父の日記 昭和17年

昭和17年の日記 
ようやく召集解除 神武屯を発ち東京へ向う

昭和17年7月2日

2005-07-02 | 昭和 (父の日記 昭和17年) 
2日 (木) 晴れ 暑し

朝七時高雄出港、我々が朝食中知らぬ間に船は高雄を
出てしまふ。
午前中は何もする事がなくて昼寝。十一時から日直の交代。もう
一廻り巡って来た。
夕刻馬公へ着く。今夜は此処で一休み、明朝出発とか、
高雄から此処までは単独運行、馬公から先は、内地行
く船と途中まで一緒で、十余隻で船団を組み運航するとか、
明朝出発らしい。馬公は去年来たときと同じ、相変らず殺
風景な所だ。樹木一本もない此の島、而し、草は青く
去年の暮よりも色は付いてゐる。軍艦は一隻も見えず。
行く時も戦争に行くやうな気がしなかったが、又帰る時
も戦争帰りのやうな気分がしない。あそびに行った帰りのや
うな、演習帰りのやうな気分だ。マニラを出てからはマニラ
のはなやかさに比べて高雄も馬公も何と静かな事
だらう。僅か半年とは言へ比島のAmericanism
に迷はされたか。噫、もう高雄も大連も新京もハ
ルビンも要らない、一刻も早く神武屯に行きたい。数ヶ
月の後に我々を待ってゐて呉れるものが来るのが待ち遠
しい。それは八月か、九月か、或ひは十二月か。
マニラの思いでも今はもう夢のやうだ。比島のマカベーベの、
マニラの、瞳のきれいな、乙女達よ、お前達は、今の生活が
何時迄続くと思ってゐるか。大きな試練にぶつかる覚悟
は出来てゐるか。お前達の心の中から、生活の中からアメリカ
ニズムを取り去る事は一大難事だらう。

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