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「罪の声」は犯人には届いたのか?〜前代未聞の未解決事件を追った執念と感動のミステリー

2021年10月04日 05時19分10秒 | 映画&ドラマ

 とても力感に溢れ、執念がみなぎる感動作ではあった。しかし私には、肝心の”罪の声”が犯人には届かなかった様に思えた。

 この作品は、”グリコ森永事件”(1984)をモチーフとした、塩田武士の(未解決事件)ミステリー小説「罪の声」(2016)を映画化(2020)したものである。
 兵庫出身の作家・塩田は、大学時代にグリコ森永事件の書籍を読み、脅迫電話に子どもの声が使われた事実を知り、自らと同年代になった(筈の)その子どもの人生に関心を抱く。
 それがきっかけとなり、いつかこれを題材とした小説を書きたいと考えた。
 1984~85年の新聞には全て目を通した。勿論、作中の犯人はフィクションだが、各事件の発生日時や犯人による脅迫状・挑戦状及び事件報道は、”極力史実通りに再現した”という(ウィキ)。

 確かにそれだけの事はあったが、まるで原作をそのまま眺めてる様な気がした。心打つ興奮もあったが、犯人や事件の真相を追いかける焦点が最後までブレてた様に思えた。

 35年前に日本中を震撼させ、未解決のまま時効を迎えた劇場型事件”ギンガ・萬堂事件”。大日新聞の阿久津英士(小栗旬)は文化部の記者であるも、この昭和の未解決事件に戸惑いつつ執念深く取材を重ねていく。
 それは、複数の大手食品メーカーを標的とし、誘拐・毒物混入などの手口を組み合わせた脅迫事件だった。
 丁度同じ頃、京都で父親から継いだテーラーを営む曽根俊也(星野源)は、父親の遺品の中にあるカセットテープを見つける。しかし、そこにあった音声こそが35年前、ある会社を脅迫した(子どもの頃の)俊也の声だった。
 阿久津と曽根は、それぞれかつての事件の真相に迫っていく・・・
(WOWOWより)

 
グリコ・森永事件とは

 昭和の世代なら、この日本列島を大パニックに陥れた、犯罪史上最大の恐喝事件を知らない人はいないだろう。
 映画では、”ギンガ・萬堂事件”となってるが、ギンガはグリコで、萬堂は森永である事も、大日新聞が大阪の毎日新聞である事も容易に推測できる。
 「罪の声」の題材となった”グリコ・森永事件”とは、1984年と85年に大阪と兵庫を舞台に食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件である。
 以下、ウィキを参考にまとめます。

 84年3月、江崎グリコ社長を誘拐し、身代金10億円と100kgの金塊を要求した事件を皮切りに、江崎グリコに対し脅迫や放火を起こす。
 その後、丸大食品、森永製菓などの食品メーカーを次々と脅迫。
 現金の引渡しにては次々と指定場所を変えるも、犯人は一度も現金引渡し場所に現れなかった。その上、犯人と思しき人物が何度か目撃されたが、逃げられてしまう。
 その他、同年5月と9月、翌年2月に小売店で青酸入り菓子を置き、日本全国をパニックに陥れた。しかし2000年2月、東京・愛知青酸入り菓子ばら撒き事件の殺人未遂罪(2件)が時効を迎え、全28件の公訴時効が成立。
 警察庁広域重要指定事件としては初めて、犯人を検挙出来なかった未解決事件となった。

 犯人グループによる計算され尽くした、社長やその家族の誘拐、そして脅迫と放火。
 兵庫青酸菓子ばら撒き、寝屋川アベック襲撃、丸大食品脅迫、森永製菓脅迫、二府(京都・大阪)二県(兵庫・愛知)青酸菓子ばら撒き、ハウス食品脅迫、不二家脅迫、東京・愛知青酸菓子ばら撒きなど、一連の連続する事件は警察捜査の限界を大きく超えてた様にも思える。
 特に、森永の脅迫には(映画で物語の中核をなす)子供の声が使われた。


犯人は一体誰だ

 身代金は要求するが、現金の受渡し場所には現れない。故に一時は、食品会社の株価が乱高下を繰り返し、犯人による株価操作や株の”空売り”や”買い戻し”が疑われた。
 因みに株価操作とは、高値の時に株を売りに出す架空の取引(空売り)をし、値下がりした時に買い戻して、その差額で大きな利益を生む。また、高値に戻った時に株を売れば(買い戻し)、同様の利益を生む事をいう。
 それ以外にも、犯人グループにより警察無線が傍受されてた事も警察の捜査を混乱させる一因になった。
 犯人は1年半の間に、警察には挑戦状を食品会社と報道機関には脅迫状と、計144通を出していた。それに、事件に関わった捜査員は延べ130万人、捜査対象は12万5千人とされる。

 犯人像については、北朝鮮の工作員、総会屋、株価操作を狙った仕手グループ、元あるいは現職警察官、元左翼活動家ら、それに各種の陰謀説など多くの説があり、未だに議論は尽きていない。
 ”キツネ目”の男と呼ばれる不審者の似顔絵も作成され、日本全国を騒がせた。
 因みに映画では、9人の犯人が登場するが、元左翼活動家は曽根達雄(宇崎竜童)であり、総会屋?は経済ヤクザの青木で、元警察官の生島秀樹は”耳が潰れた男”となっている。
 因みに、キツネ目の男は株操作に詳しい男として微妙に描かれていた。

 数ある説の中で、①元グリコ関係者説②株価操作説③北朝鮮工作員説④元暴力団組長グループ説などが有力とされるが、どれも決定打には成り得なかった。
 事実、①に関しては犯人はグリコがすぐ10億円を用意できるのを知ってたとされるし、②の株価操作は一番現実的ではある。③は工作員が金塊100kgを持ってたという事実があるし、④は79年にグリコから5億円を脅し取ろうとした過去があり、被害にあった企業の関係者から3億円の入金があった事が知られている。
 因みに映画では、10億円の要求のつもりが、中央政府から徹底的に監視され、実入りは3000万にしかならず、犯行グループ内でブチ切れたヤクザの青木に元警官の生島秀樹が殺されるという設定になっている。 
 以上、ウィキを参考でした。
 

原作を詰め込みすぎた作品

 この映画では、自らの(子供の頃の)声を脅迫文の声として使われた曽根俊也(星野源)と、ふとした事で日本史上最大の未解決事件を取材する羽目になった、文化部の記者である阿久津英士(小栗旬)を中心に展開する。
 犯人グループの主犯格でもあり、元左翼運動家で俊也の伯父(父の兄)曽根達雄が、英国のヨーク地方を背景にした美しい舞台の中に登場する。
 ひたすら謎の真犯人を追いかけ続けていた阿久津は、”アナタは罪のない人たちを追い詰めた”と達雄を責め立て、物語は終焉を迎える。
 以下、ネタバレサイトを一部参考にします。

 一方で、俊也は祖父(達雄の父でギンガの社員)が過激派と間違えられ、警察に撲殺された事を母から聞く。その上、ギンガ側は祖父を過激派の一員とみなし、庇おうともしなかった。
 お陰で、警察(とギンガ)に恨みを持つ様になり、過激思想を持つ様になった辰雄は、同じく学生運動をしていた真由美と偶然にも出会い、意気投合してしまう。彼女の家族も、警察権力の犠牲になっていたのだ。
 その後、学生運動が下火になると、二人は別れ、真由美は俊也の父親となる光雄と出逢い結婚。一方で、学生運動に疲弊してた達雄も日本を離れ、ロンドンに移り住み、静かに暮らしていた。

 しかし、達雄を犯行に駆り立てたのは、警察を辞めた生島秀樹の一言だった。生島はロンドンに住む達雄を訪ねてきたのだ。
 ”警察や企業に一発、ガツンと喰らわせたい”という生島の言葉を聞いた達雄は、気持ちが奮い立ち、計画を練り始める。
 達雄は、身代金の受け渡しは不可能だと感じ、前々から温めてた(誘拐による)株価操作で利益を生む事を考えた。
 計画を伝えられた生島は、関西で人員を集めていく。その中には経済ヤクザの青木や青酸ソーダを手に入れる山下、キツネ目の男、無線傍受のプロなどが含まれていた。

 1984年にロンドンから達雄が帰国、犯人グループが動き出す。
 同年、達雄から真由美に連絡が入り、“ギン萬事件”の犯人である事を告げられ、協力を求められた。穏やかな生活の中での危険な要求だったが、真由美は協力する事を決め、子供の俊也に脅迫状を読ませ、その声を録音する。
 大掛かりな金銭の奪取を主張するヤクザの青木に対し、リスクが大きすぎると達雄は対立する。間に入った生島が青木たちのアジトに乗り込み説得するも、殺害される。
 生島の残された家族を救おうと、達雄は一家を逃亡させる。靑木たちはその後、独断で計画を進めるが、現金奪取に失敗。自暴自棄になった青木は生島の家族を追いかけ監禁する。その後、逃亡に失敗した娘が死に、母と息子の聡一郎だけが取り残される。

 結局、犯行は未遂に終わり、達雄は再びロンドンに戻った。しかし、阿久津から聡一郎の壮絶な生き様を知り、自分の罪の重さに愕然とする。
 ”ギン萬事件は形を変えた闘争だった”
 ”しかし結果は、犠牲を生んだだけだ”


最後に

 しかし、この映画の本当の主役は、壮絶な人生を送る羽目になった生島聡一郎でも、もう一人の”罪の声”の曽根俊也でも、執拗に(既に時効になった)未解決事件を追いかけた阿久津英士でもない。
 つまり、事件そのものの真相が主役であるべきだった。
 映画に原作の全てを注ぎ込もうという気持ちも理解出来なくはない。しかし、抽象的で絶妙な人間ドラマではなく、未解決事件という難題を追い詰める客観的な解析や、犯罪の本質を深く抉る洞察も必要ではなかったか。

 ミステリーを複雑で微妙な人間ドラマでぼかすのは、日本映画の最も得意とする所だが、”ここで決着を付ける”という直線的で獰猛的な気概も必要ではなかったか。

 (ブログにするのも大変だったが)情報量の多い原作を忠実に再現し、映画化するのは大変な労力のいった筈だが、原作そのままを十全に詰め込んだだけの秀作に思えた。
 ”罪の声”の主は曽根俊也だけで十分ではなかったか?犯人グループは左翼活動家の曽根達雄と、ヤクザの青木と、キツめ目の男の3人だけで事足りたのではないか?
 それに、犯人が要求した10億円がボツになった時点で、展開の幕を下ろしてもよかった。
 その分の空いたスペースを、犯罪の真相と犯人の本音に注ぎ込むべきだった。

 結局は、金か?闘争か?
 しかし、罪のない人間を巻き込むという点では、単なる恐喝犯罪と何ら変わりはない。
 余りにも多岐に渡る豪華絢爛な登場人物のお陰で、事件そのものに当てる焦点がズレてた様にも思えた。
 でないと、肝心の”罪の声”は犯人には届かないだろうし、犯罪を暴く声にも成りえない。

 ”愚直なほどシンプルに”とは、難解なミステリーほど、不可欠な要素かもしれない。
 そんな事を思わせてくれた感動作でもあった。



2 コメント

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結局は (tokotokoto)
2021-10-05 12:55:44
お金が絡んで、犯行は頓挫した。
曽根達雄にとって、犯行は闘争だった。
警察と企業という権力に対する反抗であった。
純粋な感情が強欲に変わったとき、冷静に考え抜かれた計画は破綻する。
生島がなぜ経済ヤクザと手を組んだのかは理解に苦しむが、そうでなければ”ギン萬事件”は誰一人犠牲者を出さずに、英雄伝として語り継がれたのかもしれません。

勿論映画上での話ですが、タイトルの”罪の声”は犯人たちにはその自覚すらなかったように思えます。
つまり犯行の目的がお金に変わった時、罪の声は完全にかき消された。
という推理はどうでしょ〜か?
転んだサンの見解を聞きたいです。
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tokoさん (象が転んだ)
2021-10-05 18:02:18
私も「罪の声」というタイトルが微妙に引っ掛かったんですよね。
犯罪そのものに焦点を絞るのか?犠牲になった被害者に視点を置くのか?
結局は後者になり、曖昧な形で幕を閉じたんですが、力の入った感動作だっただけに惜しいですよね。

特に大金が目当ての犯人たちは、被害者の声って知る余地もないですから、原作者の塩田氏も途中で犯人の真の動機を探るに頓挫したかもです。
犯行が進むうちに色んな人種が重なり合い、犯行の動機が濁ってきたんでしょうか。
「Zodiac」と同じで、”大方判っちゃいるけど明確な答えが出ない”って感じですかね。
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