いい歳をして「口下手」とか「不器用」というのは、ビジネスにおいてはあまりエクスキューズにならないと思います。言葉を生業にする政治家ならば尚のこと、昨日の小沢一郎の記者会見はお粗末でした。
昔の日本は「武士に二言はない」とか「男は黙ってサッポロビール」というように、沈黙が美徳のような風潮がありましたが、今は何より「説明責任」が問われる時代です。そういう意味では小沢一郎は既に時代遅れなんでしょう。トークが苦手だから、豪腕というパブリックイメージを利用し、選挙戦略師としての腕を磨いたんだと思います。師匠の田中角栄は、大衆の喜ばせる演説も、高級官僚のハートを掴むショートスピーチも巧みだったんですがね。
秘書逮捕後の会見も然りですが、全然面白くないんですよ。まるで芸がないし、嫌な質問された時のリアクションも拙いことこのうえない。法律にのっとって処理をしているという意味のことを繰り返すだけで、人が聴きたいことに応えていないのです。30年以上一線でやっている政治指導者のくせに、おそらく最後の表舞台となるであろう辞任会見で壇上の原稿に目を落とし棒読みしている姿は情けない。
そう考えると、あの中曽根康弘はしたたかでした。デビュー時に掲げた首相公選論にしても、そのコピーは「恋人と総理大臣は自分で選びましょう!」というもので、大衆を意識しています。思想や行動の是非はともかく、言葉を武器にした政治家であったことは間違いない。この人は2回証人喚問に出ているんですが、いずれも致命傷を負っていません。三角大中の誰よりも長く総理の座を守り、誰よりも長生きしそう。ロッキード事件では佐藤孝行、リクルート事件では藤波孝生という、いずれも側近政治家をスケープゴートにして命拾いしたという悪運の強さはありますが、立て板に水の如く自身の潔白をまくしたて、時にのらりくらりと老獪に追及をかわしてサバイバルしました。進んで喚問に応じる格好にして、陰では子分を質問者にしたり(ロッキード)、人権侵害になるとクレームをつけて喚問風景のTV中継を禁ずる規則を作ったり(リクルート)と、インサイドワークも巧みで、イメージダウンを最小限に抑える手も打っています。
説明責任なんて騒いでますが、要はイメージの問題で、メディア(特にTV)は発言を厳密に検証なんてしません。いかにもっともらしいことを喋って、なんとなくわかったような気にさせるのが芸というものでしょう。今回は検察が相当無茶やっているのが結構広く認識されているのだから、チャンスだったんですけどね。
だいたい野党政治家なのに、あんな多額の献金を集めたり、不動産を蓄えてどうしようと考えていたのかイマイチよくわからないのです。表の献金の法解釈などよりも、人は皆そこが知りたいんじゃないかと思います。師匠の角栄は社会党代議士にも数百万円を掴ませるなど、病的に金をばら撒いた人ですが、小沢一郎も「政権交代実現のために、俺は敢えて旧来式のシステムで集めた金を投じているんだ」と、落選議員のサポートや脆弱な党地方組織の梃入れにのために使っていたというのなら、それなりに評価できますがどうなんでしょう。
郵政選挙で造反した平沼赳夫は、その後に城内実とか浪人中の若手に月100万円を献金の形で援助しているわけですが、小沢一郎にはその種の話は伝わってきません。カメラの前でこういうストーリーをさりげなく、そしてわかりやすく述べていたら、印象はだいぶ違うものになっていたでしょう。
結局、言葉を操るという基本的な資質に欠けた政治家・小沢一郎はここまでだったんでしょう。
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なんか盛んに「自民党が怖いのは長妻昭が党首になることだ」なんて報じられていますが、こんな「まんじゅうこわい」みたいな釣りに引っかかってはいけませんよ、民主党は。自民党は絶対なんかネタを握っていて、最初は華々しくデビューさせておいて、肝心なところで爆弾を炸裂させる魂胆でしょう。
今回は選挙も近いので、親が大金持ちなゆえに比較的クリーンでスキャンダルがなさそうな、鳩山か岡田が無難です。
昔の日本は「武士に二言はない」とか「男は黙ってサッポロビール」というように、沈黙が美徳のような風潮がありましたが、今は何より「説明責任」が問われる時代です。そういう意味では小沢一郎は既に時代遅れなんでしょう。トークが苦手だから、豪腕というパブリックイメージを利用し、選挙戦略師としての腕を磨いたんだと思います。師匠の田中角栄は、大衆の喜ばせる演説も、高級官僚のハートを掴むショートスピーチも巧みだったんですがね。
秘書逮捕後の会見も然りですが、全然面白くないんですよ。まるで芸がないし、嫌な質問された時のリアクションも拙いことこのうえない。法律にのっとって処理をしているという意味のことを繰り返すだけで、人が聴きたいことに応えていないのです。30年以上一線でやっている政治指導者のくせに、おそらく最後の表舞台となるであろう辞任会見で壇上の原稿に目を落とし棒読みしている姿は情けない。
そう考えると、あの中曽根康弘はしたたかでした。デビュー時に掲げた首相公選論にしても、そのコピーは「恋人と総理大臣は自分で選びましょう!」というもので、大衆を意識しています。思想や行動の是非はともかく、言葉を武器にした政治家であったことは間違いない。この人は2回証人喚問に出ているんですが、いずれも致命傷を負っていません。三角大中の誰よりも長く総理の座を守り、誰よりも長生きしそう。ロッキード事件では佐藤孝行、リクルート事件では藤波孝生という、いずれも側近政治家をスケープゴートにして命拾いしたという悪運の強さはありますが、立て板に水の如く自身の潔白をまくしたて、時にのらりくらりと老獪に追及をかわしてサバイバルしました。進んで喚問に応じる格好にして、陰では子分を質問者にしたり(ロッキード)、人権侵害になるとクレームをつけて喚問風景のTV中継を禁ずる規則を作ったり(リクルート)と、インサイドワークも巧みで、イメージダウンを最小限に抑える手も打っています。
説明責任なんて騒いでますが、要はイメージの問題で、メディア(特にTV)は発言を厳密に検証なんてしません。いかにもっともらしいことを喋って、なんとなくわかったような気にさせるのが芸というものでしょう。今回は検察が相当無茶やっているのが結構広く認識されているのだから、チャンスだったんですけどね。
だいたい野党政治家なのに、あんな多額の献金を集めたり、不動産を蓄えてどうしようと考えていたのかイマイチよくわからないのです。表の献金の法解釈などよりも、人は皆そこが知りたいんじゃないかと思います。師匠の角栄は社会党代議士にも数百万円を掴ませるなど、病的に金をばら撒いた人ですが、小沢一郎も「政権交代実現のために、俺は敢えて旧来式のシステムで集めた金を投じているんだ」と、落選議員のサポートや脆弱な党地方組織の梃入れにのために使っていたというのなら、それなりに評価できますがどうなんでしょう。
郵政選挙で造反した平沼赳夫は、その後に城内実とか浪人中の若手に月100万円を献金の形で援助しているわけですが、小沢一郎にはその種の話は伝わってきません。カメラの前でこういうストーリーをさりげなく、そしてわかりやすく述べていたら、印象はだいぶ違うものになっていたでしょう。
結局、言葉を操るという基本的な資質に欠けた政治家・小沢一郎はここまでだったんでしょう。
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なんか盛んに「自民党が怖いのは長妻昭が党首になることだ」なんて報じられていますが、こんな「まんじゅうこわい」みたいな釣りに引っかかってはいけませんよ、民主党は。自民党は絶対なんかネタを握っていて、最初は華々しくデビューさせておいて、肝心なところで爆弾を炸裂させる魂胆でしょう。
今回は選挙も近いので、親が大金持ちなゆえに比較的クリーンでスキャンダルがなさそうな、鳩山か岡田が無難です。
僕は大学時代、政治学専攻なのですが、その様な話を一度たりともご教授頂いた記憶がございません。
唯、小泉前首相が何のかんのと難局?を切り抜けてゆく様を見て、これはどうしたことか、と思ったことがあり、イメージについては幾らか考えてはいたのですが・・いやはや、参りました。