20年前「プロ野球ドラフト会議」で4位指名を受け
当時「近鉄バファローズ」に入団したのが、赤堀元之。
彼は青島中学校から静岡高校を経て晴れての入団であった。
元之には数歳離れた双子の兄弟が居て、長男の方が
私のお客様であり友人でもあった。
その長男の方の紹介で「弟がドラフトにかかる可能性が
あるから頭を小奇麗にしてほしい」との要請がかかった。
入団後は、年々身体も出来上がり会うたびにケツが大きくなるのが
見て判るほどであった。
そのころの近鉄バファローズは全盛を誇った時代で
先発「野茂」、中継ぎ「佐野」、ストッパー「赤堀」
という構図が出来上がっていた。
赤堀も仰木監督(故人)のもと、成績を上げていった。
最優秀救援投手賞5回、2度のリーグ優勝に貢献したのである。
野茂、佐野に可愛がられ野茂が親交のあった「とんねるず」の
番組にも再々呼ばれ、石橋貴明との交友も深めるのである。
現在赤堀は「オリックス・バッファローズ」の1軍
ピッチングコーチとして、後進の指導に当たっている。
その赤堀が去年12月07日、38歳で結婚をした。
その時に出席していた野茂と新郎の赤堀が書いてくれたのが添付の写真
「野茂ボール・赤堀ボール」なのである。
今オフに恒例になっている酒を酌み交わすのが楽しみである。
当時「近鉄バファローズ」に入団したのが、赤堀元之。
彼は青島中学校から静岡高校を経て晴れての入団であった。
元之には数歳離れた双子の兄弟が居て、長男の方が
私のお客様であり友人でもあった。
その長男の方の紹介で「弟がドラフトにかかる可能性が
あるから頭を小奇麗にしてほしい」との要請がかかった。
入団後は、年々身体も出来上がり会うたびにケツが大きくなるのが
見て判るほどであった。
そのころの近鉄バファローズは全盛を誇った時代で
先発「野茂」、中継ぎ「佐野」、ストッパー「赤堀」
という構図が出来上がっていた。
赤堀も仰木監督(故人)のもと、成績を上げていった。
最優秀救援投手賞5回、2度のリーグ優勝に貢献したのである。
野茂、佐野に可愛がられ野茂が親交のあった「とんねるず」の
番組にも再々呼ばれ、石橋貴明との交友も深めるのである。
現在赤堀は「オリックス・バッファローズ」の1軍
ピッチングコーチとして、後進の指導に当たっている。
その赤堀が去年12月07日、38歳で結婚をした。
その時に出席していた野茂と新郎の赤堀が書いてくれたのが添付の写真
「野茂ボール・赤堀ボール」なのである。
今オフに恒例になっている酒を酌み交わすのが楽しみである。