母は心の中で生きてる

母が難病(原発性アミロイドーシス)と診断を受け、母の性格を考え告知せず、母の生との別れの後の家族の生活

4月5日(月)

2010年04月05日 22時58分48秒 | Weblog
やっと春休み明ける兆しが見えて来た! って感じです。
長女は毎日部活、だけど一定じゃないから 《今日は午後練習》《明日は午前練習》と様々です。
次女は 午前中何をしているのやら、、、一応宿題は終った形跡がありましたね。

じじぃの入院仕度ですが、まぁ有る程度は揃えました。
あとは本人の暇つぶしの品物だね。

大津から 昨日 香典返しが届きました。
懐かしい『さいか屋』の文字。。。私にとってちょっと懐かしいんだよね。
今じゃ行く機会も無いからさ。
さぁちゃん宅に電話をしたけど 話し中で繋がらず、受話器外れているのかと思ったし(1時間近く掛けても通じないから)
大津に電話したら 伯母ちゃんが出た。
泣いてたね、、、娘の旦那が亡くなった事では無くて、娘があまりにも昔と変わらず言う事を効かないと。。。。
娘32歳、《群馬の学校なんて行きたく無かったのに追い出された》《私の辛さなんて分らない》と言う始末らしい。
年長さんの子を抱え、今迄専業主婦だった人がどうやって 持ち家マンションで暮すのか?
今しか動けないのにね、、、まだ子供が小さいから 子供のリズムは親のリズムでもあるけど、小学校に入る間際で動こうなら被害者は子供だからね。
だいたい、群馬の高校に行くしか無かったんじゃんね、、、中学を登校拒否して 親に暴言/暴力してさ。
今精神的に って事だと思ってたら 今迄ずっと 何かある事に言われてたのが伯母ちゃん。。。
自ら子供を産んで世帯を構えた人の発言じゃないよね。
もぅ親になったのなら 過去に行きたく無い学校だったとしても それは親が必死に受かる学校を探してくれたって思わないと。
難しい性格 って親が言う位だし、親もこれからも送金して解決するならそれが一番の最善策かもね。
一緒に住んだら 何もかも親のセイにして 伯母ちゃんが倒れちゃうもん。
そうそう 何しろそれが一番。

7日の入院の日から9日迄 妹がサポートに来てくれます。
4年前 母が入院した時に 私の娘達はかなり荒れました、、、。
あのノンビリ屋の長女でさえ いじめっ子に変貌。学校呼び出しま毎週だったし
いじめられっこなら理解出来るけど、まさかでしたからね。
4歳違いの姉妹だから 同じ繰り返しにならないように、、、。
九州からわざわざ来て貰うのは 本当に気が引けたけど、一応マスオさん立場のパパの目もあるしね。
親が入院/手術なのに来ない では 親の育て方が露でしょ?
それに 8日はタイミング悪過ぎだ。。。始業式が午前と午後にあって 長女と次女の登校時間が異なるしね。
母程 繋がりは無いから 孫達も 結構裁けているけど 万一 って心情は一番怖いから。