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まさおレポート

毛越寺 中尊寺へ 北海道を離れたが8日目

長年行ってみたかった毛越寺と平泉中尊寺に詣でた。

 

かつて高校で詫間の大塚政量先生が自ら8ミリでとって見せてくれた毛越寺詣でが60年ぶりに実現した。



かつての大伽藍も夢の跡。

浄土の池をイメージしたとか。

すっくと聳える。



池が湖面に。































以下中尊寺。


参道をゆっくりゆっくりと。

ほこらになった。















さみだれに ふりのこしてや ひかりどう

平泉

三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有。秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。先高館にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河也。衣川は和泉が城をめぐりて高館の下にて、大河に落入。康衡等が旧跡は衣が関を隔て南部口をさし堅め、夷をふせぐとみえたり。偖も義臣すぐつて此城にこもり、功名一時の叢となる。国破れて山河あり。城春にして草青みたりと笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。
夏草や兵どもが夢の跡
卯の花に兼房みゆる白毛かな
曾良
兼て耳驚したる二堂開帳す。経堂は三将の像をのこし、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。七宝散うせて、珠の扉風にやぶれ、金の柱霜雪に朽て、既頽廃空虚の叢と成べきを、四面新に囲て、甍を覆て風雨を凌。暫時千歳の記念とはなれり。
五月雨の降のこしてや光堂


金堂の覆いの建物






亀井勝一郎が褒めた能舞台。
 
 
 
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