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”史上最悪の副大統領”ディック•チェイニーの実像と策謀(’20/10/23更新)〜信念という名の大量破壊兵器

2019年05月28日 02時33分53秒 | 読書

 コイツは化け物か?それとも傑出した策謀家か?この本を読んで、こんな人間には生きて欲しくないと思った。信念もここまで偏ると腐ってしまう。まるで腐った理念を持つ化け物だ。

 リチャード・ブルース・"ディック"・チェイニーはイラク戦争の実質の蠕動者&主導者で、J•W•ブッシュ政権の下で副大統領を務め、”史上最強の副大統領” とか”影の大統領”と評される程の影響力を発揮した事は記憶に新しい。
 ワシントンポストの記者であるバートン・ゲルマンが書いた「策謀家チェイニー」は、全ての日本人に読んで欲しい一冊である。
 原題は「angler 2008」。anglerとは釣り師という意味で、企みや小細工で目的を達しようとする策士を意味する。事実、チェイニーは釣りが好きだったらしい。

策謀家チェイニーの真相

 しかしこのチェイニーという人、とても小細工をする様な人には見えない。ゴールを決め、その目標達成の為なら何でもやる。制約があればそれを変える。その集中力、頭脳、バイタリティは半端じゃない。
 チェイニーに関しては、私服を肥やす為にイラク戦争を行ったいう陰謀説が根強く存在する。事実、湾岸戦争とイラク戦争では、彼がCEOを務めるハリバートン(石油掘削機の販売会社)は巨額な利益を得た。
 勿論、そんな単純な悪い奴なら良かったのだが。そうであれば、イラク戦争の失敗からアメリカが学ぶ事は多いし、ブッシュの失脚も容易に想像がつく。

 だが実際には、チェイニーは”史上最悪”どころか、政策遂行能力の高い有能な政治家であったとされる。
 しかし、彼の行き過ぎた信念とその実行力が悪い方向に転がってしまった。つまり、チェイニーの推進力を支えた、ある種の潔癖さが暴走した結果とも見れる。 


チェイニーの悪徳と美徳

 ブッシュの稚弱な鈍感さと優しさとは対照的に、チェイニーの敏感さと冷酷さと実直さはバイス(悪徳)どころか美徳に映る。

 策謀家で利他的で秘密主義な一面を持つ裏方のチェイニーだが。己が信じて疑わない大統領職に対する理想と信念を、実利的に効率よく進める様は、やはり優れた理念を持つ能吏でもあったのか。
 しかし、目的と信念と効率の為なら手段を択ばない独裁的手法には疑問が残るし、嫌悪感を抱かざるを得えない。

 事実、イラク戦争は彼が組織や法律に精通し、誰が何を知っていて、何をどう動かせばよいかを知り尽くしてたからこそできた芸当でもある。
 しかし、本書でも指摘がある様に強すぎる理念のあまり、外野の意見に耳を傾けなかった事が戦争の長期化を招き、矛盾する多くの犠牲を露呈したと。

 この「策謀家チェイニー」は単なるチェイニー批判ではない。チェイニー本人も本書を評価し、人に勧めたとある。事実彼は、政治家としては極めて有能であり、その能力を私利私欲の為に使っている様には見えない。

チェイニーの信念と忠誠とワンマンと

 ”憲法を支え守り、真の信念と忠誠を抱き、大統領の命令に従う”事こそが、彼の理念そのものだったとの下りには、流石に彼に対する考えが揺らぎそうになる。
 しかし、その信念に基づく彼のワンマンで強引な政策推進を今やどう評価するのか?やっぱり俺は彼を評価出来ない。

 チェイニーは、自身の国家理念の為に通信傍受や拷問、それらの隠蔽と合法化を行った。ワシントンポストの記者でもあるゲルマンはそれらを暴くが、チェイニーは”歴史が自分を正当に評価する”と胸を張る。

 アメリカに全てを捧げる彼の思想は正しかった筈だ。少なくとも間違ってはいなかった。しかし、結果として”大量破壊兵器”は存在しなかったし、無実で多くの犠牲者を曝け出したのも事実。但し、ケネディ政権がベトナム戦争を引き起こした、稚弱で安直な失策とは大きく趣きが異なる。
 信念や忠誠のみで行動する事は潔く美しく映るが、結果を伴わなければ単なる”大量破壊”に過ぎない。つまり、チェイニーの類まれなる信念こそが”大量破壊兵器”だったのだ。

チェイニーが信じた正義とは

 人は信念や忠誠や情熱だけで生きれば、テロ臭くなる。排他的策略だけでは、すぐにペテン臭くなる。自己の利益と強欲のみで生きれば無能な独裁者と化す。
 ただチェイニーは、ヒトラーやスターリンやチャーチルみたいに無能で無謀な独裁者じゃなかった筈だ。ホワイトハウス内では独裁者だったかもだが、近い将来アメリカの真の敵になり得る、タリバンやアルカイダを一層しようとした彼の実力行使は、広島と長崎に原爆を落としたトルーマンやオッペンハイマーのそれとは、意味合いが大きく異なる。

 確かに”大量破壊兵器”は存在しなかった。彼は正しいと思う事を信じ、その信念の元で実力を行使した。チェイニーにとって”正しいと思う事が正義”だったのだ。
 これは第二次大戦時の日本の”潔さ”に通じるものがある様な気もするが。
 勿論、日本は正しい?と思う事をやって敗北した。正しい?と思った事が、正しい?と信じて戦った事が、正義ではなく敗北に繋った。
 これはチェイニーが信じた”正義”と同じなのか。結果、彼が生み出したイラク戦争はペテンであり、アメリカの敗北、いやブッシュ政権の失策との烙印を押された。

 日本がアメリカに仕掛けた太平洋戦争が、世界にとって無謀と敗北とみなされたように。チェイニーが仕掛けた戦争は、やはり無謀な正義だったのか。
 正義であっても敗れる時もあるし、緻密に計算され尽くした正義もある筈だ。”歴史が証明する”と彼が胸を張ったのは、そういう事を言いたかったのかもしれない。
 そう思うと、何だかチェイニーが潔い策士にも有能な釣り師にも思えてくる。彼を評価するには時間が掛かるかもしれないし、評価には値しないかもしれない。


チェイニーの秘密主義の暴走と

 チェイニーはニクソン政権以降、様々な規制やルールで弱体化した大統領権限を強化する事に信念を傾けて闘ってきた。その為には、一切の妥協はしなかった。
 一切の情報を公開せず、彼の完璧無比な秘密主義は、情報公開を迫る議会や官僚組織と徹底的に対立した。”目標達成の為には何でもやるし、何をしてもよい”という信念はそこから生まれた。

 結局チェイニーのした事は、対テロ戦争において、大統領権限を私物化してしまった事に尽きる。アメリカに刃向かうテロを無制限に破壊する事を、大統領権限に盛り込んだ。そして、その権限を自ら自由に行使した。
 ”副大統領権限が飾りなら俺は降りる”とは言い得て妙だ。

 多分チェイニーは、ホワイトハウスの人間や政治家という人種が、生産や経済や政治学に無頓着な事が我慢ならないのだ。政治学の博士号を持つ彼は、次の様に思ってたのかもしれない。
 ”論理的悪を知らない奴が悪を行使するから、その悪は絶対悪となる。論理的悪を理解すれば、その悪は必要悪となる。テロリストの悪は信仰上の稚弱な悪であり、そんな悪は大国の信念で潰すべきだ”。

チェイニーは単なる策謀家だったのか

 確かに、彼のやり方は単なる策謀だ。
 しかし彼は、その策謀の結果で起こりうる、具体的な被害と損害まで考える余裕がなかった。あまりにも理念が強すぎて、思考が硬直し過ぎたのかもしれない。 
 事実、イラクへの攻撃の3か月前には、チェイニーが主張した”大量破壊兵器”の脅威など存在しない事が証明されてたという。つまり、彼の徹底した秘密主義こそが犯罪であり、テロである。そしてチェイニーが策謀したイラク戦争は、見事に失敗に終わる。

 ブッシュは人が言う程に馬鹿ではない。少なくとも政治家らしい直観はある。ただチェイニー程、純粋無垢な政策理念で動けないだけだ。それはブッシュが策謀家ではなく政治家だからだ。大統領は色んな事を考えなければいけない。
 一方チェイニーは、緻密で計算高く、しかもアグレッシブに動いた。彼が各省庁に配置した人脈のお陰で自由に動けたのだ。邪魔する者は徹底的に潰した。ライス大統領補佐官もパウエル国務長官も、彼の前では蚊帳の外だった。責任は全てブッシュとラムズフェルドに擦り付けた。 
 チェイニーは追い詰められると度々法を修正した。最高裁もそんな彼を咎めなかった。彼だけが全くの自由だったのだ。ブッシュが批判の雨に晒されても、チェイニーの強い信念に基づく行動と秘密主義は不滅だった。しかしその事が、終いには彼を孤立させた。
 

最後に〜哀れな独裁者の行く末

 結局、チェイニーも単なる独裁者だったのか。”裸の王様”じゃないが、ホワイトハウス内ではそれに近かった。”1つのリンゴを3度かじる”と言われるチェイニーの政治スタイル。その人脈が蜘蛛の巣の様に政官財界に広がっているからこそ・・・。
 ”史上最強の副大統領から史上最悪の副大統領へ”、チェイニーは今でも自分のやった事を歴史が証明してくれると、ホントに信じてるのだろうか。

 もしそれが真実なら、やはりチェイニーは無能でバカだ。”バカ程出世する”とは、ホワイトハウスでも十分に通用した。それはトランプが証明してくれた事だ。
 それともチェイニーは、歴史に名を残す有能な策謀家であり続けるのか。アメリカが分裂し崩壊する時、その答えは明らかになる?



10 コメント

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アメリカは終わったな (lemonwater2017)
2019-06-01 03:50:34
アメリカの繁栄が、こうした捏造された戦争に依存するという事実は、そのままアメリカの消滅に確実に繋がりますね。

地球規模で見れば、そんな大国は存在する必要はない。いま地球からアメリカが消滅したとしても、人類は何不自由しないでしょう。

ここ最近のアメリカは、他国の地で他国のお金で戦争を仕掛け、数多くの人の命を奪い、多くを破壊してきました。

ブッシュが叫び散らす”ならず者国家”は、実はアメリカだった。そして私たちが思う以上に、アメリカは内部から崩壊してるのかもしれない。

”戦争と繁栄”は、テーマにしたらキリがないんですが。国民一人一人が考えるテーマでもありますね。
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捏造され続ける戦争 (paulkuroneko)
2019-06-01 01:52:43
父ブッシュが捏造した湾岸戦争は、イラクゲートスキャンダルとして大きな騒ぎになりました。そして今回のブッシュのイラク戦争もチェイニーが証拠を捏造したとして、大きな話題になりました。

結局、親子共々全く同じ事をして、事実上の失脚をした形ですが。父ブッシュが捏造した湾岸戦争は”アメリカの繁栄の10年”をもたらしました。

しかしブッシュJrが捏造したイラク戦争は何が利益になったのか全くの不透明です。でも戦争資金だけは何とか捻出できたと言えます。

アメリカはデフレになると他国の金を使って戦争し、経常赤字を補填し、自国の経済を復活させます。結局、アメリカの正義の為だけに世界の富を吸い上げ、戦争を仕掛けるんです。

こういうのを見る度に、アメリカは終わったなと思うんですが。未だに世界一の大国として君臨してます。

中国もまたアメリカが捏造した貿易戦争に巻き込まれ、衰弱していくのでしょうか。
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tomasさんへ (lemonwater2017)
2019-05-31 22:10:15
ひょっとしたら、とも思いますが。ビンラディンがアメリカ政府に、執拗なまでに追い掛けられ殺された事実を見ると。何か深い機密を握ってた可能性もありますね。

でも考えればキリがないです。

ブッシュの戦争でブログ立てるつもりです。それで詳しい事は書きたいと思います。
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ビンラディン (tomas )
2019-05-31 15:31:26
ビンラディンは二重スパイとか、CIAの工作員とか噂されますが、本当はどうなんだろうか。

何だかこういう話題はキリがないんですが。私的には、CIA の工作員とみた方が辻褄が合いそうな気もしますが。

転んだサンはどう思われます?
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Unknownサン (lemonwater2017)
2019-05-31 14:49:30
石油の為の戦争から、軍需の為の戦争へですかね。
コメントどうもです。
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Unknown (Unknown)
2019-05-31 11:26:19
石油族もそうですが、それより軍需族の様な気もします。
ブッシュ政権は戦争の為だけの、戦争に特化した政権だったんです。
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政治的手腕というより (lemonwater2017)
2019-05-31 07:05:03
周りが石油族一色だったのか?
単にブッシュがアホ過ぎたのか?

コメントどうもです。
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Unknown (Unknown)
2019-05-31 06:03:31
でも、チェイニーの政治的手腕って凄くね。
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tokoさんへ (lemonwater2017)
2019-05-30 03:41:52
お久しぶりです。

実はこの本は不思議と深入りできなかったですね。興味はあったんですが。読んでる内にペテン臭く思えてきて。

でもアメリカってこういった騙し方って見事ですよね。ほんとにうまい。

結局、アメリカ人もチェイニーも同じで、どうやってイラク戦争の大失態を言い逃れするか必死なんです。

アメリカの言い訳なんてとっくにウンザリなんですが。それをルポルタージュ風に書き出すあたりは、頭下がりますが。
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チェイニーは化物か? (tokotokoto)
2019-05-29 15:01:25
何だか、こんな赤裸々な分厚いドキュメントを読むと日本人は騙せれそうになるんだな。私も騙されそうになった。

しかし途中からやはりおかしいと思った。これはアメリカ寄りのホワイトハウス寄りのチェイニー寄りの視点で書かれてあると思った。アメリカのアメリカ人によるチェイニーの為のよくできたドキュメントだと思ったね。

チェイニーの行き過ぎた正義はアメリカの正義であり、チェイニーの揺るぎない信念はアメリカの揺るぎない信念でもあった。

こういう本を書かせたらアメリカはNo.1だろう。落とし場所を上手くずらしてんだよな。チェイニーがこの本を曲がりなりに評価してるのはそのためだ。

転んだサンも危うく騙されそうになってますね。私も同じですが。読み終わってやはりスッキリしなかった。上手く出来過ぎたペテン本と言ったら失礼だろうけど、でもここまで書ける著者はすごいと思った。

どんな歪曲した信念も、押し通し続ければ立派な信念に見えるんです。
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