H8年9月
六日町一帯は朝霧に沈んでいた。その霧の中に突入する様にICを降りるとさすが米所
右も左も田園が広がり稲穂は黄金に色付き始め、もうそこは秋の訪れを見せていた
早く着きすぎてしまいゲート手前の駐車場で時間調整 待ちきれずに新開道を歩き始めている者もいる
背後にこれから登る恐竜の背の様な岩稜が厳めしく私達を見下ろしていた
7時にゲートが開き8時、やっと動き出したゴンドラで4合目へ
今日は降水確率0%の予報が出ている、そのせいか はたまたこの山の人気の高さかかなりの人出だ
ゴンドラを降り階段を登りあげると樹林下の穏やかな道が暫く続いた
さすがこの時期、咲いている花も少なく紅葉にも届かない中途半端な季節に寂しさは有ったが
こんなに早く八海山に登る事が出来た事に浮き足立ち心は子供の様に嬉しかった
『この辺は誰もが一番楽な所 先は長いぞ 慌てるな』←5合目である
しかし暖勾配だった道も此処まで 次第に勾配が増しゆっくり歩いても汗が噴き出した
『段々登りがきつくなる 見晴らしいいから一休み』←頭を隠した越後駒と中ノ岳が見えた時に
木に掛けられていた標語だ 私達は飴を口に含むと又、苦しい登りに立ち向かった
女人堂 9時10分到着 女人禁制だった頃、女性は此処までしか入れなかった
時代は流れ今は誰もが登れる様になったが、それにしても女性を不浄者扱いは余りにも失礼な事である
真新しい避難小屋前には一際大きな石碑があり沢山の蝋燭を点す燭台が置かれている
白足袋姿で下って行った男女や鈴を付けたお遍路さんが居たりで今でも八海山は信仰の色濃い山であった
目の前にはこれから超えねばならない薬師岳がドッカと腰を据えている
駐車場から見上げた時に見えた一番左の円頂だ
標高差、優に300mは有りそうだ 一瞬、登るのを躊躇ってしまう様な高さである
ー略ー
増々暑くなってきた中、意を決して腰を上げる 先ず祓川まで緩く登ると、いよいよ浅草登り
『七合目、此処は誰でも辛い所 ここから意地の見せどころ』←標語が語りかける
私達は汗を拭いながら階段状の道を一歩一歩登って高度を稼いだ
赤土が剥き出しになった登路は良く滑る 岩稜の登りになるとなお始末が悪く備え付けられた鎖は泥だらけ
滑らない様に笹を掴み慎重に登って漸く薬師岳に着いた
行く手にはハツ峰の基部に建つ千本槍小屋が見えている
緩く下って登りあげると小屋前にはたくさんの登山者が浅草登りに疲れを癒していた
ここからが、いよいよ八海山の核心部だ
小屋から僅かで長い鎖を伝い稜線に出ると木々の丈も低くなり岩石だらけの景色に変わった
足元にはナナカマドの葉が色付き始め
この分だと10月に登る以東岳はいいかもしれないと嬉しい期待を持たせてくれた
左に大きな丸石が有り地蔵岳の標識を見たせいか別方向から眺めるとお地蔵さんの頭に見えなくもない
奥に地蔵さんが2体 いい顔をしている
私達はここでビールを飲みしばし安息の時を過ごした
地蔵岳より相変わらず頂を雲に隠した駒ヶ岳を臨む
目を左に移していくと千本桧小屋の遥か下方にゴンドラ乗り場が
そのまた左には六日町の田園が有り魚野川が高速道路と絡み合いながら、うねうねと横たわっていた
それらを囲む山々は上越国境の山々、巻機山や谷川連峰もその中にあるはずである
行く手に次のピークが待ち構えている そろそろお腹も空いてきた
「とにかく大日岳まで登ろう」と次のピークを目指す
しかし大日岳と思ったピークは不動岳 次こそと思って着いたピークは七曜岳
そこから先にまたピークが待ち構えている
(摩利支天の下り)
五丈岳、白川岳、摩利支天、剣ヶ峰と鎖で登降を繰り返し漸く大日岳の基部に着いた
クライマックスは垂直の岩登り 先ずはアルミの梯子を登り次は鎖を伝い頂上へ
今までもそうであったが特にここは足場が悪く気を許すと下は千尋」の谷
踏み外せば間違いなく人生の終わりだ
ー略ー
周囲の景色に変化は無かったが対岸の駒ヶ岳との奈落に一年中消えない薄黒く汚れた雪が
今もなお残っている そんな事はどうでもいいよとお腹の虫が催促し始めた
とにかく素晴らしいパノラマだ
そんな景色を堪能しながら草地へ移動し最高に贅沢なランチタイムを取る事にした
そこへ女性二人が登って来て足元の草を引きちぎり匂いを嗅ぐと
「これ当帰だわ、ヒステリーに効く薬よ」と話している 私達もその匂いを嗅いでみた
鼻を突く強烈な匂いだ 風呂に入れたり煎じて飲むと精神が安定するらしい
そんな説明を聞いている内、ずっと雲に頭を隠していた中ノ岳と駒ヶ岳が全容を現した
それとばかりにカメラを向ける 撮り終えた所でフィルムが切れた
「ここは直角になっているので、ちょっと嫌な所だけど鎖をしっかり握って一歩降りたら
足場を確保する場所を見つける為にも怖がらずに体を岩から離して」と
先ほどの当帰の女性が連れの年配の女性に適切な指示を与えている声が聞こえた
そろそろ私達も帰る時間が近づいた様だ
全神経を集中して一歩一歩足場を確保し月日の池分岐まで戻った
最初は帰路も稜線歩きと決めていたのだが鎖の多さに飽き飽きした私達は此処から
千本槍小屋への巻道を下る事にした
稜線上からの眺めと違い円筒の塔が重なりながらそそり立つ様は他国の殿堂を思わせる
しかし、こちらの道を選んで良かったと思ったのも最初だけ 此方も鎖の連続だった
道の右側斜面に手向けられた萎れた菊の花が胸に沁みる
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ー略ー
・・・・・・・・私達は快調に駆け下りゴンドラ乗り場にやって来た
たった今まで綱渡りして来た稜線が遥か高くになった
激しいピストンと鎖の連続・・・久し振りの緊張が嬉しかった
六日町に戻り町の人に聞き聞き私達は白百合荘の風呂で汗を流したのでした