こんばんは、ジニーーです。
皆さん、9時10分前と言われたら、何時何分ごろを思い浮かべますか?
僕は8時50分を思い浮かべました。
だけど、大分のほうではそうではないそうなのです。
僕が思い浮かべた8時50分のことを大分では「9時前10分」と表現するそうなのです。
ちなみに大分の方に「9時10分前」と言うと、9時8分くらいを思い浮かべるそうです。
要するに土地によって物事の表現の仕方が違うと言うことですね。
どこでそういう違いが生まれたのかは分からないのですが、方言とは違った面白みがそこにはあるような気がします。
自分にとって当たり前のことが、相手にとって当たり前のことだとは限りません。
これは土地によるものもそうですが、人それぞれの価値観についても同じことが言えるのではないかと思います。
よく「そんなの当たり前じゃないか」と思ったり言ってしまったりする場面があるかと思いますが、それって結局自分の中でのものの見方でしかないんですよね。
相手の都合や価値観を考えれていないとそういった言葉が出てきてしまいがちですよね。
冒頭での土地による表現の仕方の違いからずいぶん哲学的な範囲にまで話が進んでしまいましたが、十人十色という言葉があるように、人にはその数だけものの考え方や価値観があります。
そこをないがしろにしないようにと、ふと感じた瞬間でした。
皆さん、9時10分前と言われたら、何時何分ごろを思い浮かべますか?
僕は8時50分を思い浮かべました。
だけど、大分のほうではそうではないそうなのです。
僕が思い浮かべた8時50分のことを大分では「9時前10分」と表現するそうなのです。
ちなみに大分の方に「9時10分前」と言うと、9時8分くらいを思い浮かべるそうです。
要するに土地によって物事の表現の仕方が違うと言うことですね。
どこでそういう違いが生まれたのかは分からないのですが、方言とは違った面白みがそこにはあるような気がします。
自分にとって当たり前のことが、相手にとって当たり前のことだとは限りません。
これは土地によるものもそうですが、人それぞれの価値観についても同じことが言えるのではないかと思います。
よく「そんなの当たり前じゃないか」と思ったり言ってしまったりする場面があるかと思いますが、それって結局自分の中でのものの見方でしかないんですよね。
相手の都合や価値観を考えれていないとそういった言葉が出てきてしまいがちですよね。
冒頭での土地による表現の仕方の違いからずいぶん哲学的な範囲にまで話が進んでしまいましたが、十人十色という言葉があるように、人にはその数だけものの考え方や価値観があります。
そこをないがしろにしないようにと、ふと感じた瞬間でした。