世界の王?さんが、ハンク・アーロン(1934−2021)のMLB本塁打記録755本を塗り替えた時、米メディアの多くは日本の球場の狭さや投手レベルを引き合いに出したが、アーロンの偉業の全てを紹介する事はなかった。
勿論、王さんがアーロンの偉業に匹敵するレベルの選手ではない事は明らかだったが、せめて一部でも紹介してほしかった。
王さんは世界記録?となる756本を放った瞬間、思わず両手を挙げ、球場内外の全日本島民の喝采と称賛を浴びながら、ダイヤモンドを一周した。
一方で、アーロンはルースの記録に近づくにつれ、脅しや恐喝を度々受ける様になり、野球どころではなかった。
715号のMLB新記録達成時は、”Thank God it's over”(全てが終わり今はホッとしてる。神様に感謝する)と、内心”殺されるのでは?”と気が気ではなかったという。
一応セレモニーは行われたが、”(正直)早く終わってほしい”とも漏らしていた。
日米のホームラン王
かつては王さんの大ファンだった私には、この時の仁王立ちのポーズがとても貧相に思えた。王さんはどんな時も黙々とダイヤモンドを回っていたのだから・・・
私の親父は、そんな王さんを心から尊敬していた。男はどんなに嬉しい事や感激する事があっても、表情に出すべきではないと教えられた。
多分、王さんは世界記録を塗り替えたと本気で信じ込んでたのであろう。思わず我を見失い、バンザイするのも肯ける。
しかしもし、同じ様な事をアーロン氏が後楽園球場ではなく、メジャーのグラウンドでやってたら、彼は確実に殺されてたであろうか。
つまり、アメリカとはそういうとても怖い所である。
ルースの714本を抜き去った王さんが、アーロンの本塁打記録と比較される様になると、球団は慌てて、当時の本拠地であった後楽園球場の両翼を77mから85mに広げた。
”世界記録”という冠をつけるには、球場のサイズもメジャーレベルにする必要があった。しかし、ルースが本拠地としたヤンキースタジアムやアーロンが本拠としたカウンティ・スタジアムは後楽園球場よりもずっと広かった。
そんな鳥小屋みたいな狭い球場で、それも70年代のメジャー第2黄金期と比べ、明らかにレベルの低い日本のプロ野球での記録を同列で比較する事自体、子供の論調にも近い。
そこで前置きが長くなりましたが、「シスラーとルース」で紹介したジョージ・シスラーもイチローの安打世界記録の狂騒曲の引き合いに出されただけで、シスラーの本当の偉業は紹介されなかった。
一方で、王さんの本塁打世界記録達成の時にも同じ様に引き合いに出されたハンク・アーロンも、その偉業は十全には紹介されなかった。
そこで今日は、そんなアーロン氏の全てを紹介したいと思います。
ハンク・アーロンの全て
アーロン氏は、通算打点もMLB記録2997を持ってたが、当時の日本メディアはそういう事に一切触れず、755本塁打という数字だけを報じただけでした。それに本塁打の飛距離でも全盛期のルースを凌ぐほどだった。
本塁打や打点の偉業以外にも、通算3771安打(MLB歴代3位)、6856塁打(同歴代1位)を成し遂げ、”30−30”をも達成した事のある安打製造機でオールラウンダーだった事にも一切触れまてせん。
クロスグリップ(構えた時の左手が右手より上にある)を大きな特徴とするアーロン少年だったが、この独特のグリップはメジャー入団後も受け継がれた。
ミルウォーキー・ブレーブス(現アトランタ)では、メジャー1年目から頭角を現し、3年目には首位打者(.328)と200本安打(26本塁打)を達成する。
翌1957年には、44本塁打を放ち、本塁打と打点の二冠王となり、シーズンMVPを獲得。ナリーグとワールドシリーズを制覇し、”ミルウォーキーの奇跡”と呼ばれた。
特に、カウンティ・スタジアムのセンター後方にある”ペリニの森”に飛んだサヨナラ本塁打は今でも語り草である。
6年目の1959年、223安打で首位打者(.355)に輝き、OPS1.037もMLBトップで、この頃が前半戦でのピークだったろう。その他、39HR123打点を見ても、如何に彼がバランスの取れた万能型の長距離砲であったかを思い知らされる。
MLB史上唯一の、”ポログラウンズのバックスクリーン(145mでフェンスが9.3 m)への本塁打”を記録した(1962年)のもアーロンだった。因みに、センタースタンド(130mでフェンスが9.3 m)へ放った本塁打も、史上4人目でMLB3人目にして最後の快挙であった。
NYYの敵将ステンゲルをもってして、”奴はベーブ・ルースではなかった”と言わしめた。
長い長い一日
しかし、アーロンの存在は実績に比べてさほど注目されず、ピークを過ぎた1970年代で、ウィリー・メイズの通算本塁打660本を塗り替えた頃である。
1973年、ルースのMLB本塁打記録714本にあと1本と迫った所でシーズンを終えるが、この時こそがアーロンにとって”最も長い”ものとなる。
白人至上主義者による執拗な嫌がらせや身の危険となる脅迫が相次いだ。しかし、この事実がリークし、今度は全米中からアーロンを支持する激励の手紙が届く。
当時アーロンは、”ルースを忘れてほしいとは思っていない。ただ、私を覚えてもらいたい”と訴えている。
翌年の4月にMLB新記録の715本を放ち、その年のオフには日米野球で来日し、王さんと本塁打競争を行う。
アーロンは王の756本の世界記録達成に(米メディアの辛辣なパッシングにも拘らず)、心から敬意を表し、紳士的に祝福した。
因みに、薬物疑惑のバリー・ボンズがアーロンの755本を抜き去った時(2007)、”ボンズという名前の綴りすら知らない”と吐き捨て、アーロンはボンズに対する嫌悪感を露わにした。
その後アーロンは、”私は長年野球をしていたから、シーズン70本以上の本塁打を放つのは無理という事が分かる”と述べ、”薬物疑惑のある選手の記録にはアスタリスクを付けるべきだ”と主張した。
本塁打数がやけに注目されるが、1960年から68年まで盗塁数は二桁を数え、特に1963年には”.300−30−30”(打率3割を含めた)トリプルスリーを達成し、俊足と盗塁術も持ち合わせた”万能の選手”でもあった。
また、自身の打撃スタイルを打撃動作の錬磨に重点を置くテッド・ウィリアムズ型ではなく、相手投手の配球の解析に重点を置くスタン・ミュージアル型であると評価する。
通算3771安打の成績が示してる様に安打製造機としても優れ、20年連続100安打以上も記録した。
以上、ウィキを参考にまとめました。
最後に
今、メジャーリーグは”二刀流”大谷の話題で持ちきりである。
連日の様に、ルース以来103年ぶりの”2桁勝利&2桁本塁打”に日米のメディアは大騒ぎする。
しかし、これは王さんの本塁打世界記録?やイチローの安打世界記録の時の、日本列島を揺るがした当時の乱痴気騒ぎにもよく似ている。
あの時もメディアは、アーロンやシスラーを詳細に紹介する事も特集にする事もなかった。個人的には、せめて王さんやイチローの口から彼らが残した偉業の一部を紹介してほしかった。それこそがプロフェッショナルの流儀ではないだろうか。つまり、天才は継承してこその存在なのである。
そうでもしない限り、メディアや我々庶民は子供の様にはしゃぎ立てるだけで、本当の意味で心を動かす事はない。心の琴線に触れる為には、過去に舞い戻り、偉業を再確認する必要がある。でないと、記録や数字だけが独り歩きし、その記録が奏でる真の尊さに触れる事もなく、忘れ去られるのだろう。
今、大谷の活躍のお陰で、ベーブ・ルースという名が100年以上の時を経て再確認されつつある。しかし、ルースの真の偉業を知る人はほんの僅かしかいない。
そういう私だって、ルースの全てを知る筈もない。
本当の宝物とは、(恐竜の化石の様に)地上に表出するものではなく、発掘し発見するものである。深く深く掘り起こす程に、そのお宝度は高くなる。
昨今のメジャーリーグは、一昔前ほどには活気を帯びてはいない。
国民の娯楽には程遠く、試合時間が長すぎてルールも複雑で、お陰で黒人離れや子供離れを引き起こし、全米のメジャーなプロスポーツの中でも肩身の狭い存在でもある。
今こそ大谷劇場をきっかけに、メジャーリーグも復活してほしいもんだ。
野球なんてアホらしくてやってなかっただろうね。
ボールはバカみたいに飛ぶし、球場は箱庭みたいに狭い。ストライクゾーンも狭いし、ダラダラと5時間近くもプレーする。
ラインアップの中心は中南米ばっかで、<こんな野球イヤだ、昔に戻してくれ>ってルースの叫びがここまで聞こえそう。
オラこんな村イヤだぁ〜♪のルース・バージョンですかね。
予想通り、今日も大谷は四球攻めです。如何にメジャーが廃れてるのか?特にア西地区は風化が激しすぎる。
プライドがないというより、プレイヤーの質自体も低い様な気がします。
そう言えば、バースの時も敬遠攻めで物議を醸しましたね。
せめてランナーがいない時の申告敬遠は禁止にすべきだ。
でも悔しいのは、大谷を敬遠すれば勝率が確実に上がること。
かつて長嶋さんが敬遠攻めにあった時、バットを逆さまに持ったけどそれでも敬遠されたらしい。
言われる通り、これこそがメジャーを大きく退化させる”深刻敬遠”ですよ。
ここまで露骨にやられると・・・
本塁打王と二桁勝利はぜひとも達成してほしいです。
27日が登板予定なので、後2回投げる事になります。どちらもPL学園よりも弱い(イチロー談)マリナーズ戦なので、大丈夫とは思いますが・・・
プレーオフを争うレベルのチームじゃない。
イチローがいた頃からク○なチームでしたが
元々アストロズもマリナーズもお荷物球団だったからこんな時に素性が出るんですよね。
明日で一気に決めちゃいましょう。
通常のグリップだと左肘が十分に伸びきらないうちに右肘が巻き込むからヘッドが伸びきらない。
しかしクロスすれば左右の肘が伸びきるからその分ヘッドが伸びて飛距離が出る。
メジャー屈指の安打製造機であり長距離砲でもあったアーロン氏の実に考え抜かれた打法ではないか。
大谷もゾーン内に来る球は積極的に打って出ないと、四球はこれからも増えるでしょうね。
明日は期待したいですね。
王さんの一方脚打法はプロ入り後でしたが、アーロンのクロスグリップは子供の頃自分で編み出したものです。
それだけでもアーロンがすごく偉大なホームラン王である事が証明できますね。
ベーブルースでもなし得なかった135年ぶりの記録らしいです。
とは言っても
打てんですね、我がエンジェルスは・・・
大谷も変化球ばっかでそんなに良くはなかったけどマリナーズも貧打でした。
でも0点じゃ勝てんです
大谷かわいそうです。
”150K&150塁打”は20世紀の近代ベースボールでは史上初の大偉業です。
去年から噂にはなってましたが、これこそが大谷の本当に凄い所ですよね。
昔みたいに球場が広くても、大谷の脚と打撃パワーなら本塁打は限られますが長打は稼げます。奪三振はア西地区の貧打も手伝ってか評価が難しい所ですが・・・
でもここまで来たら、二桁勝利と本塁打王をとってほしい気もします。