昨日ご紹介した「馬込山岳地帯」にある臼田坂。
三島由紀夫邸に近いこの坂道を
「三島由紀夫の坂道」第1号
に認定したいと思います。
臼田坂の上にはバス停がありましたから、
バスを利用することも可能なのでしょうが、
わたしは坂下からだらだらと延びるこの坂道を
てくてく歩いて登りました。
さて、この坂の上には小祠がありました(↑)。
いったいどんな謂われがあるのやら存じませんが、
なにやら厳 . . . 本文を読む
東京都大田区内にある三島由紀夫邸は、
いくつもの坂道に囲まれた高台の上にあります。
このあたりの坂は急峻だったり長かったりで、
わたしのような下町の人間にはとてもキツイ…。
もっとも、この程度の上り下りは、
都心のひとにとっては「当たり前」なのかもしれません。
が、なにしろ、
下町にはほとんど坂道らしい坂道がありませんので。
ところで、
東京文学史にくわしいひとならよくご存知のとおり、
この . . . 本文を読む
葛飾区の四つ木や堀切のあたりでは、
荒川と土手ひとつ隔てて
綾瀬川が平行して流れています。
荒川は大きな川ですが、
綾瀬川は小さな川。
2つの川に挟まれた「中土手」は、
わたしの密かなお気に入りスポットです。
で、いつだったか、その辺を
のん気に散歩したときの一枚が上の写真です。
写っているのは、綾瀬川に架かった橋です。
残念ながら、
何本かあるうちのどの橋なのかは忘れました。
堀切か四 . . . 本文を読む
JR金町駅北口を出て、中川方面へしばらく行くと、
広大な更地に出くわします。
いや、正確にいうと、「出くわしました」
とするべきかもしれません。
最近このあたりへ出かけていないので、
現況を知らないのですが、
たぶん、今では更地ではなく
工事中というべきでしょうか。
かつて、そこには三菱製紙工場(いやあ、でかい工場でした)
がありましたが、数年前に移転し、
再開発までの束の間、更地となってい . . . 本文を読む
東京の北東の端にある
都立水元公園。
たしか、
都立公園のなかでは3番目に広い公園です。
ただ、難点は交通の便がわるいこと。
最寄りの金町駅からでも
歩くと30分かそれ以上かかります。
バスが出ています。
さて、
最近はすっかり出かけなくなりましたが、
この水元公園はわたしのお気に入り公園の一つです。
で、以前撮った写真(↑)、
そういえば、ちょっと「異界」っぽいなあ、と。
特に伝説があ . . . 本文を読む
今回は、東京下町を代表するフォークロアの一つ
「浅茅ヶ原一ツ家伝説」の現場を訪ねてみました。
まず、伝承度・伝説度はかなりの高レベルです。
さて、この伝説の中で旅人を殺す怖い老婆が
最後に自ら身を投げたという「姥が池」は、
昔は隅田川へ通じる大池でしたが、
明治24(1891)年に埋め立てられました。
そして、いまその「跡地」が、浅草寺のすぐ近く、
花川戸公園の一角にあります。
↓池 . . . 本文を読む
わたしたちがふだん何気なく通り過ぎる町角が、
実は、おどろおどろしい伝説の現場だったり、
あるいは、そういう謂われこそなくても、
なんとなく「違う」と思わせる雰囲気をもつ空間だったり
することがあります。
そこで、当ブログでは、
そんな不思議な魅力をもつ「場所」を訪ねるという
きわめて非学術的な「調査」を実施します!
とりあえず、
「異界度」調査
と呼ぶことにして、
ついでに、
ただ見て歩 . . . 本文を読む
以前から、
なぜ浅草寺にはベンチがないのか?
と、ずっと不思議でしたが、
今やその問題は解消されました!
ご覧のとおり(↓)、境内に
休憩コーナーが設置されています。
あたりが暗くなっても、まだひとが大勢います。
それから、すでにお伝えしたとおり、
現在、浅草寺本堂は改修中です。
わたしのお気に入りスポット
「浅草寺の側面」
の現在の夜景はこんなかんじです(↓)。
. . . 本文を読む
浅草の繁華街「六区」は、
かつて東京でいちばん賑やかだったところだとか。
しかし、
浅草の衰退が指摘されて久しいと思います。
とはいえ、
ここ六区とその周辺には、今でも映画館とか飲食店とか
なんだかよくわからないお店とか
いろいろあって、それなりに賑わっています。
六区の町かどに立って、
浅草を観察するのも一興です。
●これ(↓)はオーソドックスな六区の風景ですね。
左手が浅草演芸ホール . . . 本文を読む
夜になっても電灯が煌々とともる
明るい仲見世も、
見ようによっては
光と影のコントラストが鮮やかです。
●闇夜に浮かぶ「仲見世」の看板。
●左右の電飾が中央奥へと集束する構図はまるで遠近法そのもの。
それに、ほぼ左右対称です。
●写真の奥が宝蔵門(本堂の手前にある門)です。
いずれも夜の初め頃ですので、
ひとがまだまだ大勢います。
. . . 本文を読む