とね日記

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機械式計算機ノスタルジア(タイガー計算器)

2012年03月17日 18時53分18秒 | iPhone、携帯、電卓
タイガー計算機(昭和20年代後半製造のもの)


ユニクロの柳井社長やソフトバンクの孫社長のように未来のことばかり考えている人たちを別にすれば、ふつうの中年オヤジの頭の中はノスタルジアの占める割合が年を重ねるごとに増えていくものだ。前回の「計算尺ノスタルジア」に続いて今日紹介するのは機械式の計算機である。

ついに手に入れることができたタイガー計算器!(計算機ではなく計算器である。)

1923年の1号機発売に始まり最後のモデルは1970年まで販売されていた。1923年は関東大震災、1970年は大阪万博が開催された年である。科学計算だけでなく広く一般事務用として使われていた。1970年代までに卓上式の電子計算機が発売され、1972年には日本初の小型電卓「カシオミニ」が発売されて、機械式計算機の時代は幕を閉じた。


タイガー計算器入手の経緯

この計算器をノスタルジアと呼べるほど僕は老けていないが、子供の頃の記憶のどこかに残っているような気がする。いや、もしかすると(後述する)竹内均先生がタイガー計算器を回し続けたという逸話を20代の頃に耳にして記憶が書き換えられてしまったのかもしれない。(記憶の書き換えについては最近京極夏彦の小説でも読んだ。話はそれるが昨日僕は5冊目の「絡新婦の理(じょろうぐものことわり)」を読み終えたところ。これまで読んだ中では最高傑作だと思う。)

貴重なものだから入手するのは無理だろうと諦めていたのでオークションサイトをチェックするようなこともしていなかった。ところが今回ヤフオクで計算尺を落札させていだいた方と取引ナビで連絡し合っている中で、その方が最近この計算器を落札されたということを知り、ヤフオクで検索したところたまたま出品されているのを見つけたわけである。商品説明によると完動品だという。

オークション締め切りまで入札した人は誰もなく、開始価格で僕が落札することになった。落札価格は伏せておく。僕が購入したのは製造番号No.139247。「手廻し計算器の変遷」というページを見るかぎり昭和20年代後半に販売された「連乗式第20号」のようである。サイズはタバコの箱と較べるとわかりやすい。

クリックで拡大



タイガー計算器とは

この計算器については次のページをご覧いただきたい。この計算器を開発、販売していた「株式会社タイガー」のホームページ内のページだ。(実は僕の家からすぐ近くの会社だと後になって気がついた。)

タイガー計算器資料館
http://www.tiger-inc.co.jp/temawashi/temawashi.html

計算器が届いたのがこの間の日曜日。1時間くらい遊んでいたらひと通りの使い方をマスターできた。この計算器を使えば10桁どうしの数の加減乗除ができるわけだが、足し算、引き算はハンドルを2回まわすだけで計算できる。

掛け算は足し算の繰り返しだが、x1342をするからと言って1334回ハンドルをまわすわけではなく、1位の桁から順番に桁をずらしながらそれぞれ2回、4回、3回、1回まわすことになる。基本的な考えは小学校で習う縦書きの筆算による掛け算と同じだ。大雑把に言えば割り算も筆算と同じ手順だと考えてよい。

だから足し算、引き算についてはソロバンのほうが効率がよく、この計算器の威力が発揮されるのは掛け算、割り算を含んだ計算に対してである。足し算、引き算は手廻し2回ですむわけだが、足す数をレバーで順番に入力しなければならないので、この手間が無視できないというわけだ。

しかしソロバンと違って、1)頭で計算しなくても計算できる、2)計算ミスはおきない、というのが計算器を使う最大のメリットである。今では当たり前のことを強調しているのが可笑しい。

以下のページはこの計算器の使い方と、パソコンで実行できるシミュレータである。

タイガー計算器使用方法
http://www.tiger-inc.co.jp/temawashi/torisetu.html

タイガー計算器シミュレータ
http://kouyama.math.u-toyama.ac.jp/main/computer/personal/tiger/

タイガー計算器による足し算:まず765をセットしハンドルを1回転して下段0のところに761を置く。(0に761が足される。)次に961をセットしハンドルを1回転して下段の765に961が加えられ、答の1726が表示される。電卓で「M+」の計算をしているような要領だ。)


引き算連続した掛け算割り算


精度の高い関数計算をするためには

三角関数や指数・対数関数は科学計算をするためには欠かせない。計算尺を使えば有効数字3桁でこれらの値を得られるのだが、より精度の高い値が必要になることもあるはずだ。当時は三角関数表や常用対数表で有効数字6~7桁の関数値を知ることができた。これらの表は手計算によって求めたり、このような機械式の計算機を使って求めていた。

関数の値を計算するためには、テイラー級数を使えばよいわけである。たとえば三角関数 sin(x) は次のようにテイラー展開される。



ここで式の右辺が加減乗除だけで計算できるということが大事なわけである。sin(x)の値は右辺のxの値に具体的な数値(角度はラジアン単位)を入れて計算すればいくらでも正確な値を求めることができるのだ。科学の分野で使う関数にはほとんどすべてこのような xのべき関数による近似式が対応している。sin(x)も含め、いろいろな関数の近似式は以下のページで確認することができる。

テイラー級数展開の計算(オンライン)
http://ja.numberempire.com/taylorseriesexpansion.php

また、WolframAlphaを使ってsin(x)をテイラー展開するには次のように入力すればよい。

WolframAlphaによるsin(x)のテイラー展開
http://www.wolframalpha.com/input/?i=taylor+expansion+sin%28x%29

今では関数電卓やパソコンを使うのが当たり前だから、このようなテイラー展開の有難みに気がつかない人もいるかもしれないが、関数電卓の登場する1972年まではとても大切な計算方法だったわけだ。


古在由秀先生:タイガー計算器の達人

初代国立天文台長で現在県立ぐんま天文台長をされている古在由秀先生は天体力学の計算のためにタイガー計算器をお使いになり、誰よりも速くハンドルを回せたことを自慢されていたそうだ。古在先生による天文学入門書は中学、高校生のころ何冊か読んだことを覚えている。

古在由秀(県立ぐんま天文台長)
http://www.astron.pref.gunma.jp/etc/staff_kozai.html

古在先生がお使いになったのはおおらくこのタイガー計算器だと思われる。

国立天文台アーカイブ室新聞 (2009 年 3 月 31 日 第 159 号) :PDFファイル
* タイガー計算機、そろばん、計算尺、電卓を収蔵
http://prc.nao.ac.jp/prc_arc/arc_news/arc_news159.pdf


竹内均先生とタイガー計算器

そしてタイガー計算器のことを20代の頃の僕に強く印象づけたのは地球物理学者の竹内均先生である。僕にとって(そして僕と同年代の科学好きな若者にとって)竹内先生とは東大名誉教授であるにもかかわらず次のようにマルチ人間としてとても目立つ存在であった。

1)映画、日本沈没(1973年版)に特別出演され、地震の発生するメカニズムであるプレートテクトニクスという竹内先生ご自身の専門分野の理論を解説された。当時、先生は53歳である。






日本沈没(1973)予告編:筆文字のロゴが下手くそである。(笑)
注意:大津波の映像が含まれています。



2)NHK教育テレビ高校物理講座を担当されている先生。

3)代々木ゼミナールで物理を教えていた先生。(後に代々木ゼミナール札幌校の校長になられた。)

4)数々の科学啓蒙書、一般教養書をお書きになったことで知られていた。(アマゾンを「竹内均」で検索してみる。

5)科学雑誌Newtonを1981年に創刊され、2004年にお亡くなりになるまで初代編集長を務められた。この雑誌を創刊することは先生の科学啓蒙活動の目標として長年の夢だった。以下の動画に竹内先生が出演している。

閃きの源泉 竹内均 Reprint


今日現在、2代目編集長をされている水谷先生による「編集者の声」には、竹内先生が科学雑誌Newtonにこめた想いが紹介されている。1999年に竹内先生がお書きになったものだ。



竹内 均先生のご逝去を悼む(水谷先生による追悼文)
http://www.zisin.jp/modules/pico/index.php?content_id=489


このような竹内先生がまだ若き30歳の研究者でいらっしゃた頃、ご専門の「地球潮汐」の研究のために2年間タイガー計算器を回し続けたのだそうだ。月の引力によって海水面が盛り上がるのと同じ理由によって、弾性体である地球も月の引力によって変形する。これが地球潮汐である。

地球潮汐:


先生が40代だった1960年代には「地球自由振動」の研究にタイガー計算器を使用されていた。巨大な地球は弾性体であるから釣鐘のように振動する。地球内部は深さによって密度の異なる粘性のある液体(マントル、外核、内核)なのでその振動を求めるためにはは膨大な数の偏微分方程式を解かなければならない。「機械式計算機のメーカー・販社を訪ねて(3)」というページを見ると電動のタイガー計算器が発売されたのが1964年なので、はじめのうちは手廻し式を使っていたのだろう。

地球自由振動(代表的な振動パターンと周期)


このページで振動のいろいろなモードをシミュレート動画として見ることができる。
https://saviot.cnrs.fr/terre/index.en.html



このページでも地球自由振動のシミュレーションを見ることができる。(ページ内のリンクをクリックすれば見れる。)

Spherical Harmonic Oscillation
http://homepages.see.leeds.ac.uk/~eargah/Sphar/index.html

竹内先生が求めたのはこのうち54分という最長の周期だ。加減乗除しかできないこの計算器をいったい何回まわしたことだろうか?ルンゲ=クッタ法とかを使ったのだろうか?後に東大にコンピュータが納入され、地球自由振動の計算をしてみたところ数分で竹内先生と同じ計算結果がでたという。

先生が研究された地球潮汐や地球自由振動は、地震学、とりわけ地震波の解析にとって重要な要素で、昨年の大震災の分析や将来起こりうる巨大地震の予知や被害予測の研究のための基礎になっている。そもそも地震波の解析によって地球の内部構造が明らかになり、地球が巨大な磁石になっている原因が鉄を含む地球内部のマントル対流によるものであることもわかったのである。日本だけでなく世界的なレベルで地球物理学という分野をリードしたのが竹内均先生なのだ。

参考記事:僕のお宝(その2):竹内先生のサイン入りのNewton、第0号

ニュートンの0号と創刊号の思い出
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0bff55e11fe0fa8fd8f23e431724c678


タイガー電動計算器(E64-21)

ところで僕がタイガー計算器の落札に夢中になっていたころ、電動式のタイガー計算器がオークションに12万円で出品されていたことを後から知った。電源ケーブルは自作しなければならないようだが完動品のようである。今回は買い手がつかず締め切りを迎えたので、そのうちまた出品されるかもしれない。

このオークションのページ:
http://page10.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/m84472269

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6 コメント

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Unknown (noboshemon)
2012-03-18 01:27:31
出ると思った ^_^;

2000 年頃まで、似たのを持ってました。
1980 年頃、古道具屋で千円だったかなあ。
乗除の結果をもう一度使える仕組みに
感動した覚えが。

ウルトラセブンで富士山の地下から現れる
ポインターという車に、
手回し計算器が乗ってたよーな記憶が。。。

だいぶ検索してみたけど確認できませんが、
ウルトラ警備隊ってば、
紙の鑽孔テープ読んだりしてたし。。。
返信する
コレクター (271828)
2012-03-18 05:01:55
とねさん おはよう

私の住む前橋には500点もの機械式計算機のコレクターがいます。
http://blog.goo.ne.jp/slide_271828/e/89f90a564d735760227a227eba37464d
記事を書いたまま忘れていたのですが、連絡して拝見させて頂きたいと思っています。
返信する
noboshemonさんへ (とね)
2012-03-18 12:09:21
> 出ると思った ^_^;
予想的中でしたか!(笑)

ウルトラセブンも懐かしいですね。モロボシ・ダン(諸星弾)を演じていた森次浩司さんのお店にも行ってみたいです。先日水戸黄門の再放送に出演されているのを見て「ウルトラセブンだ!」と喜んだばかりです。

ポインターには手廻し計算器積んでたのですか!すごい観察力ですね。ウルトラセブンの穿孔テープ、僕も覚えてます。おもちゃ屋さんにもああいう紙テープ売ってましたね。
返信する
Re: コレクター (とね)
2012-03-18 12:15:32
271828さんへ

トラックバックとコメントありがとうございます。500点のコレクションとは。。。理科大の資料館など足元にも及びませんね。整理して全世界にネット公開されるとよいのにと思いました。
その方がいちばんお気に入りだというスイス製の「ミリオネアー」の写真拝見させていただきました。機械式でこういう形のもあったのですね。
返信する
CURTA Type 1 (冬野)
2018-12-29 17:16:19
昭和52年に友人の勤める事務機店で小型の手回し計算機を購入しました。店のショーケースの片隅に、値札も無く置いてありました。当時は電卓が急激に安くなってきた頃で、手回し計算機はもう売れなくなっていたようです。
私は以前からノスタルジックな機械式計算機を欲しいと思っていましたが、手に入らずにいました。
思いもかけず目にした機械式手回し計算機は、コンパクトで、ハンドルを回すと掛け算が出来ました。動きもスムーズです。価格は1万円だったので買う事にしました。手持ちが無く翌日に再度出かけてコンパクトな機械式計算機を手にしました。店から国鉄で計算に使われていたと聞きました。
数年が経ち中央公論新社のムック「世界の文房具」1977年 を広げたところ電卓のページに囲み記事でCURTA Type 1 が載っており、珍しい物で探せばある。というようなコメントでした。そこで、自分が珍しいCURTA Type 1 を所持しているのだと知ったのです。
その時からCURTA Type 1 は私の宝物になりました。webでCURTAのHPを知り、シリアル番号から 1960年8月製造と解りました。今でも買った時と同じように動かせます。
返信する
Re: CURTA Type 1 (とね)
2018-12-30 11:28:34
冬野様

お宝ですね!1万円で入手されたとはラッキーです。お話をうかがっているうちに、僕もクルタ計算機が欲しくなってしまいましたが、今では手が届きません。「手ごろな?」タイガー計算機で我慢します。w
返信する

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