世界では 投了するときに 必ず
負けました
と言わなくてはならない ルールがあります
しかし これがなかなか言えないんですね
相当訓練しないと言えません 子供ならまず絶対に言えないものです
でも 言わないと 将棋は終わらないんですね
自分の負けを自ら宣言する という事は何よりもつらい事です
人に勝とうと思ってやっているのですから猶更です
己の全人格を否定されたも同然の このルール
この辛さを乗り越えられなくては さらなる高みを目指せません
将棋というもの常に修行のゲームであるとも言えます
でもね 強い人は みなそれが出来るんですね・・・?
いや 強くても出来ない人もいるようですが・・・プロでもね
口惜しさは 明日の為の肥やしになりますが
潔く負けを認めることが 人としてはもちろん 技術的にもより高い成長には必要なことと
思うのであります
良いことは良いこととして 悪い事は悪い事として素直に認めることが
人間社会においては 一番必要なことです
そうありたいものですね
で 三吉は ダメなんですね 負けました と言ったのを見たことがありません・・・
最後は いっつも 呻いて将棋の駒をぐちゃぐちゃにするんですね・・・
これだから 大きくなれなかったんですね・・・
結局名人には成れなかったんですね その程度だったんだという事です
しかし お話しとしては大変面白かったんですね
今回は 懐かしいドラマを少しだけ振り返り
おっさんが将棋に興味を持った頃のことを思い出してみました
懐かしい気持ちがこみ上げてくるのを覚えます
それでは また
将棋の駒の動かし方を覚えたのは 小学生の低学年の頃である
父親に教えてもらった記憶があります・・・
でもやり方を覚えたというだけで 将棋というもの相手がいないと成立しないゲームなので
そのままどんどん上達するわけでもなかった様です・・・
ちょうどその頃に 村田英雄さんの 王将 という曲が大ヒットして
ブームになったんですね
西城八十さん作詞 船村徹さん作曲の なんとも有名な曲で
300万枚以上のヒットをしたそうです
子供心に あの村田英雄さんの 胃に浸みるような唸り声が記憶に残っています
でも 坂田三吉という人のイメージが 良くも悪しくも 日本全国に知れ渡り
同時に将棋というものの印象が 頭脳ゲームという事よりも
勝負事 という一面を強調した感は否めません
でもそこが国民の親しめる一面であったのかもしれませんが・・・
なにはともあれ この曲が 将棋というものを国民に認知させる最大の出来事だったのでした
おっさんの記憶の中に もっと大きな出来事がありました
それは テレビドラマとの出会いであります
おそらく あまり知っている人はいないかもしれませんが
おっさんの記憶の中にはしっかりと残っています
そのドラマとは
坂田三吉役を 長門裕之さん
その女房の 小春役を 藤純子さんが やりました
王将物語 というドラマです
1965.1月~4月 までの 13回放送でした
主題曲を 石原裕次郎さんが歌っていた記憶があります
調べると 夫婦駒 という曲だそうです
裕次郎さんが歌うこの曲は 子供心に響いたものでした
そして 小春役の藤純子さんの綺麗なことこの上なし
子供のおっさんも すっかり夢中になったものです
ところが
それにくらべて 長門裕之さん演じる 坂田三吉の
将棋以外の 人間性の欠如に因する
人としての だらしなさ 礼儀の無さ 馬鹿さ加減 たるや
はらわたの煮えかえることこの上なし
毎回毎回 そんなアホに尽くす小春の健気さが 子供心を深く打ったものです・・・
それでも 花登筺のドラマ宜しく 少しずつ成長して行く坂田三吉にエールを贈ったものです
他の役者も良かったな・・・
時の 十三世名人の 関根金次郎に 今は亡き 丹波哲郎さん
この人が良かったな 濃くて・・・
三吉 『関根はん わいと勝負してくれはりまっか!』
関根 『よかろう わしは誰の挑戦でも受ける!』
三吉 『今度こそわいはあんたに勝つ わいは50手先を読むで 』
関根 『わしは 100手先を読む! いつでも来なさい 』 ・・・・・・?
三吉 『小春 わいはやるでぇ!』
小春 『あんた おきばりやす』
こんな感じで物語が進んでゆくのですが
途中で小春は死んでしまいます・・・・・・
でもね 今思うと 坂田三吉って 人間がなってないんだよね
将棋の世界では 投了するときに 必ず
負けました
と言わなくてはならない ルールがあります
しかし これがなかなか言えないんですね
相当訓練しないと言えません 子供ならまず絶対に言えないものです
でも 言わないと 将棋は終わらないんですね
自分の負けを自ら宣言する という事は何よりもつらい事です
人に勝とうと思ってやっているのですから猶更です
己の全人格を否定されたも同然の このルール
この辛さを乗り越えられなくては さらなる高みを目指せません
将棋というもの常に修行のゲームであるとも言えます
でもね 強い人は みなそれが出来るんですね・・・?
いや 強くても出来ない人もいるようですが・・・プロでもね
口惜しさは 明日の為の肥やしになりますが
潔く負けを認めることが 人としてはもちろん 技術的にもより高い成長には必要なことと
思うのであります
良いことは良いこととして 悪い事は悪い事として素直に認めることが
人間社会においては 一番必要なことです
そうありたいものですね
で 三吉は ダメなんですね 負けました と言ったのを見たことがありません・・・
最後は いっつも 呻いて将棋の駒をぐちゃぐちゃにするんですね・・・
これだから 大きくなれなかったんですね・・・
結局名人には成れなかったんですね その程度だったんだという事です
しかし お話しとしては大変面白かったんですね
今回は 懐かしいドラマを少しだけ振り返り
おっさんが将棋に興味を持った頃のことを思い出してみました
懐かしい気持ちがこみ上げてくるのを覚えます
それでは また
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