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東武佐野線沿線CITY-GUIDE 〔カテゴリーからお入り下さい〕

こならの森 76号

2008-04-18 | 創刊~100号
       ■こならの森76号■1994.8発行

C・o・n・t・e・n・t・s

■こならの森9月号■

おぞねとしこのポエム………………3p
その他の情報…ダック食堂……4p
結婚しました…須藤さん夫妻………5p
知らんの5つの市…グランシェフ………………6p
「ロッキンオン」…HEAVEN…9回………7p
特集…地方議員が語る……8-15p
協賛店マップ…………………………16-17p
JC・JOURNAL………………18-19p
インフォメーション94………………20-25p
情を糧にし東かな  (11回) 22-23p
海棠市子の辛口 映画評……………26p
書評・絵本紹介………………………27p
現代国語………28p
杜 @皇が占う今月の運勢…………29p
新・こならの森から…………………30p
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【本文抜粋記事】


特集…地方議員が語る…

第1回

大事なことは、市民自治

 栃木市市議会議員
 私はもともと音楽を聴いたり演劇を見たりということが好きで、その延長線上で今も文化活動をしている。
 町づくり基本は、楽しく活気のある町にしたいと思って携わること。大事なことは、その町の一人一人が主役である。堅い言葉で言えば市民自治。長年文化活動に携わって思うことは、時代がだんだん核家族となり、活動が個人とか家庭とか言う範囲に止まって、そこから社会に踏み出すという事がないという状況で、そこを突破するのが、文化活動、スポーツ活動、日常の社会的な地域の活動であると思います。そういう中で市民の一人一人が何らかの形で、地域の活動に参加する状況を作ることが、市民自治の基本的なステップではないか。
 栃木市に新しい文化会館ができたのをきっかけとして、与えられたものを観ると言うことだけでなく自分たちで観たいものを観る、という観点から市民の音楽鑑賞団体を作りました。それがきっかけになって、蔵の町音楽祭ということを市民と行政である文化会館の共催でやるという事になった。一応それなりの評価を得ております。
 私に求められている役割は、町づくりと言う面で、行政と市民を視野においた、コーディネイター、調整役の立場ではないだろうか。  

 宇都宮市市会議員
 初めて市議会議員に当選したのは今から二十三年前でした。当時の市民は議員に何を望むかというと、家の前の道にジャリしいてくれ、ジャリが入ったら舗装をしてほしい。井戸水がそろそろ汚染をしたので、水道を引いてくれしい。もちろんそれにも一所懸命取り組んだのですが、それだけでは物足りない。


行政は、大変ズルイ

 その頃、宇都宮市には自然保護運動というものや団体さえもなかったわけですが、そんな中に貴重なトンボと蝶の生息地があり、これを議会に取り上げた所、すぐさま宇都宮市の天然記念物の指定を受けた。
 これはおもしろい、こういう分野には多くの議員は手をつけていないということで、病み付きになりました。
 宇都宮市に新しい市庁舎が出来た時に、そこで音楽会をしたならば、もっと美術関係とか文化関係の費用が生きるのではないかと提案して、実施されているのが、先月で82回を数える、「市民ホールふれあいコンサート」です。これも提案から半年ぐらいで、市の方で取り上げてもらいました。ただ、行政というのは、大変ズルイわけでございまして、私は「シティホール・コンサート」ということで提案しました。しかし、それが実施にあたっては、そこにふれあいという言葉がつきました。
 議員の提案というのは、そのまま活かさないのが行政だというふうに思いました。
 それから、道路に愛称つけようと提案しました。
 行政の分化化ということを考えますと、先程のシティホールコンサートは、市の庁舎ですから、そこを管理する管財課が主催すれば正に、行政の分化化でありましたが、管財課はなるべくそういうことをやってもらいたくない。これは、教育委員会の文化課ではないかということで、文化課に押し付けております。逆に、道路愛称は、道路の維持管理をする道路維持課で、今までは道路を設計したり、維持管理をしていた職員が、道路に愛称をつけるという仕事をやりました。道路の歴史を調べ、住民の要望を取り入れながら、道作り一本できた技術屋さんが、文化に触れた。ということで、これこそ行政の分化化ではないのか。この二つの同じような事柄でも、行政の取り組み方には違いがあったと思います。


民百姓は分からない方が 都合が良い

 それから議会用語に非常に難しい言葉が使われていた。文語調であり、二重三重のくどい言い回しが使われている。 
 言葉というものが法律用語や行政用語などにしろ、一般市民には分からない方がいいという明治時代からの名残が、まだ今日の私たちの周辺にもある。明治時代には一部のエリートだけが分かっていれば、いわゆる民百姓は分からない方が都合が良かったのかもしれない。ですが現在の一般市民は学歴も高くなり、情報量も多くもっている、そういう市民の前で、一部の人しか分からない言葉を使うということがいかに問題であるかということを感じることが出来ました。
 文化とはこういう時代になって、やはり美しさとか感性とか遊び心といったことが求められている時代になって来たのではないか。

 コメンテイターから
 感性とかいう訳の分からないことを言っていては票にならないのではないか。

文化は票になる

 宇都宮市市議会議員
 昨年、文化の町づくり大会が宇都宮で開かれパネラーとして出席しました。そのときキーワードは何かと聞かれ「文化は票になる」とあえていわせて頂きました。
 皆さん驚いていました。文化ばっかりやっていては、一部始終やらなければ票にはなりませんけれども、文化に理解があるというイメージをもっていた方が絶対に有利です。文化が票になるかどうかは、直接はわかりませんけれども、その候補者のイメージとして非常に悪くはないのではないか。

 足利市市議会議員
 議会と、市民側に立った議員、行政とのかかわり、この3つをうまく結んで行くのが理想。
 特に私の住んでいる地域は、足利市の北部にあり、議員になったとたんに北関東自動車道という大きな道路計画が持ち上がっていた。そして、その沿線300ヘクタールの開発をしよう、ということでした。その中で特に考えたのは、沿線開発をすることが文化なのか、地域開発なのか。
 この地域には、道路もありますし、川もあります。そして、そういう中に生活の基盤がある。それがやがて絵にかいたすばらしい開発地域になる。しかし、この地域の人は全く想像していないんですね。それをいかに説得させるか、この地域の皆さんに理解して頂いて、足利の20万都市構想の中にどういう役立てが出来るか、ということを盛んに勉強をさせて頂いた訳であります。
 特に、そのときに気づいたのが、同じ高さの中で、議員は皆さんとの話を政策として打ち出し、議会を通して皆さんの税金の有効利用を図る。これが主たる考えでございます。私もリズム感の中で人生を送ることが、楽しく後世に伝えて行く地域の文化づくりではないかと思っています。

 南河内町議会議員
 文化といいます二つの側面があると思います。一つは伝統的な文化を継承する。もう一つは新しい文化を創造する。
 来年の10月に栃木県で国民文化祭があり、南河内でもシンポジュームが開催されます。そのテーマが「古代の地方文化」。趣旨は、「本来地方は中央からのさまざまな影響を受けて変化しつつも、それぞれ地方独自の文化を創造し後世に伝えて来た。中央と地方が明確に区別され始めた律令時代という原点に立ち、文化、特に仏教文化が東国に及ぼした影響を検証し、これからの地方文化の創造とその未来を考える」ということで、予定しています。
 実際に、薬師寺というのはかなり前に消失して、現存していない。「創業は易すく、守成は難し」つまり作るのは難しくないけれども守って行くのは大変だ。
 実際に伝統的な文化を継承するというのは、非常に難しい側面がある。そこで、私も議員の一人として、そういったことに、どういったかかわりが持てるのかというと、いわば接着剤として機能出来るのではないか。
 いろいろな新しい文化創造があると思います。人材育成、地域間の交流、イメージ作り、イベントの開催、地場産業の育成いろいろあると思う。そういった中で二点ほど重要なことがある。住民参加をいかに促すのか。新しいことを始めるときには必ず批判とか困難にぶつかる。そ
れをいかに乗り越えて行くか。 一点目の住民参加をいかに促すか。住民の文化活動あるいは
地域おこし、あるいは地域間の交流にもっと参加出来るようにする。これもジョイントといいますか接着剤とし機能出来るのではないか。
 また、批判や困難、こういったものは、新しいことを始める前には必ずつきまとうことです。 私は、議員として政策提言をしている方だと思う。ただ、そう言った場合に、非常に高い評価を頂く反面、批判とか反対とか困難にぶつかる場合が非常に多いんですね。
 例え話なんですが、ある町の真ん中に川が流れ、その川に一本だけ橋を架けることが出来る予算が付いた。さて、どこに橋を架けようか。真ん中を取って中流あたりに架けると、上流と下流の住民が、反対する。
 では、上から順々に作っていったらどうだろうか。それでも、やっぱり真ん中や下流の人達が反対する。
 その時に、どこからも批判や反対や困難が出て来ないようにする唯一の方法がある。それはどこにも橋を架けなければ、どこからも批判も反対も不満も出て来ない。そういう例え話があります。
 しかし、果たしてそれで地域おこしや文化の創造という事が出来るのかどうか。やはり議員という立場で伸べさせて頂ければ反対や批判や不満があってもそれが全体の利益になるならば、あえてそれを、やり通すべきではないか。というふうに感じております。

心の糧になるものが文化

 コーディネイター
 今日は文化の見える地方議員が大いに語るということですが、文化という言葉そのものが、どうも我々もきちんと意識していないような気がします。それぞれの皆様も文化という事についてはこだわりをもっておられるのではないかと思いますので、一言づつお願いいたします。

 栃木市市議会議員
 心の糧になるものが文化ではないか。心の糧を求めて表現するものが文化ではないか。別の言葉で言えば、もっと人間的な事と言ってもいいと思います。例えば町づくりでの文化の視点では、市民自治とか、縦割行政を克服する相互間の視点、あるいは個性化の視点、経済効率に対抗する人間的心の視点、変革、そういうものを総合したものが、文化の視点かなと思います。

 宇都宮市市議会議員 「衣食足りて礼節を知る」という諺がありますが、今の日本人は「衣食が足り過ぎて礼節を忘れている」。私たちがある程度、経済的にも世界で最も豊かな国と言われてくると、やはり賢く楽しく豊かに生きようという願いが出てくる。それを満たすものが、文化ではないかと思います。

 文化の町づくりという観点からいえば、かつては市町村行政の市民に対する最大のサービスは、道路を舗装することであり、水道を引いたり下水道を完備すること、あるいは学校作ることだった。けれども現在は、それらがほとんど整って、これからは、公民館、美術館を建てたり、大型の商業施設を作るという一歩進んだ物に目標が変わって来ている。基礎的な都市機能から、次元の高い本質的な都市機能に変わってくるのが文化的な町づくりだと思います。それは使う人によって、どうにでもなるという事でありますから、これからはソフト面での重要性が出てくると思います。
 もう少しお互いに豊かに生きよう、ということを手助けするのが、文化行政の在り方ではないか。

 足利市市議会議員
 私は文化は「人と人の出会い」だと思う。人と人の出会いをまず中心に考えて、その中で一つのことが起きる、ということは同一の夢やロマンをお互いに大いに語り合いながら、いかに次の時代に繋げていける説得力があるか。それが私の基本です。 一般的に市街地には下水道が完備されていても、地域の文化を継承している山間地域には下水の処理施設が無い。これからの夢とロマンを語ろうとしているときに、そういうものが不均衡である。それもやはり是正しなければいけない。私もそういう環境に住んでいるが、単純に言ってそういう一つの政策の展開を行うと同時に地域の皆様と一緒に守る文化と、新しい文化との密着は市民と一体となった    動きが一番いい。
 地域には素晴らしいものがある。私は「温故知新」ということを大きな看板として掲げています。地域はお年寄りを大切にし、それと同時に新しいものも知ってほしい。これは個人の宣伝のようになってしまうのですが、そういう地域づくりをしよう思っています。

 南河内町議会議員

今、普通文化と言いますと、どうしても中央から発信されるテレビや雑誌とか、あるいは新聞とかいうマスメディアによる画一化された〃文化〃というのがすぐ浮かぶのですが、例えば昨日、金日成主席が亡くなったということは、昨日のうちにほとんどの日本人が知っている。ですから、昔と違って、そういった文化とか情報というのが日本は画一化して即座に駆け巡る。
 一方で、日本人全体の文化に対する関心とか、その平均化、質を高めるということでは、役に立っていると思うんですけれども、何か日本人が同じような価値観での文化を共有している。例えば大体どこの町に行っても駅前は同じ造りですし、町並みもそれほど遜色が無い。ですから、そういった一方的に中央から発信される画一的な文化だけでは無くて、それぞれの町や市や地域で、それぞれの地域にあった文化を創造して行く、あるいは作り出して行く。ということが大切ではないかと思っています。

 コーディネイター
 文化ということで今お聞きしたのですが、最終的には皆さんおっしゃっていることは同じかなと思います。その過程としてはニアンスの違いがあるのかなと思います。
 皆さんのお話をお聞きしていますと、住民の生活そのものの中からそれぞれの文化が築き上げられる、というような気がします。そういうレベルの中で、文化を考えたときに、それでは町づくりの本質とはどういうものか、と言うことになるかと思います。そういうことを踏まえて、今やられてることが本当に文化的な町づくりなのかどうか、その辺りをお話願います。

官民一体となってやる

 栃木市市議会議員
 蔵の町音楽祭がつづいている要因の一つは栃木市の中に文化活動を担う活動家の蓄積、ストックがあった。蔵の町という個性的で歴史的な町であった。それから、相談相手として非常に、専門家に恵まれていた。例えば、オリジナル楽器を個人で演奏したリーダーたち、楽器の製作者、音楽評論家、専門家という人達と、身近に拘わりが持てた。
 しかし、ここで一番強調したいのは、これを官民一体でやったということです。
 実行委員会の主役はまさに市民の側であり、文化会館が事務局で、館長が事務局長という立場です。よく「行政は町づくりの事務局」であるべきだという話があるわけですが、まさにその通りにこの音楽祭が続いている。

 コーディネイター
 町づくり運動の中では、共同の関係が大切なんだ、共に働くそれが非常に大切だといいます。そうすれば市民一人一人が主役になる、といったニアンスなんでしょうか。

 栃木市市議会議員
 個人の役割と行政の役割というものは違うと思いますね。いろいろ発想して、変えていくというのは市民のかたがたが得意な訳ですが、それを持続的にあるいは市全体の中でどういうようにしていくかということは、行政の方が得意だという感じがします。そういうことで、お互いに対等な立場で、物を言いながら一つのことをともにまとめていく。協力して共に働くということがあると思います。
 地域で活動するにあたって、行政の役割とか、住民の役割とかを分かち合うということが、官民一体の力だと感知しております。

 コーディネイター
 地域の中でいろいろな活動をされていると思いますが、そういったところでの町づくりの視点といったものは、いかがでしょうか。

 宇都宮市市議会議員
 生活基盤がある程度整って、文化的な要求が増えて来たということは、国際化の進展、もう一つは女性の社会進出と言うことが言えるのではないかと思います。もちろん情報化時代ですから、先程言いましたように世界中のあらゆる情報が即座に入る。国際化が進んで、外国人とひざを交えて接することによって、生活文化がどうなのかということを見直すきっかけともなって来た。また、男性に比べて女性の方が感性がより豊かですし、文化関係の、簡単に言えば催し物などに参加する機会、熱意というものもだいぶ高い訳であります。
 その町の文化の集積が高くなれば高くなるほど、企業誘致も有利になり、町の発展のためにも文化の集積がこれからも欠かせない。以前から、都市間の競争ということが言われております。福祉での競争はいろいろな問題が伴いますが、文化の競争においては、それによって町が発展していく時代が必ずくるだろう。
 今は文化の集積をいかに積み上げていくかという事が町づくりの上で重要ではないかと思っています。


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