少し日が経ちましたが、前稿につづいて勉強会で考えたことの報告です。
まずラーニング・コモンズ(LC)とは何かを確認しておきましょう。
・・・複数の学生が集まって、電子情報も印刷物も含めた様々な情報資源から得られる情報を用いて議論を進めていく学習スタイルを可能にする「場」を提供するもの。その際、コンピュータ設備や印刷物を提供するだけでなく、それらを使った学生の自学自習を支援する図書館職員によるサービスも提供する。
(文部科学省、大学図書館の整備について(審議のまとめ)-変革する大学にあって求められる大学図書館像-用語解説、平成22年12月、科学技術・学術審議会 学術分科会 研究環境基盤部会 学術情報基盤作業部会)
さて、6月8日、わたしたちは対照的なふたつの大学ラーニング・コモンズについて話し合った。椙山女学園大学のLCは、図書館と一体化されていて、明るく広々としている。学生は必要に応じて館内を移動して、さまざまな活動をすることができる。同志社大学のLCは、いくつかのゾーンに分かれていて利用目的に応じて効率よく活動できるようにテクノロジーが整備されている。図書館とは空間的に離れているが、LC内で適宜、図書館(その他の)職員によるサービスやサポートは受けられる。どちらのLCも学生のアクティブ・ラーニング(能動的な学び)*を促すことを念頭においてデザインされている。そして、ともに学生に支持され、よく利用されているようだ。
学生が進んで足を運び、共同で能動的な活動をおこない、議論を重ねて成果をだす。上記の定義に照らせば、それでLCの目的は達成できたといえる。だが、目に見えるかたちでの活動や成果が、そのまま個々の学生の学びの内実(知的変容の過程)を反映しているわけではない。学びの過程やスタイルは一人ひとり異なる。個々の学習者の内面で展開されている思考や想像、創造や革新、知識の獲得や感情のインパクトなどは、外部からは知る由もないし、本人でさえ十分に把握しているとはいえない。また、何らかの教育的意図をもってデザインされた学習環境が学習活動を限定し、条件づけ、方向づけていても、学習者自身は気づかないことが多い。学習者が自らの学びへの気づき(メタ認知)を高め、コントロールできるようになるには、外側から「与える」条件ばかりでなく、こころの過程から学習環境を捉える視点も必要だろう。
では、学習者にとって理想的な学習環境とはどんなものか。心理学者の半田智久氏(現お茶の水女子大学教育開発センター教授)は、『知能環境論 頭脳を超えて知の泉へ』(NTT出版、1996)のなかで、こんなエピソードを語っている。
「私がこれまでに出逢った図書館の中で最もすばらしかったのは、図書館というより大学時代の研究室の図書室、より正確にいえば図書コーナーであった。その部屋には大きなテーブルが二つあり、常にそのテーブルの周囲には大学院生や学部生が集まり、世間話をしていたり、勉強会をしていたり、実験の合間にお茶を飲んだりしていた。その部屋の残り三分の二ほどのスペースには書架が並んでいた。図書は各学科専攻ごとに管理されていたため、そこは学内で最も心理学に関すると図書が集まっていた。とはいっても、自分にとって魅力的だったのは二、三の書架に並べられた洋書だった。それだけの量でも当時の自分にとってはあまりにも充実しており、一つひとつがまで自分の知らない未知の世界につながっていたのである。静かな休日などは至福の時が流れていた。必要なものはコピーするという時代のちょっと手枚だったこともよかったのかもしれない。未知の本に囲まれながら、その場で学ぶことが最も効率的だったのだ。当時二十歳の頃、まだ柔らかい頭の自分にとっては、どの一冊一冊にも胸が躍るような気分であった。別に私は読書家ではないのだけれども、その図書コーナーは不思議と読書欲を掻き立て、学ぶことへの意欲を高めてくれたのである。
いろいろな理由があったと思うが、研究室は全体にすばらしかった。仲間も先輩もつながりが深く、大学院生から学部生までが一体となっていた。楽しい雰囲気と多くの刺激に満ちた中、興味の尽きない書籍の間を自由に漂えるという環境は何でもないようでありながら、実はものすごく恵まれた環境だったのである」(pp.181-182)
これに類した経験をもち、共感できる人は少なくないだろう。半田氏はこのエピソードにつづいて学習意欲を高めなかった例もいくつか挙げておられる。「蔵書数は多くても、先生や知らない人の目を気にしながら、本を探し急いで借り出す」タイプ、「研究室単位でばらばらに図書が管理されていて、その部屋の主がいなければ利用できない」タイプ、資料を「中央図書館に集中してしまう」タイプなどである。要するに半田氏にとって理想の図書館(図書室・図書コーナー)とは、誰に気兼ねすることもなくいつでも好きなときに利用できる空間があって、資料の数は多くなくても、その多くが自分の関心に合っていて新鮮な刺激を与えるものであること、そして、そこに集う人たちと深くつながりあって、楽しい雰囲気に満ちている環境ということになる。
だが、個々の学生に適した、このような条件を満たす環境をあらかじめ整えておいて提供することは不可能に近い。となれば、物理的には同じ環境を他者と共有しながら、そこを自らの学びを最大化する環境に変えていく学習者自身の活動にも期待したい。もう少し半田氏のことばに耳を傾けてみよう。
「それ(ポテンシャルの高い知の生息域)を求める個人は環境の変化に身を委ね、適応してゆくよりも、自ら積極的にその知能環境を変化させつつさらに先を求めてゆこうとする。自らの知を自律的に統御する機能は内在知の一つだが、その力に長けた創造性豊かな人たちは、常に自分を取り巻く環境を先鋭的に変化させることに関してかなりの努力をする。いかなる創造にも個人が関わる知能環境そのものの創造や変革が必然的に伴うからである」(p.183)
ここで「知能環境」とは、主体(個々の学習者)そのものを組みいれた、広い意味での環境の総体のことをいう。それは、自分の外側にある「外在知」と自分の内側にある「内在知」との相互作用がおこなわれ、新たな知が生成される現場でもある。(これは、環境に埋め込まれて私たちの活動を促進、拡張してくれる目に見えないテクノロジーを意味する「環境知能」とは異なる概念である)。外在知には、他者から提供されるものだけでなく自らの活動によって表出したもの(ことばや作品、身体表現など)も含まれる。そして、内在知には、記憶や想像、思考などに加えて、外在知に対して主体的な働きかけをおこなう原動力となる「熱い知」も含まれる。「熱い知」の例として半田氏は、感性(知のアフォーダンスを感知する力)、夢を描く力(想像力)、知の欲動(実践に駆り立てる力)、意志(動機を自覚的、持続的に集中させる力)を挙げている。わたしたちは外在知に触れ、それが発する情報やメッセージに刺激されて内在知が駆動し、意味や価値を見出し、知識を獲得する。そうした学びを呼び起こす「外在知の可能性」のことを半田氏は〈知のアフォーダンス〉と呼ぶ。
では、学習者にとって理想的な知のアフォーダンスとはどんなものか。
「学習者にとって豊かで理想的な知のアフォーダンスとは、個々の学習者が必要としているものが常に十分に広く自由に開放されていて、そこでの活動に心地よい刺激と触発を受け、そこから先に知的な冒険をしてゆこうと動機づけられること、そしてそのときそれに応じられる環境があることである」(p.216)
この説明に即して考えると、LCや学校図書館が個々の学習者にとって主体的な学習活動を誘発する豊かな知のアフォーダンスに満ちた環境であるための条件は、おおむね以下のようになるだろう。
個々の学習者が自分にとって意味と価値のある知識を生み出し、想像力や表現力を豊かにする手がかりとなる情報や、それを得るためのメディアやツール、人など(「個々の学習者が必要としているもの」)を、選択的・限定的に提供するのではなく、いつでも必要に応じて自ら探索し、アクセスできる状態にあること(「常に十分に広く自由に解放されている」)。そこで探索・思考・創造といった活動をすることが学生にとって快適で、「熱い知」(感性・夢を描く力・知の欲動・意志)を解放し(「そこでの活動に心地よい刺激と触発を受け」)、学習意欲や探究心を高める(「そこから先に知的な冒険をしてゆこうと動機づけられる」)。そして、こうした条件の整ったLCや学校図書館が、いつでも必要なときに利用できる状態(「そのときそれに応じられる環境」)にあること。
取り組むべき課題は明白である。学生や児童生徒一人ひとりが成熟するために必要な知のアフォーダンスに満ちた場所づくり。その障害となっているのは何か。この日の話し合いでは、LCのデザインとマネジメントにあたっては教員や図書館職員の意識と関わり方が鍵になることが浮き彫りになった。また、大学教育に求められているアクティブ・ラーニングと小中高における探究型学習をつなぐ視点についても問題が提起された。
ここで、やっと図書館における「場所」と「場」の概念の違いを考えられる地点にたどり着きましたが、長くなるので、いったん置いて、日を改めて書くことにします。
*【アクティブ・ラーニング】
教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。
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