平成24年11月8日午後8時50分 享年満8歳(2004年5月に生まれ僅か8.5年の生存期間)




 野良猫が我家の庭で2004年5月に4匹を生んで、育児放棄したので仔猫4匹を飼ってやり、そのうちの雄のボクチンだけが去勢しないまま残っていた。他の3匹はいつの間にかいなくなった。
 もともと病弱なボクチンはしばしば風邪?を引いてクシャミをしては寝込んでいた。食欲がいつも乏しく、数年前、一度高熱を発して食事を受け付けなくなり、激痩せして猫専門の餌はすべて拒否するのでもうダメだろうと思ったが、人間様が食べる若鶏のあぶり焼きスライスやコンビーフで何とか回復した。
 その後、しばらくして歯肉炎や口内炎を発し(それ以前から生後半年もしないうちにその傾向があったのを人間様の抗生物質クラリスで長年悪化せずにいたものが)、突然激しく悪化して血を流すまでになった。とても痛がってもんどりうつことも再三再四。

 それでも食べ物を徹底的に柔らかくしてやることで再度回復し、その後2年くらいはまったく元気だったが、今年になって梅雨頃に、ノミ退治の薬(フロントライン)を背中に投与して以後、急激に再発し、多飲多尿の腎不全の兆候も出現した。獣医さんはフロントラインとは無関係だと断定されるが、時期的には間違いなくこれを滴下した翌日から急激に悪化したことは間違いない。

 様々に治療し、最後の一ヶ月は日々通院もしたが、甲斐なく腎不全を合併し、血尿なども伴うときがあった。
 それでも食事だけは工夫して、亡くなる数日前には猫の腎臓病専用餌を与えると、大いに喜んで食べようと頑張っていた。粘った多量の粘液と腔内の疼痛に耐えながら、この腎臓病食が痛く気に入っているようだった。
 亡くなる前日の昼も食事を摂ったが、その途中でやはり腔内の激痛に耐えかねて中断し、ベットに倒れこむように寝込んだ。
 その後はいかにも疲れたようにグッタリとなり食欲はなくなり水も摂らず、生きることを潔く諦めた風であった。

 そして最後の昼食後三十八時間後に永眠した。


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