教皇パパ・フランチェスコ様、主任司祭の板垣神父様、そして皆様、おはようございます!!
やっと、私は、このブログが、読まれているんだ、と認識したところです。
収入の関係やら、感情的な問題やらで、一晩中、このインターネットを解約しようか、と思いましたが、
次のような理由で、今回は、自分のために、思い留まりました。
そもそも、私が、母との時間を、多く過した理由は、生きている時間は、そんなに、多くないのだから、可能なかぎり、
共にいて、生きる時間を、多くとろうとしていたことは、小さい時からのことでしたし、今回それを、母に思い出してもらって、認知症を、避けるためでした。
そして、母の終末に関わる洗礼の準備のためでしたが、誰も、助け手として、関係してくれませんでしたし、そもそも、私は、教会の人々を、恐れていました。
様々で、ばらばらな、心と知識と霊的なレヴェルから、正しくない判断も多かったからで、落ち着いて、正しく、私の認識を、持ってもらうこと以外は、考えられませんでした。
まあ、それはともかく、今回、自分のために考えた理由は同じで、この世界に、生きている時間は、ある程度長くても、なかなか、生きているうちに、共有できることも、時間も少ないので、
せめて、ブログは、もう長い間、書くようになったのだから、基本的に、ブログの内容を、自分の生活レヴェルに合わせようと結論したところです。
思えば、私がたぶん教皇様と同じ「フランシスコ」で、洗礼を受けたときは、かなり小さかったと思います。
当時の若いガリエピ神父様や、シスターの一部にいたっては、母の実家まで来た事が何度かありました。(大人になって、皆は、忘れていたのかもしれませんが)
今までは、逆にそのせいか?多少困った状態が、続いていたようです。最近は、親族とは、話をしたくない原因のようです。
長いこと大人の社会で、苦しんで、様々な教会を一時的にも体験し、1989年「フランシス・コザビエル」、1991年「ペトロ」で洗礼を受けました。(変則的ですが)
それまでの人生は、まじめに学習や仕事をしていましたが、様々な神の計らいか?高校や大学を決める事が非常に難しかったです。
1983年ごろには、猪苗代湖・・・ちょうどガリラヤ湖みたいかも知れないですが、で、全身を水に浸る洗礼を受けました。(バプテスト)
もちろん主の洗礼は一つであり、多数回はいらないし変だと思いますが、社会状態と自分の責任における立場が不安だったためです。
他にも、洗礼の経験が、あるのかもしれませんが、その他は、覚えてはいません。
苦しいけれどなかなか面白い日々でした。当時の私には、大学というところが、まず良くわからなかったことと、
現実に、主イエスが、人間の形を取って現れ、私に対して、短いけれど、問題を解決する言葉を、かけてくれていたこと、にも原因しているかもしれません。
さて、長い時間になりました。今日も人々の間に、神の平安がありますようにと祈りたいと思います。
Pietro Francisco Xavier Francisco Hiroyuki Sawaguti
********************************マタイによる福音書から続き*****************************
離縁
「『妻を離縁する者は、妻に離縁状を渡せ』と命じられている。しかし、わたしはあなた方に言っておく。
非合法な結婚以外の理由で、妻を離縁する者はみな、妻に姦通の罪を犯す機会を与えることになる。
また離縁された女を娶る者も、姦通の罪を犯すことになる」。
********************************本日の転記はこれまで**************************
やっと、私は、このブログが、読まれているんだ、と認識したところです。
収入の関係やら、感情的な問題やらで、一晩中、このインターネットを解約しようか、と思いましたが、
次のような理由で、今回は、自分のために、思い留まりました。
そもそも、私が、母との時間を、多く過した理由は、生きている時間は、そんなに、多くないのだから、可能なかぎり、
共にいて、生きる時間を、多くとろうとしていたことは、小さい時からのことでしたし、今回それを、母に思い出してもらって、認知症を、避けるためでした。
そして、母の終末に関わる洗礼の準備のためでしたが、誰も、助け手として、関係してくれませんでしたし、そもそも、私は、教会の人々を、恐れていました。
様々で、ばらばらな、心と知識と霊的なレヴェルから、正しくない判断も多かったからで、落ち着いて、正しく、私の認識を、持ってもらうこと以外は、考えられませんでした。
まあ、それはともかく、今回、自分のために考えた理由は同じで、この世界に、生きている時間は、ある程度長くても、なかなか、生きているうちに、共有できることも、時間も少ないので、
せめて、ブログは、もう長い間、書くようになったのだから、基本的に、ブログの内容を、自分の生活レヴェルに合わせようと結論したところです。
思えば、私がたぶん教皇様と同じ「フランシスコ」で、洗礼を受けたときは、かなり小さかったと思います。
当時の若いガリエピ神父様や、シスターの一部にいたっては、母の実家まで来た事が何度かありました。(大人になって、皆は、忘れていたのかもしれませんが)
今までは、逆にそのせいか?多少困った状態が、続いていたようです。最近は、親族とは、話をしたくない原因のようです。
長いこと大人の社会で、苦しんで、様々な教会を一時的にも体験し、1989年「フランシス・コザビエル」、1991年「ペトロ」で洗礼を受けました。(変則的ですが)
それまでの人生は、まじめに学習や仕事をしていましたが、様々な神の計らいか?高校や大学を決める事が非常に難しかったです。
1983年ごろには、猪苗代湖・・・ちょうどガリラヤ湖みたいかも知れないですが、で、全身を水に浸る洗礼を受けました。(バプテスト)
もちろん主の洗礼は一つであり、多数回はいらないし変だと思いますが、社会状態と自分の責任における立場が不安だったためです。
他にも、洗礼の経験が、あるのかもしれませんが、その他は、覚えてはいません。
苦しいけれどなかなか面白い日々でした。当時の私には、大学というところが、まず良くわからなかったことと、
現実に、主イエスが、人間の形を取って現れ、私に対して、短いけれど、問題を解決する言葉を、かけてくれていたこと、にも原因しているかもしれません。
さて、長い時間になりました。今日も人々の間に、神の平安がありますようにと祈りたいと思います。
Pietro Francisco Xavier Francisco Hiroyuki Sawaguti
********************************マタイによる福音書から続き*****************************
離縁
「『妻を離縁する者は、妻に離縁状を渡せ』と命じられている。しかし、わたしはあなた方に言っておく。
非合法な結婚以外の理由で、妻を離縁する者はみな、妻に姦通の罪を犯す機会を与えることになる。
また離縁された女を娶る者も、姦通の罪を犯すことになる」。
********************************本日の転記はこれまで**************************