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「ゴタゴタ」の語源は、兀菴普寧!?

2009年03月11日 23時53分09秒 | 【鎌倉・逗子・金沢文庫・横浜】鎌倉検定と散策
兀菴普寧(ごったんふねい)といえば、鎌倉時代中期に南宋から渡来した臨済宗の僧で、鎌倉五山第四位・浄智寺(じょうちじ)の開山とされる3名のうちのひとり。

夜、『いい旅夢気分』「春を訪ねて湘南散策 三浦~鎌倉~江ノ島」を見ていたら、
浄智寺・閑栖和尚さんが、
「このお寺のご住職は一番最初に中国人がなってるんです。
「ごったんふねい」と申し上げた。
兀菴普寧はいろいろな問題を起こして、
その事から「ゴタゴタ」の語源は兀菴(ごったん)さんにあると言われている。」とおっしゃっていた。

ほぇ~(豚じゃないよ)、初耳

ウィキペディアによると、「兀菴普寧は、1260(文応元)年、
蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)と円爾(えんに)の招きにより来日し、
博多の聖福寺(しょうふくじ)※に入った。
鎌倉幕府執権・北条時頼の要請により鎌倉建長寺二世となる。
建長寺の本尊は地蔵菩薩であるが、
兀庵は地蔵菩薩は自分より下位であるとして礼拝しなかった。」

…という話もその一片か、それとも上位の者として当たり前のことをしただけなのか。

ウィキのつづき

「時頼は兀庵に師事して参禅・問法を重ね印可(いんか)※※を受けた。
1263(弘長3)年、時頼が亡くなると支持者を失い、
1265(文永2)年に帰国してしまった。晩年は温州(浙江省)の江心山龍翔寺に住んだ。」

※聖福寺(しょうふくじ)は福岡県福岡市博多区にある臨済宗の寺院。
栄西創建で、日本最初の禅寺として有名である。
※※印可(いんか)とは、師がその道に熟達した弟子に与える許可のこと。
その証として作成される書面は印可状と呼ばれる。いわゆる“お墨付き”のこと

とのこと。
どれどれお顔拝見と探したけど、兀庵さんの画像が見つからなかった。

次に本堂「曇華殿(どんげでん)」に安置されている
左から阿弥陀、釈迦、弥勒の木造三世仏坐像(室町時代)についてですが、

「ふつうご本尊といえば一体。ところがここは三体祀られてあって欲張りなんです。
阿弥陀さまは過去のことを司る、お釈迦さまは現在ですね。
そして弥勒さまは未来のことを司る仏様です。」と和尚さん。

そして、床は瓦の材料と同じで「瓦敷き」という珍しい禅宗様式の敷き方=中国スタイルなんだそう。

あと唐様の二階に花頭窓(かとうまど)のある鐘楼門も紹介されていた。
平安時代から始まったという「御朱印帳」も。
やっぱり映像は頭に入りやす~い
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