法音カウンセラー 釋 真聴 《日乗》

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(あっさり)~ “共感”を考える ~

2020年05月26日 22時26分47秒 | 毎田周一師の言葉

毎田周一師の「ことば」をお届けします。
   (毎田周一全集 第5巻)

仏教の育てを受けて来た日本人が、(あっさり)してゐる、
淡白であるといふのは、事柄を事柄に委すといふことである。
前にいつた事実の承認である。
それは自分の考へを主張したり、
主観を固持したりして頑張らないことである。
(あっさり)といふところに、だから日本人の救ひがあるのである。
(あっさり)といふことは、
認識そのものゝの立場である。
事実を事実のありのまゝに承認する、認識するといふのみで、
そこへ人間の意思を、さしこまうとせないことである。
この知性のみといふ立場があっさりといはれる。
日本人の独特の仏教の受領の仕方である。
そしてそれは仏教の本来的なことでもある。


40年以上前になります。
ロージャズのカウンセリングを学び始めたころ、
「共感」について学びました。

ロージャズのパースナリティー理論には、
「自分はあたかもその人になるのだが、
しかも決して“あたかも……のような”という条件を失わない状態」とある。

共感(as…if)を、このようにおさえた。

それから40数年後。
毎田周一師の、
事実を事実のありのまゝに承認する、認識するといふのみで、
そこへ人間の意思を、さしこまうとせないことである」
と重ねて領解している。

仏教(仏道)は、葬式や法事のソエモノではありませんよ。(笑)
あなた自身の内奥に眼を向けることです。


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