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marshallのブログ

腰痛・ヨガ・水中歩行と入院

2012-06-01 18:42:13 | Weblog
長年苦しまされた腰痛
ここ2年は ひどいときは2㍍歩行困難
立ち止まり 大空を眺め 何処でもかまわず座り込み
やっと、買い物や郵便局の用事をすませる有様
頭のこめかみから
右半分
足の裏まで
激痛が走る

ベルト
湿布
スプレー
ありとあらゆる情報に従い試したが駄目であった

痛み止めの薬は効くが
やはり、薬は怖い
大事の用事で外出以外は滅多に服用無し

整形外科のすすめで ブロック注射
これもおしりに打つ痛い注射だが たったの一日しか効き目がない

入院となった

大変込みようで ベットの空きまち状態

かれこれ15日は待っているが
未だ連絡が来ない

スポーツクラブに通い始め 10ヶ月

暇な老人
5千円の会費で 週4回通える
平均で週2.5回

ストレッチで準備体操
その後マシンで 体を慣らし 月を応ごとに重さも増し
50代で鍛え 
身に付いた器具の使い方が体が覚えていて
20数年たって 体が反応
垂れ下がった筋肉なしの醜い皮が 締まり始めた

同じジムに ヨガ教室がある
これが結構きつい
やっている内 今はやりのストレッチの初歩である

徐々に 体が柔らかくなり 伸ばした両足状態で頭が着くようになり
5月からは 何と正座のママ 後ろに反り返り 頭が床に着地
開脚は駄目 90度しか開かない

水中歩行も散歩ができないが 水の中で30分は歩けるようになった

さてさて これで入院
手術になったら どうしよう????????

野草 あまどころ 似ている花

2012-05-13 09:23:32 | Weblog
今、盛りに アマドコロが咲き誇っている。
似た花が多く 迷ってしまう

写真が一枚しか貼れないので 興味がある人は 僕の下記のアドレス HPへどうぞ

調べるに当たって 丸1週間
つかれたーー



甘野老 アマドコロ 別名 「似児草」は柔らかい草の意味

地下茎がヤマイモ科のトコロ(ととろ)に似て、甘みがある
ことからこの名がある。

各地の山野、木陰によく見られる多年草。
庭などで鑑賞に栽培され、斑入りの品種などがある。
根茎が甘く、ヤマイモ科のトコロに似てねばりがあるので、
この名があります。古くから根茎を生薬とし、
滋養・強壮薬として利用


(鳴子百合 葉が笹に似ている)  

田畑の害獣・害鳥を追い払う具。数本の竹筒を小板に並べてぶら下げたも


(宝鐸草 ホウチャクソウ 枝分かれ)

宝鐸ほうちゃくとは 堂塔の軒の四隅などに、飾りとしてつるす大形の風鈴


( 姫委ずい 葉が丸い 丈 10センチ) イズイ(委ずい)とは、漢名でアマドコロ(甘野老)の意味


(淡雪草)

写真や詳しくは こちらへ

http://yorozuscrap.web.fc2.com/yasouamadokoro.htm



老いて季節を迎える櫻

2012-05-12 09:35:19 | Weblog
身をつめば老木(おいぎ)の花ぞ あはれなる 
     今幾とせか 春に逢ふべき

自分が同じ境遇を味わってみると、老木の花がいとしく思える。
あと何年、春に逢うことができるのだろうか。
◇身をつめば 元来は「我が身をつねってみれば」の意。
ここでは「自分でその辛さを実感してみれば」ほどの意。


老いらくは心の色やまさるらむ
     年にそへてはあかぬ花かな


老年になると心の色がまさるのだろうか。
年を取るにつれてますます見飽きない桜の花であるよ。

塩竈のうらがなしくも見ゆるかな
     霞にすける海人の釣舟

塩竈の浦はうらがなしく見えるなあ。
霞に透けて見える、漁師の小舟よ。


◇塩竈のうら 宮城県塩釜市付近の海岸。「うら」は「浦」と「心(うら)」の掛詞。
               藤原清輔 ふじわらのきよすけ

花さそふ嵐の庭の雪ならで 
     ふりゆくものはわが身なりけり
       入道前太政大臣(にゅうどうさきのだじょうだいじん)

はなさそう あらしのにわの ゆきならで 
     ふりゆくものは わがみなりけり


風に吹かれて 桜の花びらが 散っている 
雪が 降っているようだ

古りゆくものとは  年月と ともに歩んだ わが身のことか


桜花 散りかひくもれ 老いらくの
      来むと言ふなる 道まがふがに   
              在原業平 ありわらのなりひら


桜の花よ散り乱れてあたりを曇らせてくれ、老いというものがやってくる道を見失うように。


70過ぎると 和歌も心に響くものは じーーんと
突き刺さる老いである。
昨年は櫻がいつ咲いたか記憶にない
今年は思いっきり家族で また茶の仲間と
友人と 何度も桜見物をした。

思うことは 「ことしもみれたんだぁ」
        「来年はみれるだろうか」
元気で
感動の気持ちで
櫻との出会いが
再び願うと言うより

老いの身で
来年のことは考えれれないことだ

きっと
来年
櫻がみれたら

同じ気持ちで
今年も
櫻がみれたのだ と

感動よりも
先に頭をかすめるのは
生きながえる
寂しさ
切なさ
病魔。。。。。。。。。。。・・・・・・・・・・・・・

そなことが
頭を占める

だが 一日一日
毎日が
70代に入って
楽しい日々が巡ってくる

であい
新しい友人

時間がもったいないと言うことはなくなり
早寝


明日のことは
あんまり考えず
今日
一日をゆっくり歩むだけだ

花祭り(隆誕会)(ごうたんえ)茶会

2012-04-09 10:31:49 | Weblog
花祭り(隆誕会)(ごうたんえ)茶会
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花祭り(隆誕会)(ごうたんえ)4月8日
誕生説話(お釈迦様の誕生日)では、摩耶夫人は白い象を飲み込む夢を見、釈迦を妊娠。
お産のため実家に帰る途中、保養に立ち寄ったルンビニーという美しい果樹庭園で急に産気付く、出産。
お釈迦様は生まれてすぐに右手を上げて天を指し、
左手を下げて地を指して真っすぐに立って、そのまま東・西・南・北・上・下の六方向に向かって7歩進み、「天上天下唯我独尊」と言われたという伝説。

「天上天下唯我独尊」とは「他人であれ、自分であれ、人間としてこの世に生まれ出て来ることができて、しかも生命が今自分に宿っているということは、何ものにも代えがたい尊い事実である」と言う意味。
誕生を祝い 神々は祝福

天上から花の雨を降らせ、二頭の龍が産湯を注いだ。

これ故に、花祭りでは花でお堂をいっぱいにし、釈迦誕生仏に、産湯にみたてた甘茶をそそぐ。
生まれたルンビニーという美しい果樹庭園を現し、甘茶をかけるのは、お釈迦様誕生の時、天から2匹の龍が降り、甘露(かんろ)の雨をふらせ、お釈迦様に産湯をつかわせ洗い浄めたという、産湯でありながら頭からかけるのは、2匹の龍がかわるがわる熱からず、ぬるからず甘露を天からふらしたことによるもので、龍をひしゃくにたとえた。ものであります。

当日は 鹿落観音堂にて お経を読み
甘茶を頂き
その後は茶会
亭主は 「庵主さま」と「ムッシュ」つとめる
その後は会席
これが楽しい
震災で壊れた茶碗を金継
つり釜
掛け物は 板橋老師書

お参りに来た人にも一服差し上げる
大好評
花は 冷春のため櫻 椿 水仙が咲かず
寂しいものであったが
座は にぎやか和気藹々であった。


フキ味噌と蕗の薹の天ぷら

2012-04-07 19:14:24 | Weblog
七輪でじっくり 練り上げるフキ味噌
昨年はできなかったが 今年は余裕ができ どうにかふきのとうを摘んでくることができた。
早速 フキ味噌を作った
今回はごまを入れ唐辛子も入れて 大人の箸休め
弁当のおかず
砂糖を控えめに 練り上げる
家族に好評

夕飯は ふきのとうの天ぷら
衣に卵も入れず さっぱりと揚げる

口に入れると解けるように 無くなる
抹茶にお塩を入れて 天ぷらを引き立てさせる

今朝、寒風の中
郵便局まで自転車で吹っ飛ばし 荷物を出す

その帰り 室内に取り込んだ金魚を外に出す準備
冬場は睡蓮鉢が氷でヒビがはいるため 今年は山形の農協で販売している
でかい盥(タライ)を買い求める
其処に田圃の泥を入れ 睡蓮も植え付ける
その泥を田圃より頂いてくる

昨年は全てに余裕が無く
こんな日常のことができなかった