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華氏911◆反ブッシュの視点でとらえた同時多発テロ

2006-08-30 16:53:42 | <カ行>

  「華氏911」 (2004年・アメリカ)
   監督・脚本・主演:マイケル・ムーア

レイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451』。高度管理社会で行われる焚書を軸に展開するこの近未来小説では、紙が自然発火する温度が華氏451度。このタイトルを下敷きにしたマイケル・ムーア監督の『華氏911』は、2001年9月11日、アメリカが空前のテロ攻撃にさらされた日をタイトルに据えている。その日、「自由」は燃えたのか・・・・・・?

「9.11」が世界に与えた衝撃は計り知れない。ソ連崩壊後に誕生した新たな対立構造の縮図を、あの日だれもがそこに見た。マイケル・ムーア監督のこのドキュメンタリー映画は、対立の一方の主軸であるアメリカ・ブッシュ政権がそのとき何をしたかを鋭い切り口で暴いている。

テロの起きる前年の11月、米大統領選挙で民主党のゴア候補と接線を繰り広げたブッシュは、勝利宣言を発表。選挙の集計に疑問を抱いたゴア側が提訴に踏み切り、フロリダ州最高裁は手作業による再集計を命じる。しかし、その後連邦最高裁が決定を破棄し、ブッシュの当選が確定する。

映画はここから衝撃的な「事実」を次々と明かしていく――

テキサスで親子2代にわたって石油産業に従事してきたブッシュ親子が、サウジアラビアの上層部、そしてテロの張本人とみなされたオサマ・ビンラディン一族と密接に結びついていたこと。テロ攻撃を事前に警告していた報告書に、ブッシュは目を通さなかったこと。9月11日、攻撃の直後、フロリダの小学校を訪問していたブッシュに側近がテロの発生を告げたものの、ブッシュは何一つ指示を出せずに7分間がむなしく経過したこと。テロ攻撃の後、ホワイトハウスはビンラディン一族らサウジ人の出国を認めたこと・・・・・・。ぎょっとするような事実(裏付け資料はマイケル・ムーアのサイトで公開されていた)の連続には声も出ない。なかでもいちばんの驚きは、ブッシュが復讐の矛先を、テロ攻撃の首謀グループと目されていたアルカイダからイラクへ向けたことだ。その理由をさぐるうちに、国益を最優先する米国エリート階級のエゴがしだいに露わになっていく。

悲劇はイラクの国民ばかりか米国の最下層の人々にまで及んだ。ムーア監督の故郷、ミシガン州フリントは産業の空洞化によって貧困層が拡大。失業率50%というこの町で貧困から抜け出すには、軍隊に入って奨学金で教育を受けるよりほかに道はない。貧困ゆえに息子を軍隊に入れるしかなかったという母親は、イラクに派兵された息子の戦死をきっかけに反戦へと傾いていく。戦いの空しさと反戦を訴えた息子の最後の手紙を読み上げ、泣き崩れる母親の姿はまた、攻撃を受けたイラク国民の姿でもあるだろう。

イラクから生還したある兵士はカメラに向かってこう言う――

「戦いはいやだ。人を殺すことは自分の魂の一部を殺すことだ。
そうでもしなければ、とても人を殺すことなんてできやしない・・・・・・」

映像はたくさんの事実の一部を伝えるものであり、映画には制作者の意図がある以上、選び取られた映像がそのまま事実を伝えているかどうかには精査を要するだろう(この映画は内容が恣意的であるとか、反ブッシュの意図が明らかだという指摘もあった)。しかしこの映画の「意図」を、私は個人的に不快とは感じなかったし、また多くの方々も同じように受け取るのではないかと思う。

悲劇から5年を経て、同時多発テロを題材にした映画が次々に公開されるようだが、こうしたドキュメンタリー映画も併せて見ると、事件の背景が重層的に浮かび上がってくる。




満足度:★★★★★★★★★☆




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