まほろばうつつ

あらためて、よろしく。楽しく穏やかにすごせますように

嫌いの自覚

2020年04月14日 01時03分00秒 | Weblog
自分の元気の度合いをはかるのがまさか怒りの具合とは。怒りというか嫌いの感情というべきか。まー昔は好き嫌いの「嫌い」が言えたのが良かったとか言ってるからなー。ちょっと嫌いの度数があれだけど。昔海外から帰ってきた後、本当に自分の周りの家族、友人、仕事、挙げ句の果てにはネットと全部が鬱陶しくて大っ嫌いで蹴散らかしたかった事を思い出す。正直自分でも「やばい」と思うぐらい全部嫌いってわかったんだよな。あの時。……あのままの私が素直な私とか言って全面に出したら本当にやばいけど。


仲良くしてる子もいるけど別に仲良くはないんだよなーとしみじみ思いながら今日その子と仕事してたんだけど。うん、そうねたまにいらっとくる。仲良しの会話とやらをしてみたいが究極的には自分と会話してたい。だって全ての解釈一緒。あとたまに思うの理想の王子に近いの自分じゃなかろうかと思う時がある。いやー実に他人がいらない世界だ。でも社会性は絶対にいるからそこを忘れないように。


好きなものを好きって言う勇気みたいなのを聞くけど、私には関係がないようだ。好きなものに関しては好きだと思うし。むしろ好きと思い込まねばならないのでは?的な方がありそうだ。いや最近はないかな。それ故狭い世界になってるか。気分がいいのは嫌いなものを嫌いと言える事。言う事はできなくても自覚する事。自覚してそんなに嫌ならそりゃ別の世界に言うよな。どんな世界か知らないけど。


実はとあるヒアリングをしてもらったらそういう気分になったんだが、私が前に進むようスイッチ押します。の結果がこれではないかと。「嫌い」の感情の自覚。自覚すると疲れるからスルーしてたんだけどそれが良くなかったのかな。言いたい事が溜まりすぎてのどに支障が出てるとも言われたし。まあ嘘かほんとかは知らないが。しかし一番気分良いのは褒められたいところを褒めてもらった事かな。実際は褒めてもらえるほどか知らないけど。しかし第三者にそのうち会社から去ると思うって言われると嬉しくってしょうがない。やっぱりーって気分になる。


総合的に見ると私のご都合に良いのは、金持ちの隠居って感じだな。でも嫌いに対するエネルギーはわかったけど、もうちょっとほほえましい感情も欲しいなあ。ごはん食べておいしいとかそういうの。ごはんは食べるのも作るのも面倒。友達と会って楽しい食事…一方的に話し聞くだけだからそんなに楽しくはないか。最近特にそんな感じだもんな。好きはともかく楽しいがないのか、うんないな。好きは楽しいじゃないし。好きは嗜好品に対する感情で行動に対する楽しいという感情はまったく思いつかないな。楽しいって難しい。ああ嬉しいもないや。好き、嬉しい、楽しい。後者二つは思いつかないな。この間車から山桜を見た時は楽しかったな。あれぐらいかな。一人で適当にきれいな景色を見るのが楽しい。これ二人になるとどうでもよくなるんだよな。一人だから余韻に浸れるの。


どこぞで見た二人でいる楽しさを知らないというツッコミを思い出す。わかる私知らない。二人でいる楽しさを知る時など私にくるのだろうか。

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