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劇場映画やDVDの感傷的シネマ・レビュー

百万円と苦虫女◆すがすがしい「自分離れ」のロードムービー

2008-07-24 14:52:24 | <ハ行>
  

  「百万円と苦虫女」 (2008年・日本)

なんともタイトルがユニークで意表をつく。主人公の佐藤鈴子(蒼井優)を苦虫女と表現するのが適切かどうかはわからないけれど、少なくとも「スイーツ」やら「癒し」やら「コスメ」やら「自分磨き」に日々血道を上げるタイプの女でないことだけは確か。鈴子はひたすら居場所を変えながら貯蓄額百万円をめざして黙々と働く。なぜか? 息の詰まる鬱陶しい他人との関わりを断ち切って、風に舞う花びらのように、しばしのあいだ宙を漂っていたいのだ。人はだれもが自分を映す鏡。煮詰まった人間関係には、いやでも自分の人生が投影されてしまう。もし自分自身から逃げたくなったら、だれも自分を知らない見知らぬ土地へひとりで旅立つしかない。それは究極の「息抜き」であり、すがすがしい「自分離れ」の儀式だ。

鈴子の旅は、前科の付いてしまった自分と周囲との軋轢(あつれき)という最悪の地点からスタートする。それでも彼女の逃避行をすこしも重く感じないのは、頑固でまじめで不器用な鈴子の発するどこかユーモラスな持ち味と、旅先での心温まる出会いの風景だろう。余裕をもって暮らすための資金、百万円が貯まったら別の土地へ移り住むというルールは、根なし草のように漂う鈴子の生きるよすがとして彼女を支えている。だからアルバイト先の海の家でナンパされても、山の村で宣伝ガールの桃娘を無理強いされても、(桃の村では百万円は貯まらなかったかもしれないが)結局は断って旅立っていくのだ。人との関わりにとまどい、心を閉ざしていた鈴子が揺らぎを見せたのは、地方都市のバイト先で知り合った大学生・中島(森山未來)に心の内を明かしてしまった時。お互い惹かれあい、やっと鈴子にも幸せが訪れるのかと思いきや、中島の不可解な行動が鈴子の心をかき乱す。百万円という足枷(あしかせ)が仇になるこのあたりのエピソードは、うっかりだまされてしまうくらい実におみごと(なぜなら小金持ちの女にたかる男は世の中にはたくさんいるだろうし、まじめな女に甘えるのが上手な男はそれ以上にいるはずなので、鈴子に思いを重ねる観客は「中島くん、お前もか」と内心ヤキモキしてしまうのだ)。

ラストでふっきれたように旅立っていく鈴子の視線の先にいる中島は、あのあと歩道橋を全速力で駆け上がっていくのだろうか。すべてまで見せずに終わる心にくい演出は、鈴子にまだ旅を続けさせたいという監督の思いの表れかもしれず、それはまた多分に観客の願いを汲んでいるとも思った。鈴子の弟のエピソードを通して描かれる学校でのいじめや、桃の村が象徴する過疎化や地方の経済格差の問題など、さりげなく世の四方に目を配りながら、数十年来のブームである「自分探し」の愚を真っ向から指摘した点はまさに快挙。「探さなくたって(自分は)いやでもここにいますから」という鈴子のせりふは、「自分探し」に疲れはてた人にもほっとする救いの言葉になるだろう。

                
満足度:★★★★★★★★☆☆




<作品情報>

   脚本・監督・原作:タナダユキ
   主題歌:原田郁子(クラムボン)「やわらかくて きもちいい風」
   出演:蒼井優/森山未來/ピエール瀧/竹財輝之助
        齋藤隆成/笹野高史

         

<参考URL>
   ■映画公式サイト 「百万円と苦虫女」
   ■原作本 amazon.co.jp 「百万円と苦虫女」(幻冬舎刊)
   ■サントラ 「百万円と苦虫女 オリジナル・サウンドトラック」  




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6 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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どうもこすもさんこんばんは⌒ー⌒ノ (黒猫館)
2008-07-25 01:22:04
どうもこすもさんこんばんは⌒ー⌒ノ

「百万円と苦虫女」レヴュー非常に興味深く読ませていただきました。⌒ー⌒

「スイーツ」という言葉にはわたしもウンザリしております⌒ー⌒;のでこの「百万円と苦虫女」のテーマには非常に共感できます。

スイーツが「甘物」であるとすれば、この映画の持ち味は「ニガミ」であると思います。

同様に「自分探し」ではなく「自分離れ」がテーマであるというのも非常に面白いです。

重苦しい「自分」から離れて宙をさまよってみたい・・・これは非常に共感できるテーマです。わたしも「自分」から離れてどこかに旅行に行きたくなりました。

「自分探し」であるとか「品格」であるとか「美しい国」であるとか、そういう「定番ワード」をバッサリ切ってくれる快作であると思います。

この映画はわたしもぜひ観たいです。⌒ー⌒ノ

それではまた~♪
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くろねこさん、こんばんは~ (masktopia)
2008-07-25 21:29:55
いつも読んでいただいて、ありがとうございます

>スイーツが「甘物」であるとすれば、この映画の持ち味は「ニガミ」であると思います。

これはうまい表現ですね! 主人公は若い女性ながら
いまどきの「スイーツ(笑)」とはひと味もふた味もちがいます。
若くして人生のニガミを味わった人には不思議な魅力が備わるものですね^^

>「自分探し」であるとか「品格」であるとか「美しい国」であるとか、
>そういう「定番ワード」をバッサリ切ってくれる快作であると思います。

そのとおりなんです! この作品に好感をおぼえたのは
女性誌などが定番化しているカタカナワードや、
メディアの好む定番フレーズに疑問を投げかける姿勢かもしれません。
もちろん映画としてもすごく楽しめる作品でした。
機会がありましたら、ぜひご覧くださいませ~
返信する
Unknown (あるきりおん)
2008-07-29 22:56:53
コメントありがとうございました。
自分探しを真っ向から否定(という程強くはないですが)したっていう部分に触れている方がおられて非常に嬉しいです。
そんなわけで、つい嬉しくってコメントしてしまいました。
これからもよろしくお願いします^^
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あるきりおんさん、こんにちは~ (masktopia)
2008-07-30 11:55:18
こちらこそTBとさらにはコメントをありがとうございます♪
手垢のついた「自分探し」にはうんざりしていたので、
この映画は久々に心にヒットしました^^
よい邦画と出会えてほんとういうれしかったです。

こちらこそどうぞよろしくお願いします☆
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やっぱり蒼井優は好い (ワトソン)
2008-09-11 08:58:30
こんにちは~
レビューを見てなるほどと思いました。
旅先でのいろいろな出来事面白かったです。
ロードムービーというのでしょうか。
蒼井優さんがぴったりはまっていましたね。
今年見た中の邦画では一番でした。
返信する
ワトソンさん、こんばんは~ (masktopia)
2008-09-12 21:49:04
TBとコメントをありがとうございます。

蒼井優のむっつり顔も、またよかったですね。
記事では省きましたが、桃栽培農家の息子が
あんがい話の通じる人で、ほっとしました。
私もこの邦画はいろいろな意味で
すごく楽しめました^^
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