goo blog サービス終了のお知らせ 

ブログ

marshallのブログ

記事のタイトルを入力してください(必須)

2012-03-22 06:54:44 | Weblog
胸を張り「諦めない」 石巻工・阿部主将が選手宣誓

開会式で、被災地からの思いを込めて選手宣誓する石巻工の阿部主将(代表撮影)

 選手宣誓全文 
 宣誓。東日本大震災から1年。日本は復興の真っ最中です。被災をされた方々の中には苦しくて、心の整理がつかず、今も当時のことや、亡くなられた方を忘れられず、悲しみに暮れている方がたくさんいます。人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです。
 しかし日本が一つになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。だからこそ日本中に届けます。感動、勇気、そして笑顔を。見せましょう。日本の底力、絆を。われわれ高校球児ができること。それは全力で戦い抜き、最後まで諦めないことです。今、野球ができることに感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。

◎被災地の思い全国に伝える

 被災者だから言える思いがある。伝えたい言葉がある-。第84回選抜高校野球大会に石巻工(宮城)が21世紀枠で初出場した。甲子園球場で21日行われた開会式で阿部翔人主将(3年)が選手宣誓。「苦難を乗り越えることができれば、その先に大きな幸せが待っていると信じています」。東日本大震災からの復興を願う熱い思いを込めた。

 帽子を脱ぎ、一礼して壇上に上がった阿部主将は、正面を見据え、堂々と大役を果たした。
 2分以上をかけた宣誓の中で、一番伝えたかったメッセージは「日本中に届けます。感動、勇気、そして笑顔を」。そんな思いを持って試合に臨みたいという。
 地元・石巻には震災の爪痕がいまだ残っており「被災地の現状や、多くの人たちが苦しみながらも頑張っていることを、全国に伝えたかった」とも語る。
 20日のリハーサルを胃腸炎による発熱で休み、不安もあった。「楽しもうと気持ちを切り替えた。百点満点の出来。満足感ですっきりした」。終了後はホッとした表情だった。
 宣誓文はチームメートから盛り込みたい言葉をホワイトボードに書いてもらい、自分で考えた文章に織り交ぜた。17日に完成し、19日夜にナインを前に3回練習した。松本嘉次監督(44)は「底力、絆…宮城の思いを全て盛り込んだ内容になった」と話す。
 スタンドで見守った阿部主将の父克彦さん(46)は「『答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです』というところに、ぐっと来た。自分の息子じゃないくらい立派に見えた」と涙をぬぐった。

◎「感動、地元の誇り」/石巻

 石巻工の地元・石巻市内の仮設住宅では21日、ナインの雄姿に被災者が盛んに声援を送った。
 約450世帯、約1100人が暮らす石巻市大橋1丁目の仮設大橋団地。住民30人ほどが集会所のテレビの前で開会式を見守った。選手の行進が画面に映ると、拍手が送られた。
 阿部翔人主将の選手宣誓には、全員が静かに聞き入った。「答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらい」と東日本大震災を表現すると、涙ぐむ住民もいた。
 大橋団地自治会の山崎信哉会長(75)は「選手宣誓は堂々と落ち着いていた。内容も被災者の気持ちを理解しており、感動した。地元の誇りなので、試合にも勝ってほしい」と話した。


◎東北勢主将共感と決意

 選抜高校野球大会の開会式に臨んだ東北勢の各校主将は、石巻工の阿部翔人主将の選手宣誓への共感と、自らの決意を口にした。
 花巻東(岩手)の大沢永貴主将は「東北代表として岩手代表として、花巻東だけでなく東北各チームで何か届けられればとすごく思った」と述べた。震災で自分の家族は無事だったというが「まだまだ心に傷が残っている人がいる。地元の皆さんや応援してくれる方を少しでも元気に」と全力プレーを誓った。
 光星学院(青森)の田村龍弘主将は「自分も彼と思いは一緒」と言えば、聖光学院(福島)の氏家颯俊主将は「被災した方々が直々に思いを込めたメッセージで、すごくいい宣誓。自分たちもできる限りのプレーをやろうとあらためて思った」と話した。


2012年03月22日木曜日
河北新報より

あ り が と う

2012-03-12 09:15:36 | Weblog
気仙沼市
     菊田 心(しん)さん(11歳)
「ありがとう」

文房具ありがとう
えんぴつ、分度き、コンパス大切にします。

花のなえありがとう
お母さんとはちに植えました。
花が咲くのが楽しみです。

うちわありがとう
あつい時うちわであおいでいます。

くつをありがとう
サッカーの時とってもけりやすくて、
いっしょうけんめい走っています。

クッキーありがとう
家でおいしく食べました。

さんこう書ありがとう
勉強これからがんばります。

図書カードありがとう
本をたくさん買いました。

やきそば作ってくれてありがとう
おいしくいっぱい食べました。

教室にせん風機ありがとう
これで勉強はかどります。

応援の言葉ありがとう
心が元気になりました。


最後に
おじいちゃん見つけてくれてありがとう
さよならすることができました。

「スイセン・サミットin桂島」

2012-03-11 09:35:19 | Weblog
水仙がサミット
春を告げる
何処でも目にする水仙が
被災地で活躍
嬉しい、ホットするニュースが一年たつ
被災地の新聞に載る
其れも花好きの人たちが 球根集めに全国に呼びかけた。
山の中に住む 園芸家の柳生真吾さんや
高松市の男木島の住民達の力は大きい
春を告げる水仙が 
あの震災で心がふさぐ朝に一筋の光をもらった。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

東日本大震災からの復興を願う「スイセン・サミットin桂島」が10日、
宮城県塩釜市の浦戸諸島の桂島で開かれた。
被災地を励まそうと植栽活動に取り組んだ賛同者ら150人が、
犠牲者を追悼するとともに交流を深めた。
 会場の旧浦戸二小には、兵庫県から届いた鉢植えが並んだ。
全員で黙とうした後、球根の提供を呼び掛け、全国各地で植栽を続ける
「スイセンプロジェクト」を主宰する園芸家の柳生真吾さんが
「スイセンを通じて人と人がつながるのを見届けていきたい」と話した。
島民らでつくるサミット実行委世話人代表の三浦勝治さんは
「これからも桂島に手伝いに来てほしい」と呼び掛けた。
 桂島に球根1万5000個を送った香川県高松市の男木島の住民や、
宮城県多賀城市の賛同者の活動報告もあった。
参加者は焼きガキやカキカレーを味わい、昨年10月に市道脇に植えたスイセンの成長ぶりを確認した。
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/03/20120311t15013.htm

避難先で暴言、いじめも 

2012-03-03 13:28:31 | Weblog
絆 絆 きずな
 もう とっくに過去のもの
 地元ではすでに 絆なんか 日本にはない!と
言われ始めたのは 震災後 半年あたり
絆の漢字を見るたび 空々しく思うのは爺だけだろうか  

絆を叫びながら 瓦礫を受け入れる「県」が未だ少ない
地滑りで避難先がない
子供達は老夫婦を引き取る様子もない近所
身近なところで 
親子関係に絆が既に無くなっている。
周りを、
自分の家族を
あらためて思い起こしてみよう。

地元新聞より 切り抜き貼り付けた。

この日記に拍手はご遠慮ください。
拍手を頂くと心が寒くなります。

★避難先で暴言、いじめも 
    県内の震災関連相談149件に

 仙台法務局は2日、東日本大震災に関する宮城県内の人権相談が昨年3~12月に149件に上ったと発表した。「避難先で文句を言われたり、たたかれたりした」「転校した学校でいじめを受けた」など、仮設住宅や避難先でのトラブルが多く、家族間の虐待なども目立った。

 相談は面接や電話、郵送で寄せられた。149件のうち、人権侵害の疑いがあると認められたのは20件。被災して長男宅に身を寄せた母親からは、長男から「さっさと死んでしまえ」と暴言を吐かれた上、年金を勝手に使われたとの相談があった。通報を受けた市の協力で仮設住宅に入居した。
 民間借り上げ住宅に移り住んだ被災者は、入会しようとした町内会の関係者から「ここは被災者が住む所ではない。永住しないなら町内会に入れない」と言われたという。被災者は謝罪を要求し、法務局が調停など法的な手続きを選択肢として提示した。
 震災関連以外の年間人権侵犯事件は322件で、前年より26%減った。暴行・虐待が4割を占め、女性や児童、高齢者、障害者が被害者となるケースがほとんどだった。
 仙台法務局は昨年11月以降、宮城県内約2万2000戸の仮設住宅を戸別に訪問。人権に関する悩み事などを受け付けている。3月までに全戸を回り終える見込み。
 人権相談の連絡先はナビダイヤル(0570)003110。


河北新報 2012年03月03日土曜日

風のあしあと-月夜の七曲坂第二夜』

2012-02-28 10:34:35 | Weblog
河北新報  河北抄より


 「あの震災から、やっと一本書きました。心を込めて舞台をつくっています」。
こんな手紙をもらい、塩釜市で先日開かれた市民ミュージカル
『風のあしあと-月夜の七曲坂第二夜』を見に行った。
 差出人は、仙台市の劇団I・Q150主宰の丹野久美子さん(52)。
脚本と演出を手掛けた。「今回は本当に、本当に苦しみました」と語る。

 出演者も観客も被災者だ。この災厄に触れずには物語が書けない。
しかし「怖い思いをした人たちが見に来るのに、
その体験を思い出させることにならないか」と悩んだ。
 葛藤を抱えながら、取材で多くの人に話を聞き、仲間と話し合った。
そして被災者として語れること、被災者だから伝えたいことを
ミュージカルを通して語るべきだと思った。

 舞台は塩釜神社の参道・七曲坂。
母と妹を津波で亡くした男の子を軸に、人とネコ、桜が繰り広げる心温まるファンタジーだ。震災の体験を語るシーンは会場の涙を誘った。
 復興を誓い立ち上がる人々。公演が終われば舞台は消えてなくなるが、
その思いは強く心に残った。題名にある風の足跡のように。

2012年02月27日月曜日