フィナンシャル・タイムズ(英国)
Text by Tim Bradshaw and David Keohane
ソフトバンクグループ傘下の英IT大手アームは、主に半導体の設計を手がけ、そのライセンス使用料で利益を得てきた。他社と競合しない中立的なビジネスモデルによって急成長を遂げ、業界の雄エヌビディアともパートナー的な関係を築いている。
だが昨今、「アームを対エヌビディア戦略の中核に据えたい」と考える孫正義の思惑に、幹部たちは戦々恐々としているという。アームはエヌビディアの好敵手へと変貌するのか。英紙「フィナンシャル・タイムズ」が同社の社員や専門家たちに取材した。
アップルが、自社製コンピュータのMacにインテル製の半導体を採用した2000年代半ば。アップルCEOだったスティーブ・ジョブズはインテルのポール・オッテリーニCEO(当時)に対し、携帯電話事業へ参入する極秘計画を打ち明け、協力を求めた。
オッテリーニが断ったその計画から生まれたプロダクトは、のちにiPhoneとして日の目を見ることになる。
英国に本拠を置くアーム(ARMホールディングス)が現在、半導体設計市場を独占できているのは、このときのインテルの決断が大きく関与している。
いまや、世界中のほぼすべての携帯電話にアームが設計した半導体が搭載されており、その市場規模は5000億ドル(約75兆円)に達する。これはパソコン産業のそれより2倍以上も大きい。アームはAI(人工知能)市場でも、再びインテルを引き離しにかかる。
「エヌビディア勢の一員」から競合へ
アームはこれまで、半導体市場に向けられた投資家の熱狂の恩恵を受けてきた。2016年にソフトバンクグループ(ソフトバンクG)に買収された同社の株価は、2023年9月のニューヨーク証券取引所「NASDAQ」上場以降、3倍近くに上昇し、その企業価値は1570億ドルに達する。
2024年3月期決算の収益は前年度比21%増の32億ドルに上り、2024年夏にはシリコンバレーを象徴する企業だったインテルを時価総額で抜いた。アームへのこうした評価は、AI懐疑論者にとってはバブル以外の何物でもないだろう。だが同社のレネ・ハースCEOは、AIブームはまだ始まったばかりだと話す。
アームCEOのレネ・ハース。同社は2023年秋にNASDAQに再上場し、話題を集めた Photo: Michael M. Santiago/Getty Images
彼によれば、AIは過去数年間で飛躍的な進化を遂げており、今後もたらされるイノベーションは想像を超える規模だという。さらに高性能のAIモデルの開発には、いま以上に強力なプロセッサ(計算処理をする半導体デバイス)が必要になるため、自社の成長を「きわめて楽観視している」と述べている。
現在のAIブームにおいて、アームは「エヌビディア勢の一員」という立ち位置だ。マイクロソフトとOpenAIは、次世代のGPTモデルのトレーニングなどのため、広大なデータセンターを建設している。そこには、エヌビディアの新しいAI向けプロセッサのBlackwellシリーズと、アームが設計したCPU(中央演算装置)も導入される。
だが、ソフトバンクGの孫正義会長兼社長は、アームにAI向け半導体を独自に開発させることを目論む。そうなれば、近いうちにアームは、エヌビディアの競合企業となるかもしれない。ソフトバンクGはアームの上場後も、同社株式の約90%を引き続き保有する。アームをいまよりはるかに大きな価値を獲得できる企業にしたいと、孫は考えている。
アーム元幹部「考えただけで目が血走る」
ソフトバンクGは10月初旬、OpenAIに5億ドルの出資を決めた。孫をよく知る関係者によると、彼はAIモデルのトレーニングと運用を目的とした新しいデータセンターの中心に、アームの技術を据えたいと考えている。
もしそれが実現すれば、アームはエヌビディアと真っ向から対決するのみならず、IP(知的財産)によって利益を得てきた同社のビジネスモデルを大きく転換することになる。
これまでアームは、主に半導体設計のライセンス使用料から利益を得てきた。他の半導体関連企業と競合する可能性が低いこの中立的なビジネスモデルは、「半導体業界のスイス」と呼ばれてきた。その地位が揺らぐことを、アームの古参幹部は懸念する。
孫の最新の構想に加え、エヌビディアと並ぶ大口顧客で、スマホ用半導体メーカーの米クアルコムとの法廷闘争も激しさを増している。こうしたなか、半導体エコシステムの上位を目指すアームが、パートナー企業との良好な関係を維持するのに苦心しているのではないかと懸念する声もあがる。
エヌビディアが持つ圧倒的な演算処理能力と、彼らが長い年月をかけて築いたAI開発者コミュニティを、アームが引き継ぐのは難しいだろう。アームの元幹部は、「エヌビディアに対抗するために必要な投資額を考えると、冗談抜きに目が血走ります」と明かす。
だが関係筋によると、孫はリスクをものともせず、AI用の半導体事業に力を入れているという。
2023年10月に開催された法人向けイベント「SoftBank World」で対談するアームCEOのレネ・ハース(右)と孫正義
Photo: Tomohiro Ohsumi/Getty Images
インテルの牙城を崩す
英半導体大手アームのレネ・ハースCEOは、ソフトバンクグループ(ソフトバンクG)の思惑について立ち入るような発言はしていない。だが、10月に英ロンドンで開催されたブルームバーグのテックカンファレンスでこう述べている。
「AIに関するあらゆる業務が、何らかのかたちでアームのプロダクト上で実行される。そうした未来を実現するため、私たちはソフトバンクGと対話を重ねています」
アームは1990年代初頭に創業された。当初、英国東部のケンブリッジシャーにある七面鳥小屋にオフィスを構えており、その頃からプロセッサの設計を手掛けていた。アームの設計ベースのプロセッサを搭載したデバイスは現在、3000億台近くに上るという。
アームは起業からいまに至るまで、ほぼ一貫して携帯電話の製造企業を顧客にしている。この数十年、パソコンとサーバー市場を独占してきたのはインテル社のプロセッサ「x86」だった。これに対し、アームが設計した省電力のCPUはバッテリー駆動型デバイスの優位性を飛躍的に高めることに成功し、アップル、サムスン、グーグル、クアルコムといった企業を魅了している。
スタンフォード大学経営大学院のロバート・バーゲルマン教授は、アームの成功をこう評する。
「アームは、真に破壊的なイノベーションを生み出しました。コンピューティング性能では劣るものの、高い省電力機能を持つ同社のプロセッサは、パソコン以外のデバイスにぴったりとはまったのです」
2020年にアップルがインテルのチップ(半導体素子製品の総称)を捨て、自社での開発を始めると、アームはパソコン市場でも躍進し、インテルの牙城を崩した。アップルが開発したチップ「Mシリーズ」は、アームの設計を基にしている。これによりアップルはMacBookのバッテリー寿命を大幅に延ばすことができた。
米エヌビディア 時価総額4兆ドルを突破 上場企業で世界初
7/10(木) 2:14配信 TBS NEWS DIG Powered by JNN
アメリカ半導体大手のエヌビディアの時価総額が一時、世界で初めて4兆ドルを突破しました。 9日のアメリカ株式市場で、エヌビディアの株価は一時、前日の終値の3%高となる164ドル台を付け、時価総額が4兆ドル、日本円でおよそ586兆円を超えました。アメリカメディアによりますと、4兆ドルを突破したのは世界の上場企業で初めてです。 エヌビディアは、AI=人工知能の開発に欠かせない半導体を開発していて、去年6月には史上3社目として3兆ドルを突破。今年1月には、中国のAI新興企業「ディープシーク」が低コストで高性能なAIモデルを開発したことや、トランプ政権の関税政策による先行きの不透明感から半導体需要への影響が懸念されましたが、その後も業績を伸ばしていました。