「プロメテウス」 (2012年・アメリカ)
PROMETHEUS
カメラは荒涼とした渓谷から灰色の瀑布をとらえる。上空に浮かぶ巨大な宇宙船。人型の異星人が滝の上に現れ、衣を脱ぎ捨てると小さな容器を開けてうごめく黒い物体をあおる。そして苦痛に身をよじりながら滝の底へ身を投じた。損壊するその肉体からDNAが水中へほとばしる――。なんという劇的なオープニング。これがヒトという種の起源を暗示するシーンなのか・・・・・・。謎を抱えながら、物語は一気に時を超え西暦2093年の宇宙へ飛ぶ。
当初はあのSF娯楽映画の傑作「エイリアン」の前日譚として企画されたというこの作品、紆余曲折の末、「エイリアン」の世界観を踏襲しつつも、リドリー・スコット監督の新たなSF大作となったのはまちがいない、と個人的には思っている。「エイリアン」へとつながる舞台装置とプロットが随所に織り込まれ、エイリアン・ファンには楽しめる映像のオンパレードなのだが、あまり思い入れのない方々の目にどう映るかはまた別の話。人類の起源を探る壮大な旅、などという前宣伝をそのまま受け取られた方には、もしかすると見当違いの2時間4分だったかもしれない。
人類は知的存在へと驚くほど短期間に進化したとか、類人猿から人類への進化の過程にはミッシングリンクが存在しているとか、古代文明の壁画には宇宙人らしき巨人が描かれているといった通説は、私たちの好奇心を否応なくかき立てる。それは人類に知性を授けた何者かが介在しているのではないかというSF的ロマンへと私たちを誘う。自分たちは何者で、どこから来たのか――この問いに憑かれた科学者一行は、創造主〈エンジニア〉との対面を切望していたウェイランド社総帥の思いを乗せた宇宙船プロメテウス号に乗船し、古代壁画に描かれていた惑星を目指す。けれどもストーリーが進むにつれて、観客は創造主とのロマンチックな出会いはないことを思い知らされる。惑星LV-223で彼らが遭遇する創造主は、まさしく「主は与え、主は奪う」といったたぐいの神だったのだ。
映画「エイリアン」でH.R.ギーガーがデザインを手がけた異星人(いま思えばエンジニア)の宇宙船とミイラ化したその遺体(ゾウのような頭部はヘルメットだった)や、遺跡内に無数に並ぶ壺状のアンプル(エイリアン・エッグに似て不気味)、そしてウェイランド社(本作の時点ではユタニとの合併前)の密命を帯びたアンドロイドの登場など、あの衝撃作を髣髴させる大道具、小道具の数々がワクワク感を煽る。極めつきは終盤で登場する巨大な幼体と、エンジニアの体を破って出てくる寄生生物の姿。私にはそれがエイリアン・クイーンに見えたのだが、どうなのだろう。
一方、物語の骨格を支えるキャストの存在感もなかなかのもの。主演の考古学者エリザベス・ショウを演じたノオミ・ラパスは、ミレニアム・シリーズのリスベット・サランデルに負けず劣らずの熱演ぶり。ハリウッド女優のような華がないと見る向きもあるだろうが、役に入れ込む根性だけは評価したい。「モンスター」で女優魂を見せつけたシャーリーズ・セロンは、今回は人かアンドロイドかと見紛うばかりの美しくも冷徹な監督官を好演している。存在感といえば、アンドロイド役を演じたマイケル・ファスベンダーも忘れられない。その中性的な美しさは、エイリアンシリーズの中では最も魅力的なアンドロイドと言っていいと思う。
映像面でも見所が多く、謎を謎として楽しみながら鑑賞すればSF娯楽作としてはほぼ満点。疑問の数々は、ショウがエンジニアの惑星へ旅立った次回作へと持ち越されるのかもしれない。ただ人類の起源を探る旅はそのまま、エイリアンの起源を探る旅でもあることを、もう少しPRしてもよかったのではないだろうか。
満足度:★★★★★★★★★☆
<作品情報>
監督:リドリー・スコット
脚本:デイモン・リンデロフ/ジョン・スパイツ
製作:リドリー・スコット/トニー・スコットほか
製作総指揮:マーク・ファハムほか
音楽:マルク・ストライテンフェルト
撮影:ダリウス・ウォルスキー
出演:ノオミ・ラパス/シャーリーズ・セロン/マイケル・ファスベンダー/ガイ・ピアース
<参考URL>
■映画公式サイト 「プロメテウス」