たかたかのトレッキング

駆け足登山は卒業、これからは一日で登れる山を二日かけ自然と語らいながら自由気ままに登りたい。

雨の九頭竜湖 11/2

2015年11月29日 | アウトドア
       

昨夜から降り出した雨は店の方が教えて下さった通り、むしろ強くなっておりました

泊まった道の駅古今伝授の里・やまとには隣接してやすらぎ館と言う温泉(源泉掛け流し)施設が有ります

この様な施設を設けた道の駅が有りますと

旅人にとっては、わざわざ日帰り入浴の施設を探す手間が省け助かります

先ずは登山用に購入した食料で腹ごしらえをし次の目的地「大野」に向かう事に致しました

さて、この付近に適当な山は無いものか

助手席で地図をひろげ探します

見つけましたよ、面白そうな山 大野からも近い銀杏峰(げなんぽ)1441m 










九頭竜ダム湖に差し掛かりました

この道を通るのは3度目ですのでさして期待も掛けず単なる通過点と思っていましたが

紅葉 ドンピシャリ

雨に煙ってはいますが裸眼での紅葉は目も覚めるばかり

山に纏わりつくガスが趣を添え、より紅葉を際立たせているでは有りませんか

テンションが上がります

幸い車の往来も少なく何度、車を停めた事でしょう




賑やかな紅葉とは対照的にそぼ降る雨にひっそり静まる九頭竜湖

雨でもなければ椅子を出して暫く眺めていたい景色です

赤い吊り橋は夢の懸け橋と呼ばれ瀬戸大橋のミニチュアなのだとか

それでも結構な長さです

       

大きなダム湖もそろそろ終わりとなった頃、右手に見えた道の駅和泉ふれあい館で一休み

此処には小さな九頭竜湖駅(写真)が有りダイヤを確認しますと一日5本

ここで下車してもかなり歩かねば其々の目的地に行くには相当な時間を要しそう

グァオー

リアルな動きと共に吼える恐竜

ビックリした~~~

結構、迫力が有ります

道の駅の職員さんに尋ねますと、この付近で恐竜の骨やアンモナイト、三葉虫の化石が多数みつかったのだとか

恐竜も風光明媚な所は知っているのでしょうかね

ついでに明日の天気を聞いてみました

親切にもネットで調べて下さり・・・

でも回答は期待も空しく・・・・雨  雨   雨  

因みに銀杏峰の読みはここの職員さんが教えて下さいました

泣いても笑っても怒ってもシャーナイですね








素通りするには惜しい景色・・・ですよね

ロック式のダムが見える近くの車止めに駐車しシャッターを切ります

早く写さないと景色が変る・・・事も無いのに変に気持ちの焦りが・・・

そこへやって来た地元の御夫婦が「九頭竜のこれ程見事な紅葉は珍しいんですよ」

[此処は昼夜の気温が大きいため色鮮やかに紅葉する] にも関わらず

例年にない紅葉とは何と運の良い事でしょう


少し先でこんな案内板を見つけました

さぁ、どうする・・・勿論 行きますって


滝までは息の上がる結構な登りです

でも、へこたれません






勢いよく流れ落ちる上段の滝

岩に砕け変化を見せる中段の滝、そして下段の滝と

百名山で有る荒島岳から発する水を集めて豪快に流れ落ちる仏御前の滝です






帰りは渓谷美に酔いしれながら・・・


大野が近づいてきました

左に図体のでかい荒島岳が見えてます

私達が目の隅に赤城山を置いて生活している様に

大野の人達は大野富士と親しみを込めた呼び名で山と共に日々の生活をしているのでしょうね

故郷の山・・・いい響きです


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閑話休題その二 我が家の秋

2015年11月27日 | 日記



庭のモミジが真っ赤に色付きました

あらら、年を越さねば開花しない水仙が狂い咲きです

暑くなったり冬の様な寒さで有ったりに面喰っているのは人間だけではなかったんですね

今年の11月は何時もと、どうも様子が違う様です






順当な2種のサザンカ(上2枚)に触発されたか一輪の侘助

名の通りの詫びた姿が好ましいでしょ




こちらはシャコバサボテン、絹の様な光沢がド派手な色をエンジョイしてます

白花は? 花芽を一つも持たないの

旅行に遊び呆けて面倒を見なかった私がいけなかったのかしらん




そして嬉しい実りの秋

ちょっと他所では味わえないメロンの様に蜜がしたたる柿は我が家の自慢です

ブログ友達の皆さんに味わって頂けないのが・・・う~ん残念


選定を済ませたミズナラは装いも新た

紅葉も何処か大人のイメージ


直ぐ前の神社では霜月桜は既に散り紅葉したモミジ葉を

今日の冷たい風が容赦なく震わせました

でも・・・忍の一字 葉を落としてなるものかと踏ん張る姿に逞しささえ感じます

私もガンバロ


東の空に大きなお月様が煌々と輝く今宵

今日も一日が終わりました


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美濃和紙博物館にて大道芸人 11/1

2015年11月25日 | アウトドア



十分「うだつの上がる町」楽しみ駐車場へ向かう途中の事でした

       

後ろから私達を呼び止める声

「宜しかったら私の描いた絵を観て行って頂けませんか?」

この通りにもうだつの上がる家が並んでいましたが商売をしている訳でも無い普通の民家です

趣味で書き溜めた絵を観て貰いたかったのでしょう

「お上手ですね、特に線が素晴らしいですね」と言いますと嬉しそうに微笑む笑顔が印象的でした

達磨大師の絵はその内の一枚です


近くにいた主婦が「只の岩ですけどね、まぁ観て行って下さい」

そう教えて下さった岩は市の指定史跡「岩陰の遺跡」

何か謂れの有る岩なのでしょうか




その先の長良川沿いには川港灯台と言う常夜灯が有ります

今から200年前、和紙は長良川を利用して船で運んでいました

この常夜灯は当時の繁栄を物語る象徴なんですね


右の小高い場所には金森名長近公の小倉山城が見えますが

当時を伝えるものは石垣のみで見えるお城は展望台

一帯は小倉公園として整備され市民の憩いの場として親しまれている様です


この吊り橋は美濃橋

日本に残る最古の近代吊り橋と言う事で国の重文に指定されています

明治時代になりますと美濃紙の需要が増大し水運だけでは とても追いつかず

教谷と上有地(こうづち)を迅速に運ぶ陸路が急務となった訳です

それから後の大正5年、架橋された事により美濃紙の供給は途絶える事がなくなり

増々繁栄を遂げ、目出度し目出度しと言う事になったのですね


車を停めた道の駅・美濃にわか茶屋で売られていた「フジ」と言う種類の柿

大きさが何と高さ15㎝、一つ200円です

「今は渋くて食べられないけどウンダラになったのをスプーンで掬って食べると美味しいのよ」と言っていましたが

硬いのが好きな私には、どうやら縁の無い柿です




さて次に向かうは美濃和紙の里会館

館内は撮影禁止でしたので写真は残っていませんでしたのでジオラマや数々の作品を目に焼き付けるに留まりました

会館の横の広場が何やら賑やか

丁度、大道芸が演じられているところでした

カッパ姿の大高さんの演技です、一緒に楽しみませんか?




















                           良い子は決して真似をしてはいけません





この近くに「瓢ヶ岳」と言う面白そうな山が有ります

明日は、その山に登ろうか

と言う事で道の駅「美並」にやって来た私達

登山口の確認の為、店の方に尋ねますと「明日はですよ」・・・

折角、山の用意も万端整ったと言うのに・・・

どうしよう・・・・・・・・・・

考えても だちかん

ならば山は潔く諦めて先に進み明後日に変更するしか有りません

以前、訪れた郡上は素通りし大野に向けてひた走ります

この先にも良い山がきっと有る・・それを信じて

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(1)「うだつ」と「和紙」の町 美濃 11/1

2015年11月23日 | アウトドア



今日は美濃に立ち寄りました

美濃と言えば「うだつの上がる町」と「和紙」

埼玉県、石川県と共に「手すき和紙の技術」が認められ無形文化遺産に登録されて早一年が経ちました

今日は、その和紙で栄えたうだつの上がる古い街並みを取り上げたいと思います


松の木の向こうに見える家は歴史資料館となっている今井家です

この今井家、江戸時代には庄屋を勤め幕末から昭和10年まで紙問屋を営んでいた商家でした

間口12間、奥行き80間の敷地に建坪90坪という紙商人全盛期を今に残す市内最大級の建物だそうです

私の手には早くも土産の袋が






シットリした間取りに水琴窟の水の音が微かに聞こえる落ち着いた庭

如何に紙で財を成したかが伺えますね




この町には祭の時に「美濃流しにわか」という落語の様に落ちをつける即興劇が競われます

通常4人で行われますが今日は今井家当主(?)が4役を熟して実演して下さいました

       



蔵の内部には町の歴史を語る資料や沢山の貯蔵品が残されています

その中で和紙で作った4m以上有りそうな「日本一の羽子板」に目を奪われました



       



一番町通りに有ります今井家を後に通りを散策しますと

いたる所に夜になると灯りが灯されるで有りましょう和紙の行灯が目を引きます

片隅に有った当時の名残である「馬つなぎ石」にも興味を惹かれました

嘗て牧谷や上有知の紙問屋から荷馬車で紙を運んだ時に馬をつなぐ石として使用されていたんですね






更に歩き二番町通りにやって来た時に屋根の上に面白いものを見つけました

江戸時代、度重なる火災に見舞われた住民は庇の上に「秋葉様」を祀り町の安泰を願ったのだそうです






この家は造り酒屋、小坂家です

他の家と違うのは屋根が「むくり屋根」と言う湾曲した形でしょうか

どっしりした構えの中に、こうした優美さを覗かせる先人のセンス、大したものです

そして暖簾に書かれた美濃の地酒 「百春」

これは「健康で百度目の春が迎えられます様に」という祈りを込めて命名されたとの事

お酒の名前まで洒落てるんですね

       

時代が感じられる土塀に和紙の貯蔵蔵などにも味わいが感じられます




この両家よく見ますと「うだつ」が重なっています

「ん?○○家に立派なうだつが上がったと?

 なに、儂の家の方が上なのに小癪な・・・」

そんなエピソードがどうやら有ったらしいです

そもそも「うだつ」とは防火壁で有ると共に富を象徴するものでした

私達は「うだつがあがらない=何時まで経っても出世しない」と言う言葉を良く耳にしますよね




時を遡っての町歩き・・・少しばかり疲れました


そこへスーッと現れた一台のスポーツカー

カメラを向けると「すみません、直ぐにどかします」

いえいえ、新と旧 そのミスマッチが良いのです、そのまま そのまま

続く


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戦国時代の舞台 岐阜 10/31

2015年11月21日 | アウトドア
犬山を観光した私達は岐阜市へと向かいます


金華山の天辺に見える岐阜城はまるで濃尾平野を睥睨するかのように凛とした姿です




先ずは車を無料の臨時駐車場に置き長良川に向かい歩きますと

葛懸神社の裏手で戯れる巫女さんを発見

神社では七五三のご家族の姿も見られましたが、こんな所で油を売っていたら叱られるのではないですか?

と思いつつも微笑ましい光景にしばし見とれてしまいました

下の写真は神社の隣に有ります岐阜市と中国・光州市との友好都市提携10周年を記念して

平成元年に造られた中国庭園です




こんな街の中で鵜飼が行われていたんですね

・・もう少し長閑な場所を想像していましたのでビックリ

もっとも映像で見る鵜飼は夜ですので周りのビル群は見えないですからね








屋形船のレトロな待合所から南に延びる川原町界隈は格子戸の連なる街並みが連なっています

ここは濃尾震災や空襲の被害にもあわなかった為、江戸、明治の建物がそのまま残されているのだそうです

? 何処か、すっきり見えるのは・・あぁ電線が無かったんですね

多少の不便は有っても古い物を大切にし、それを後世に残そうとする精神は群馬としては見習わなければなりません

       

取り敢えず腹ごしらえをしましょうか

入ったお店は「信長」

戦国の雰囲気を盛り上げようという意図か薄暗い個室でしたが

流れる音楽は何故かポップス

並べられた小皿は前菜ですが美味しかった~


この石段を登って急峻な山道を1時間半、登れば岐阜城です

本当はそうしたかったのですが時間が・・・言い訳に聞こえますか?

ともかく、そう言う訳でして私達は金華山ロープウエイで楽々と

       



この時期、何処へ行っても開かれているのが菊花展

岐阜公園でも御多分に漏れず開催されておりました

菊人形も信長にちなんだ物ばかり、載せた菊人形は見張り人でした






岐阜城は見取り図でもお分かりの様にかなりの急勾配の上に建っています

ロープウエイを利用しても残り20分ほどの登りが待っています

山全体が岩盤なので道幅も狭く良くまぁ、機材も無い時代、こんな所に城を建てたものだと只々感心するばかり

まさに天然の要害、難攻不落とと言われた所以が伺われます

それにしても下から登りあげて来た人はさぞや大変だった事でしょう




この石垣は技術の高さから信長入城後に造られたと言われ側には貯水用の井戸も残されていました

ただ金華山には湧水が無く此処に雨水を貯めていた様です




漸く城が見えてきました


大分、疲れました。焦らず・・・展望台で一休みしましょうか

眼下に広がる濃美平野を貫通するように長良川がゆったりと流れています

さて、落ち着いたところで、もう一踏ん張り






嘗ては斉藤道三の居城でもあり後に織田信長の本拠地とした城、岐阜城直下までやってきました

現在の城は復元された物ですが、ここまで来る過程に岐阜城の真髄は有った気がしましたので

復元いかんにつきましたは気になりませんでした

                

左から斉藤道三、明智光秀、お濃の方、織田信長、最後は笏を持っているので秀吉か信長か一寸迷います

信長だと言っている人も居りますが階位を譲った織田信忠かも???


新しいもの好きな信長はこんな物も所持していたんですね

近眼だったのでしょうか、それとも老眼? だったら親しみを感じてしまう・・・な






やはり城は天守から眺める景色ですね

蛇行して流れる長良川の何と美しい事でしょう

点在する山々のこの景色は何処か足利を思い出させます

空気が澄んでいれば遠くアルプスの山並みまで見渡せるのだとか

美濃を制するもの天下を制す

信長は此処に立ち戦いの無い世の中を築こうとしたのでしょうか

城下町に楽市楽座を置くなどし町は大いに盛り上がったと言われます

鳴かぬなら殺してしまえ不如帰

後に謳われた三武将の其々の気性を表した句は有名ですが果たして当たっているのでしょうか

節によれば、鳴くまで待とうの家康の方が短気だったとか・・・

天から見下ろして「おいおい、そんな目で見てるのかよ」と苦笑しているかもしれませんね

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