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シュタイデルの仕事に触れると、どうして幸せな気持ちになれるのだろう?

2013年12月03日 | 知のアフォーダンス

 

 前日までの寒さが和らいで、爽やかな青空が広がった12月1日の日曜日、新開地にある神戸アート・ビレッジ・センターで、映画「世界一美しい本を作る男―シュタイデルとの旅―」(原題How to Make a Book with Steidl)を見た。ドイツのゲッティンゲンで小さな出版社と印刷所を営むゲルハルト・シュタイデル氏の仕事ぶりを追うドキュメンタリーである。この夏、以下の記事と写真に魅了されてからこの映画が関西で上映されるのをずっと待ち望んでいた。

「世界一美しい本を作る男」シュタイデル社の映画と展覧会
韓国・ソウルの大林(デリム)美術館で開かれた「How to Make a Book with Steidl展」

 配給会社テレビマンユニオンのロゴがスクリーンから消えると、いきなりシュタイデル氏の仕事場が映し出される。写真家ジョエル・スタンフェルド氏と写真集「iDubai」の企画について熱っぽく語り合うシュタイデル氏は小柄ながら、強い信念とバイタリティを感じさせる。彼は、同時に進行中の複数の本作りのために自らニューヨークやノバスコシア、パリなど世界各地にアーティストの家を訪れて、打ち合わせを重ね、本の企画から編集、装幀、デザイン、印刷、製本、出版にいたるすべての工程に携わることによって、「商品」ではない「作品」としての本を一冊ずつ丁寧に仕上げていく。そのポリシーをシュタイデル氏は「判型に内容を当てはめるのではなく、本の内容に合わせて判型を決める」と語る。

 さまざまな対話と試行と決断を重ね、やがて「iDubai」は完成するが、出版を待つ他の本のためにシュタイデル氏の仕事はこれまでどおり続いている。途中からお邪魔して、本作りの現場に立ち会わせてもらったわたしたちは、そんなシュタイデル氏を仕事場に残して、そっとお暇する。

 監督をつとめたゲレオン・ヴェツェルとヨルグ・アドルフ両氏は、シュタイデル氏の日常の一部を切り取って、その仕事ぶりを淡々と描写しながら、シュタイデル氏の本に匹敵するのではないかと思えるほどクリアで安定した美しい映像をつくりだしている。

 アーティストが納得するまで対話を重ね、本の内容と、それに見合った厚みや重さ、紙の質感や色、インキのシミと香りなどが一体とした本作りを進めるシュタイデル氏の仕事を見ていると、本が「からだ」をもった生命体のように思えてくる。その仕事の作法とリズムが映像をとおして伝染し、画面が消えたあともぼくのからだの中で息づいていて、幸せな気持ちだ。

 この映画の価値を映画監督の是枝裕和さんのコメントが見事に言い表している。

「顔を見ること、言葉を交わすこと、手で触れること。本来はコミュニケーションの基本であったはずのこれらの直接的な方法を、私たちはどこかへ置き忘れたまま日々の暮らしを送っている。すべて間接的に済ますこと、それこそが便利な生活なのだとでも言うように。しかし、私たちが手にしているはずのその便利さは、匂いを嗅いだり、重さを感じたりといった身体的な経験と引き換えに与えられたものであることをシュタイデルの本を巡る仕事ぶりを見ていると、気付かざるを得ない。この作品は、本が作られる魅力的でスリリングなプロセスを追いかけた作品であると同時に、身体性を失いつつある現代人の暮らしに多くの示唆を与えてくれる、優れた文明批評でもある」

 じつは、前日には武庫川女子大学で、こちらも関西で初めて上映されるという『疎開した40万冊の図書』を見たばかりだった。第二次世界大戦中に東京の日比谷図書文化館の蔵書を郊外に運び出し、戦火から本を守った人々の思いを追うドキュメンタリーである。これからは、あらゆる情報はデジタルアーカイブとして残しておくことで、たとえ戦火に見舞われても消失を免れることができるだろう。しかし、バーチャルな情報を保存するだけでなく、質感をもったリアルな書物を生み出し、受け渡していくこともまた、命をつなぐ人間の営為といえるだろう。

疎開した四〇万冊の図書
クリエーター情報なし
幻戯書房

  

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