茶の湯 徒然日記

茶の湯との出会いと軌跡、お稽古のこと

漱石と羊羹

2018-06-06 12:24:19 | 茶の湯エッセイ
 あっという間に月日が経っていきます。前回のブログアップからもう2か月、申し訳ございません。
今回は少し前に会報誌に記事を書く機会に恵まれたので、その記事をご紹介したいと思います。

 ブログを通してご縁を頂き、折々にご指導頂いてきた丹治先生。茶道の先生としての出会いでしたが、「京都漱石の會」の代表でもいらっしゃり、私も入会させて頂いて、会報「虞美人草」を拝読しています。
 昨年春送られてきた「虞美人草」19号の中の先生のエッセイの最後の文章から、「草枕」の中で漱石先生が羊羹の色合いの深さと複雑さについて羊羹の色を賛美していたことを知り、草枕をあらためて読み返しました。そんな折、先生から、エッセイの感想を「虞美人草」にお書きになってみては?と貴重な機会を与えて頂きました。久しぶりに書いた文章は我ながら稚拙で、どうにもお恥ずかしい内容でしたが、先生が幾度となく様々なヒントや知識を与えて下さって、推敲を重ね、書き上げることができました。お読みいただければ幸いです。
 

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 この春送られてきた「虞美人草」19号の中のエッセイ、“谷崎潤一郎の「漱石先生」―厠の陰翳と羊羹の色―”
その最後の文章から、「草枕」の中で漱石先生が羊羹の色合いの深さと複雑さについて羊羹の色を賛美していたことを知り、草枕をあらためて読み返しました。茶道を学び、和菓子を愛するものとしては、茶道に関する記述はどの部分より気になります。

「草枕」より・・・・・・
余は凡ての菓子のうちで尤も羊羹が好だ。別段食いたくはないが、あの肌合いが滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青みを帯びた煉上げ方は、玉と蝋石の雑種の様で、甚だ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生れた様につやつやして、思わず手を出して撫でて見たくなる。西洋の菓子で、これ程快感を与えるものは一つもない。クリームの色は一寸柔かだが、少し重苦しい。ジェリは、一目宝石の様に見えるが、ぶるぶるふるえて、羊羹程の重味がない。白砂糖と牛乳で五重の塔を作るに至っては、言語道断の沙汰である。
 ・・・・・・・・・・・・・・

 羊羹は、一般には小豆を主体とした餡を型に流し込み寒天で固めた和菓子です。大きく分けて、寒天の添加量が多くしっかりとした固さの煉羊羹と、寒天が少なく柔らかい水羊羹、寒天で固めるのではなく、小麦粉や葛粉を加えて蒸し固める蒸し羊羹があります。
もともとは中国の料理で、羊の羹(あつもの)、つまりは羊の肉を煮たスープの類でした。冷めることで肉のゼラチンによって固まり、自然に煮凝りの状態となります。羊肉ほか、豆豉(大豆を発酵させたもの)、葱、生姜などが入っていました。
日本には鎌倉時代から室町時代に禅僧によって伝えられましたが、禅宗では肉食が戒律により禁じられているため、精進料理として羊肉の代わりに小豆を用いたものが、日本の羊羹の原型になったとされます。初期の羊羹は、小豆を小麦粉または葛粉と混ぜて作る蒸し羊羹で、砂糖が使われるようになるのは17世紀以後琉球や奄美諸島で黒砂糖の生産が開始されて薩摩藩によって日本本土に持ち込まれてからのこと、煉羊羹が登場するのは江戸時代になってからです。

 日本には江戸時代から“羊羹色”という色がありました。それは黒染や濃紫の衣服が色褪せてきた様を形容するのに用いられ、一般に羊羹のようなわずかに赤みを帯びた濃い茶色を指すようですが、今はもっと色のバリエーションは増えて羊羹の色は様々です。漱石先生が描写されたように光線の当たり方で赤みがかって見えたり、青みがかって見えたり、微妙な味わいを見せます。

 漱石は東京「藤むら」の羊羹が大好物だったそうです。多分、草枕に出てくる羊羹はきっとこの「藤むら」の羊羹なのでしょう。
 その歴史は安土桃山時代まで遡ります。加賀百万石の祖である前田利家が、豊臣秀吉が催す大名茶会で見事な羊羹に出会います。そして自らの城下で絶品の羊羹を作るよう遠州流茶人忠左衛門に下命。苦心の末、忠左衛門は1626年練羊羹を創製、三代加賀藩主からその見事な味と格調高い藤紫色を称えられ、店名に「藤むら」を与えられ、加賀藩の御用菓子司になったといいます。1751年には前田藩の江戸本郷御影町に移り、「藤むら」を屋号として各種羊羹を売り出しました。本郷に藤村ありといわれるほど江戸市中で名声をあげた名店だったそうです。そして、夏目漱石や森鴎外といった文豪をも唸らせました。
 基本となる原料の小豆を磨きに磨き抜き、豆の外側のアクとなる部分を徹底的に削り取った、贅沢極まりない羊羹だったようですが、今は「藤むら」は残念ながら閉店して、その味をしる由もありません。食された方のお話を聞く限りにおいては、真っ黒ではないグラデーションのあるような色合いが美しく、味も甘すぎず上品で素晴らしかったそうです。
 本郷といえば、私は一時期通勤していた場所であり、知らず知らず毎日「藤むら」の近くを通り過ぎていたようです。今思えば勿体ないことでした。一度味わってみたかった。

 私は小さいころは、和菓子の中でも羊羹は甘くて小豆の味しかしないのであまり好きではありませんでした。
 大人になり、茶道を学び始めてから、上等な甘さと、真っ黒なだけではない切り口の美しい羊羹に出会い、大好きになりました。
 今までに出会った羊羹で一番印象に残っているのは、尾道銘菓の“鯨羊羹”(中屋本舗)。
白いご飯の上に海苔を乗せたような棒状の姿で、一見、棒寿司なのかと疑うほど。道明寺風のご飯部分がモチモチとして、黒い海苔のような上の部分はさらっとした甘い寒天で、喉越しよく、もうひとかけらと言いたいおいしさでした。
 尾道では昔、鯨がとれて、表皮の黒い部分とその下にある白い脂肪分を薄く切って熱湯をかけて水に晒して食べており、これを模した羊羹なのだそうです。
 友人から頂いた”天の川”(七條甘春堂製)も忘れられない一品です。漆黒の羊羹と青く輝く寒天の天の川が見事、七夕の趣向で使いたいと思いました。
 高島屋味百選で出会ったまつ月の“栗羊羹”。餡そぼろと小豆羊羹の2層になっていて、大きな栗がたくさん入っており、材料選びから始まりこだわりぬいた作り方を直接ご説明頂き、味はもとより、心の籠った羊羹として心に残っています。
 虎屋さんの代表的な“夜の梅”は、切り口に浮き出た小豆を夜の闇にほの白く咲く梅に見立てて名付けられたと言い、文政2(1819)年の記録に見え、大正12年には商標登録されているそうです。定番以外に季節に合った羊羹を出しており、これもまた季節ごとデパートに行くたびに楽しみにしています。

 日本には羊羹以外にもすばらしい菓子が沢山あり、出会う度に幸せになります。それぞれに美しい銘もあり、目で見て耳で聞き、口で味わい、まさに五感で楽しめる世界です。小さい菓子の形や色に季節感を落とし込む日本人の美意識の高さにはため息しかありません。

 丹治先生のご文によれば、漱石の記述に対し、谷崎潤一郎も「玉のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光りを吸い取って夢見る如きほの明るさを啣んでいる感じ、あの色合いの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対に見られない」と記述しているそうで、なるほどその通りと納得しました。羊羹の黒はつややかで美しいとは思っていましたが、そこまで羊羹を深く見つめ、感じたことはありませんでした。
 皆様も次に羊羹をいただく時には、光の下でしばし眺めてから召し上がってみてはいかがでしょうか。
 
 羊羹をきっかけに久しぶりに読んだ「草枕」、漱石先生の描写・表現に大いに刺激を受けました。このような機会を与えて下さったことに心より感謝申し上げます。

ご参考 季節の和菓子の銘をお楽しみ頂ければと。

<一月の和菓子の銘>
花びら餅、老松、若竹、千代の友、松の雪、雪輪、初笑い、千代結び、雪山、笹結び、梅花、丹頂、えくぼ、松かさね、水仙、七宝、松ヶ枝、熨斗結び、千代結び、鈴緒、重ね扇、寒紅梅、福寿草、御代の春、千歳、結び文など

<二月の和菓子の銘>
鶯餅、冬椿、ねじり梅、窓の梅、梅衣、飛び梅、東風、庭の雪、里の曙、咲分、藪椿、此花きんとん、冬山、鶯宿梅、さわらび、草萌、福は内、春雪など

<三月の和菓子の銘>
引千切、菜種きんとん、菜花の月、早蕨、蕨、春霞、春風、春の日、蓬饅頭、胡蝶、若草、花衣、桃の里、山路の春、草餅、花車、貝尽くし、雛祭りなど

<四月の和菓子の銘>
桜花、おぼろ桜、夜桜、深山桜、紅桜、桜餅、花筏、花かすみ、春の山、初花、行く春、蕨、胡蝶、花づくし、瀬音、うらら、春の山路 など

<五月の和菓子の銘>
 五月彩、落し文、杜若、麦手餅、柏餅、岩根きんとん、木賊饅頭、薫風、菖蒲饅頭、井手の里、長春、山時鳥、岩根躑躅、藤の花、若楓、時鳥煎餅、荒磯、手綱、葵、菖蒲、流水、竹流し、水紋、青嵐、粽、轡など

<六月の和菓子の銘>
 貝拾い、竹流し、水無月、氷室、撫子、葛焼、水仙饅、ぬれつばめ、夏木立、水牡丹、青梅、紫陽花きんとん、青苔、紅涼水、白涼水、瀧まくら、梅しずく、緑陰、蛍煎餅、楓、水、滝煎餅、早苗きんとん など

<七月の和菓子の銘>
 七夕、天の川、深山の雪、藻の花、岩もる水、うす衣、糸巻、星月夜、稚児餅、星の光、稚児の袖、団扇煎餅、稚児ちょうちん、鉾の影、星の海、薄氷、小波、ひさご鮎、青もみじ、撫子、水、糸巻、桔梗、観世水 など

<八月の和菓子の銘>
 琥珀、滝津瀬、玉すだれ、柚みぞれ、玉藻羹、初秋、水面、蓮根羹、萩の露、流水、如意、竹影葛焼、波の花、涼風、夕立、紅芙蓉、鏡草、月の雫、ひさご、うちわ、遠山、水煎餅、桔梗、夕顔、千鳥煎餅、小菊、岩波、すすきなど

<九月の和菓子の銘>
 こぼれ萩、萩饅頭、月の兎、十五夜、雁の月、桂の月、初雁、兎煎餅、白玉兎、ささ栗、砧、光琳菊、小菊、野菊、万寿菊、桔梗、萩の園、嵯峨野、芋の葉、小芋、豊年、すすき煎餅、着せ綿など

<十月の和菓子の銘>
 秋の野、残菊、宿り木、龍田、みのりの秋、山里、稲穂煎餅、雀、鳴子、福俵、稲の穂、銀杏煎餅、栗きんとん、もみじ葉、照葉、梢の秋、木守など

<十一月の和菓子の銘>
 深山、銀杏、山路、栗かのこ、吹き寄せ、照葉、冬木立、初霜、蔦、もみじ、亥の子餅、深山の錦、薄紅葉、山の幸、龍田、松ぼっくり、錦秋、晩秋、初しぐれ、木枯らし、宿り木など

<十二月の和菓子の銘>
 木枯し、柴の雪、冬ごもり、風花、蕎麦薯蕷、陣太鼓、花椿、寒菊、冬千鳥、百合きんとん、聖夜、雪華、雪餅、善哉餅、凍夜、松の雪、枯松葉、笹の葉、千代結び、結び笹、寒牡丹、うす氷、かぶら、雪輪、薄紅葉、ろうそく、紅白椿など。

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 羊羹と漱石先生の世界をお楽しみ頂けましたでしょうか。私のオススメ羊羹のページも以下に添付しますのでご参考まで。
 夏目漱石といえば、私は小学生の頃の「坊ちゃん」に始まり、高校の国語の授業で「こころ」を読んだのが特に印象に残っています。大人になって改めて読むとまた違った作品に感じます。
 お忙しい中、お心にかけて頂き、成長のチャンスを与えて下さる丹治先生に心から感謝申し上げます。


<ご参考>私のオススメ羊羹

鯨羊羹  中屋本舗
http://www.nakaya-honpo.com/syohin_f/item_f/kujira.html

【中屋本舗】鯨羊羹1本




栗羊羹・柿羊羹 まつ月
https://item.rakuten.co.jp/matuzuki/c/0000000121/

【1855年創業の老舗】まつ月 眠り柿ずくし2本柿羊羹 ようかん 羊かん 干柿 渋柿 完熟柿




夜の梅  とらや
https://www.toraya-group.co.jp/toraya/products/yokan/large/yorunoume/

〈とらや〉竹皮包羊羹2本入竹皮包2本入 羊羹[A]glm【RCP】_Y151001100204_0_0_0




天の川  七條甘春堂
http://7jyo-kansyundo.shop-pro.jp/?pid=31532411


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2 コメント

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Unknown (春旦)
2018-06-16 18:07:55
甘党男子のわたしはもちろん羊羹は大好きです
羊羹=「虎屋」ですが・・・「藤むら」さんって有名なお店があったのですね
味より色合いというのがビックリですが・・・笑
わが家の冷蔵庫に切って入れてあります
大分県日田の明石やさん製です
茶道をしているので抹茶の羊羹を買ってきてくれる友人が多いのですが、ふつうの小豆がすきなんですけど?
「天の川」の羊羹はビックリしましたが、食べるのがもったいない位うつくしい~!
今回も勉強になりました~!
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Unknown (m-tamago)
2018-06-20 11:59:50
春旦さん、こんにちは。
羊羹常備なんですね!
日本には美味しい羊羹が沢山ありますね。

今は亡き母は小城の羊羹が大好きでした。
シャリシャリとした食感とほどよい甘みがよかったようです。見る度、食す度に母を思い出します。
虎屋さん御殿場店には、限定富士山羊羹があって、春休みに行ってみたのですが、予約でないと買えないようで、写真を見ただけ~でした。残念。
どこでもなんでも入手できるようになった昨今、その場に行かないと頂けない、買えないというのもいいですね。
改めて羊羹ひとつで色々な思い出があるなと思いました。
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