たかたかのトレッキング

駆け足登山は卒業、これからは一日で登れる山を二日かけ自然と語らいながら自由気ままに登りたい。

出初式

2020年01月11日 | 年中行事

 

 

消防隊員の団結と士気を揚げる為の目的として今年も出初式が行われました

と言いましても私にとりましては初めて目にする行事です

   

消防車の乗車体験や震度6強が体感できるサービス

 

 

小学生による鼓笛隊がゾクゾク入場して参りました

くったくない笑顔がいいですねぇ

出場前の緊張の一瞬 

 ううん、緊張なんかしてないわ、ただ寒いの!  だって

いよいよ幼稚園生の鼓笛隊による演奏が開始され足並み揃えて入場致しました ガンバレ!

 

 出初式の花形もそろそろ準備段階に入りました

 

 

 

いよいよ、きやり歌が流れる中、組頭を筆頭に梯子持ち、纏い持ち、刺又持ちが

勇ましく入場して参りました

 

 

 

 「火事が起きると、どの方角から煙が上がっているかを見定める為に梯子に登って火消しに知らせた

纏い持ちは火事現場に駆けつけ火災が起きている建物の風下に当たる隣家の屋根に上り

纏いを振って士気を鼓舞した」

先ず組頭による命がけで火事に立ち向かった鳶職人に付いての説明がなされました

 

 梯子乗りが7mの梯子をスルスル登って

「謹賀新年」と裏面に「火の用心」の垂れ幕を掲げました

梯子乗りの写真の整理が出来ておりませんので次回、アップしたいと思いますので

本日はコメント欄を閉じる事に致しました

続く

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思い出に残る山(44)北八ヶ岳・横岳~三ッ岳

2020年01月09日 | 心に残る思い出の山

 昨日の睡眠不足で内山峠からウトウトし始め目が覚めた時はもう麦草峠を走っていた

懸念していた天候も回復し空は見事なまでのスカイブルー

左車窓には南アルプス群が雲の上に輝いていた

標高1784mのピラタスロープウエイ駅から労せず坪庭までの標高差466mを僅か9分

文明の利器のお蔭で日帰り登山が出来るのは有り難いと言うべきだろう

圧倒的に観光客の多い溶岩台地に整備された遊歩道を人混みに揉まれ一人抜き二人抜きしながら

横岳への登山道に入ると、やがて人声が遠ざかると山本来の静けさに包まれた

~(略)~

以前、蓼科山から眺めた時には餅を摘まみあげた様な急峻さに驚いた横岳だったが

坪庭からのルートは、それほど苦も無く1時間弱で山頂に立ってしまった

しかし何時の間にか湧いたガスに遠望はきかず私達はチョコレートを頬張りながら煙る景色を眺めていた

さて、そろそろ降りようかと立ち上がりかけた時、私は石車に乗ってしまい転倒

右腿を強く打ってしまいその痛さと言ったら・・・

それでも他の登山者の手前平静を装って下山したが、その帰り道

「あまりのブザマな倒れ方に他人のふりをした」とげらげら笑う雄さんの薄情さ

何てことと思いながらも私もつられて笑ってしまった

~(略)~

ロープウエイ方面から登山者がゾクゾクと登って来る

途中、三ッ岳の分岐に差し掛かった  当然、左に歩を進めた

足元は溶岩の岩稜帯で岩と岩の間は深く誤って落ちたらチョット抜け出られそうもない個所がイッパイ有る

鎖場をクリアすれば三ッ岳の第三峰だ

 

 

 

   

第三峰への登り

 (この頃の私、随分プクプク太ってます オー、ハズカシ)

三峰から二峰を見やれば岩頭がニョキニョキ乱立している中に猿の顔に似たものが有ったりして

自然の造形の面白さに山頂に居た全員で大笑い(雄さんの右方)

時折りガスが流れて瞬時に横岳が望めたりするがガスの動きは早くその貴重な風景を

なかなかカメラに納める事が出来ない

~(略)~

鎖場で足をブルブル震わせていた奥さんが「笑わないで下さい、本人は真剣なんですから」

と言い残し大岩に這いつくばる様にして下って行った

   

そうして後の二組が下って行った後は私と雄さんだけ、相変わらずガスの流れは速い

小鳥が一羽、岩の先端に停まりチョット一休みすると再び飛び立っていった 

 雨池方面から数組の登山者が登って来るのを機に腰を上げた

(雨池山 )

 

(雨池峠)

 第二峰、第一峰の岩稜を穴に落ちない様、慎重に通過し標識が無ければ通り過ぎてしまいそうな

 雑木に囲まれた寂峰・雨池山で一休みして雨池峠に下った

 空は相変わらずドンヨリしており雨池峠に降り立った時には視界は10m程に落ちた

 此処からの縞枯れ模様はその片鱗が伺えるだけで規則正しい縞模様を観る事が出来ない

 長居をする様な場所でも無いと坪庭に向かって歩き出す

起伏も無く歩きやすかったが視界は増々落ちて数メートルがやっとだ

 

 立ち込めるガスの中に不意に現れた大きな三角屋根、縞枯山荘だった

 ガスが舞うせいか無音の世界だ

林道が一輪、ボーっと浮かんだ  それは目に沁みる紫だった

~(略)~

 冬の間、思い出に残る山の出番が多くなりそうです

備忘録ですのでコメントはどうぞ無理なさいません様に

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だるま寺の達磨市

2020年01月07日 | 年中行事

6日から7日へと日付が変わった頃、少林山の達磨市へ行ってみました

最初に行ったのは私が8歳位だったかな? 2度目は30代の頃だったか?

真夜中で有るにも関わらず人出の多さは凄まじいものでした

ところが、寺と業者とのある問題が勃発し数年前から達磨市も

市と寺とに二分されてしまった事は非常に残念な事です

 

少し早く着きすぎた様で客の姿はチラホラ

 

 

 

高崎市豊岡が達磨の産地となったのは200年程前の大飢饉で苦しむ農民に

寺の9代住職、東獄和尚が「副業にせよ」と達磨の作り方を伝授したのが始まりと言われております

 

 

 

あと1時間あまり   達磨市も屋台も準備万端です

 

      

                                  達磨凧 

達磨さんの絵馬 

           (↑) 北海道から九州までの達磨が地図上に  (↑) 達磨の木型も置いて有ります

                                 これを元に達磨は作られます

両目を入れ役目を終えた達磨がお焚き上げを待っておりました

いいお顔をしてますねぇ

高崎だるまが縁起達磨と言われる所以はお顔に注目

眉は鶴 髭は亀 の形をしている事にお気づきでしょうか

この達磨、値切れば値切るほどご利益が有ると言う事で買い手と売り手の

駆け引きもまた凄まじい物があるのです

その様子を写したかったのですが、とにかく深夜の冷え込みのきつさに負けて

帰ろう!と言う事になり以上の写真までと相成りました

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 7日は七草粥ですね

我が家は家にある物(大根、人参、サヤエンドウ、三つ葉、八つ頭)を使い5草粥でした

コメント (12)
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上毛三山を仰ぎながら

2020年01月05日 | 年間行事

 続き (1/1 初詣を終えて)

赤城山

榛名山

妙義山

子供の頃からずっと目の隅に常にあった群馬の山ですが実際に意識する様になったのは

小学校での運動会での団旗の色だった様に思います

赤城団は赤  榛名団は  妙義団は  白根団は白

団分けがどの様にして作られたのか覚えておりませんが

私の頭のハチマキは何時も白  すなわち白根団でした

小学生でしたから運動会の度に密かに赤いハチマキに憧れていた事を覚えております

妙義山の左隣には八ヶ岳が見えこの時期になりますと、その姿をクッキリと浮かび上がらせます

 

宿稲荷から榛名山の峰の一つ相馬山を正面に見据えて歩けば

雑木に数羽、群がっていたこの野鳥の正体は?

枝を掻い潜り動きが激しく何とか姿を捉えたのはこの一枚だけでした

ホウジロとの事です
イケリンさん、ヒトリシズカさん有難うございました

大して歩いていないのに日頃の運動不足がたたっているのでしょううか

少々疲れて参りましたので横着をして龍門寺さんの境内を抜け近回りを決め込みます

 

 

見ているだけで優しい気持ちになれる子地蔵さんですね

寺の境内を抜けて尚も近道を

私が今の場所に移り住んだ頃には廻り中が桑畑でしたのに近年それがグンと消してしまいました

その名残が目を惹きます

運動場を過ぎれば、もう家は目と鼻の先

清々しい元旦の一日でした

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初詣は宿稲荷

2020年01月03日 | 年間行事

あぁ、愛でたやな~愛でたやな~ 笑う門には福来たる

眉間に皺を寄せず令和二年を笑って過ごそうぜ~

布袋様はそう仰って迎えてくれました

宿稲荷は家から歩いて20分余り 

参詣者も一段落した境内は嘘の様に静かです 

 

「この永代太々御神楽の額が価値が有るんだそうだよ」

私の後ろに居た年配の男性がそう教えて下さいました

普段、神殿の扉は閉じられていますので目に出来るのは本日のみです

 

正月と太太神楽当日以外は龍2体が人を一歩も寄せ付けまいと目を光らせております

 

奥社を飾る見事な彫刻は勢多郡花輪の彫師・石原常三の手に寄るもの

何度みても溜息ものです

縁起物の亀は子孫繁栄を意味しているのでしょうか

親亀の周りには子亀が群がっていますね

人間界では惨い獅子の子落としの図です

「落されても這い上がってくる精神力を持った者で無ければ

待ち受ける厳しい世の中を生きて行きていく事は出来ない」と言う教訓ですね

 

 

 元旦に相応しく晴渡り風も穏やかな一日でした

 令和二年が平穏な年で有ります様に

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