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村山由佳 『花酔ひ』 読了

2018年11月27日 23時05分13秒 | 読書
こんばんは、ジニーです。



いやぁ、またため込んじゃいました。
今月読んだ本の感想を、少しずつ更新していきます。

11月最初の読書は、村山由佳さんの「花酔ひ」。

なかなかハードな大人の作品でした。


僕は読書を通勤と帰宅の電車の中でするのですが、
この作品は、なんていうのでしょう、ごめんなさいって感じでした。
朝っぱらから、だいぶ過激な内容を読んでいたのでね・・・。


僕の中では村山由佳さんは大きく3つの期に分かれています。
デビュー当初の、ライトノベル風な時代。
天使の卵に代表される、イノセントな時代。
そして本作品辺りの、アダルティックな時代。

僕は天使の卵から入ったファンなので、その雰囲気を携えている作品が
やはり好きで、好んで読んでいました。

しかし、この度、意を決してアダルティックな作品に手を伸ばしてみたのです。

主要なメンバーは、二つの夫婦。
時代物の呉服を商いする結城麻子と、ブライダル業界に身を置く小野田誠司の夫婦と
葬儀屋を営む桐谷正隆と、その葬儀屋を立ち上げた創始者の一人娘である桐谷千桜の夫婦。
互いの男女が、交錯し、内に秘めていた知らなかった自分と出会い
抗うことのできない官能の底へ堕ちていくという物語です。

何処か陰鬱な空気を湛えながら始まる物語は、知ってしまった内なる自分と
その解放を迎えた瞬間を絶頂に、やるせない終焉を迎えます。
いったん放流された本能は、堰を切ったような勢いで
理性という堤防をいともたやすく決壊させてしまいます。
体が知っている快楽は、どうにも抵抗することは難しいのです。


語弊を恐れずにいうと、やはりこの人の作品は凡庸だと感じます。
奇をてらっていないのです。
しかし、本質はこの物語の中で、蔦のように絡んでくる男と女のあけすけな
卑しさと素直さ、そして潔さ。
人物の心情や心の些細な動きを文章に閉じ込めることがうまいからこそできる
荒業のようなものだと感じます。
理性では到底追いつけない、人間としての性(サガ)を、圧倒的に見せつけてくるのです。

いわゆる道徳的な観点から、法を犯すことは罪であると誰もが知っています。
それは常識です。
本作の登場人物の場合は、夫婦という関係性をもって道徳性を際立たせているのですが、
真の自分の姿に気付き、溺れ、堕ちていく過程を目の当たりにする中で、
ふと、当初のそれぞれの夫婦の姿が、痛々しいくらい束縛された非常識な姿に思える瞬間がありました。
道徳に背き、本能のままに快楽をむさぼる姿にこそ、生きる意味を感じるのです。

しかし常識の観点から、あまりにも歪なその関係性は、あらゆるものを犠牲にします。
天秤に掲げたときに、どちらが高く掲げられるのかは、当事者の倫理観によるものなのかもしれません。
小説だから味わえるトリップのようなものが、本作を通じて得られるものではないでしょうか?


初めて触れた村山由佳の、ドロリとしたリアリティに、彼女の鬼を見た気がします。
とても、懐かしく、愛らしい、狂気の鬼。
ある意味、村山由佳という物書きにとっての、一番書きたかったも野なのかもしれません。
そんな物書きとしての悦びがあふれている気がします。


個人的には、非常に深い読後感があり、なかなか感想を書く気になれなかったのも本当のところです。
モノの感じ方は人それぞれですが、きっと同じような感想を持ってもらえるのではないかともいます。
よろしければ、その手に取ってみてはいかがでしょうか?

きっと、酔わされます。





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