鉄と政 再審請求編第5話 大藪鑑定(3)
居酒屋を出た三人は追手筋から南に下り、帯屋町に差し掛かった。そこで三人は二組に分れた。鉄と旦那は西に曲がり、政はもう少し飲んで帰ると言って来た道を北に戻り、柳町へと消えていった。
旦那「しかし、冷えるね。鉄 「わらじ屋」でうどんでも食べて帰るかい」
鉄は「へぇ」と生返事はしたものの、風呂敷の中の鑑定書が気になって仕方がなかった。それに体は冷えてはきたが腹の方はさほど空いてはなかった。
旦「・・鑑定書が気になるのかい。その厚みの半分はたいして意味のない鑑定資料や引用書物の写しだよ。鉄なら20分もあれば読めるとおもうけどね。すぐにでも読みたいなら・・」
そう言いながら旦那は腕時計を見た。まだ土佐人には宵の口ともいえる時間だった。
旦「私はうどんを食べて帰るから、ここで別れるとするかい」
鉄「そうですね。そうさせてもらいます。ところで旦那、ほんとにうどんを食べたら帰るのですかい?まっすぐに帰ってくださいよ。」
旦「鉄、何を言ってんですか、お互い様ですよ。」
旦那を見送った鉄は、来た道を戻り、先ほどまで飲んでいた居酒屋の近くの漫画喫茶へと向かった。
昇降機で5階まで上がり、店に入ると慣れた様子で受け付けを済せて個室に入った。PCの電源を入れてから、鉄は一旦部屋を出て珈琲を手にして戻ってきた。
(さてさて、なんて書いてんでしょうかねぇ・・)そう思いながら紙をめくっていった。今回の嘱託鑑定がどのように状況を説明してるのか、気になるところは何点もあったが、鉄の一番の関心は、バス後輪のタイヤ痕が無いことと。オタマジャクシ痕と言われる、前輪タイヤ痕の先端が黒くなっている部分が時間の経過で消えていることをどう説明しているのかだった。
旦那に言われた通り、何が書かれているのかを理解するのに20分かからなかった。
「嘘だろう?」
そう言いながら鑑定書を読み終わった鉄は、それを机の上に放り投げて、天井を仰いだ。
鑑定書には、バスが停車した理由を、前輪のみの横滑り抵抗による停止といった内容が書かれていた。その結果、後輪のタイヤ痕は印象されないと、そう説明してあった。
「時速10km/hのバスが、白バイを3m引き摺りながら横滑りをして、1mのタイヤ痕を付けた。おまけに運転手はその間ブレーキを踏まなかった、だから、後輪にはタイヤ痕がつかないだなんてなぁ・・・・」
捜査官も見たことがないというオタマジャクシ痕の消滅については次のような説明がなされていた
<横滑りによって剥がれ落ちたタイヤ表面のゴムのカスが(2時間足らずの)時間経過によって消滅した・・>
情けない。怒りを通り越し、複雑な笑いが込み上げ、その後には涙がでそうになった。鉄はこういう鑑定書を相手に戦わなくてはならない自分達が情けなくなってきた
「馬鹿らしい・・」
この鑑定書が採用されれば、裁判の世界では物理も科学もレトリックと権威の前では意味をなさない。そうなると鉄は思った。しかし、このような内容に対しても、きちんとした根拠を上げて反論をしていかなくてはならいことは鉄はよくわかっていた。
気を取り直して鑑定書を読み直そうとした時、鉄の携帯が机の上で震えた
旦那からの短メールが来ていた。
<読み終わったら飲み直さないかい>
鉄はすぐに返信を打つと、飲みかけの珈琲を飲み干してから店を出た。
続く
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